3【日本史 検定】イラスト漫画で図解 ゆる歴史 / 縄文時代
みなさん、こんにちは。
歴史ライターの、のんです。
前回は、ナウマンゾウを追って移動を繰り返していた「旧石器時代」のサバイバルな暮らしを見てきました。
今回は「ゆる歴史」第3回、縄文時代を図解で学んでいきましょう。
……とその前に、このnoteについて少しだけご紹介させてください。
それでは、さっそく本題へ進みましょう。
まずは、今日の“学びのまとめ”をお先にどうぞ♪

物語の始まりは、今からおよそ1万年前。地球が長い更新世(氷河時代)を終え、温かな「完新世」に入ったころのことです。
それまで広がっていた寒さに強い針葉樹林は次第に姿を変え、東日本ではブナやナラといった落葉広葉樹林が広がります。
これらの木がつけるドングリや、クリなどの木の実は、人々の重要な食料となりました。
一方、西日本ではシイやカシを中心とする照葉樹林が見られるようになり、厚い葉を一年中保つ常緑の森が広がっていきます。

この変化は、ただ「景色が変わった」という話ではありません。
森の変化が、人々の“食事メニュー”そのものを大きく変えたのです。
動物の世界にも変化がありました。
ナウマンゾウのような大型動物は、気候の温暖化や狩猟の影響によって姿を消し、代わってニホンシカやイノシシなど、動きの速い中型・小型の動物が増えていきます。
人々は、そうした動物を追いながら、森の恵みである木の実を採って暮らすようになりました。
つまり――
温暖化 → 森の変化 → 食料の変化 が、人々の暮らしを大きく変えていったのです。
💡豆知識:えっ?「土器」のおかげで人口が増えた!?
縄文時代といえば、やはりあの独特な模様の「土器」ですよね。
この土器の登場によって、人類は「煮る」というまったく新しい調理法を手に入れました。
それまで生で食べるか焼くしかなかった食材を、煮ることでアクを抜き、柔らかくして食べられるようになったのです。
この“煮る”技術のおかげで、赤ちゃんからお年寄りまで栄養を摂りやすくなり、結果として人口が増えていったと考えられています。

自然環境の変化に合わせて、生活の道具も進化していきました。
すばしっこい獲物を仕留めるための「弓矢」、表面を丁寧に磨いて作られた「磨製石器」、そして煮炊きに欠かせない「土器」です。
この時代の土器(特に初期)は、粘土の表面に縄(撚り糸)で模様をつけたものが多く、のちに「縄文土器」と呼ばれるようになります。
低温でじっくり焼かれたその土器は、厚手で黒褐色。
じっと見ていると、当時の人々の力強さや創意工夫が伝わってくるようです。
この縄文文化は、約1万3000年前から本格的な稲作(水稲農耕)が始まるおよそ2500年前ごろまで、なんと1万年近くも続いたといわれています。
その変化は土器の形や文様によって、「草創期・早期・前期・中期・後期・晩期」の6つに分けられています。
日本列島で発見された最古の土器(草創期)は、世界でも最古級!
もちろん、大陸でも古い土器は見つかっていますが、
当時の日本列島に住んでいた人々が、環境の変化にいち早く対応し、独自のクリエイティブな文化を花開かせていたことは間違いありません✨
いかがでしたか?
気候の変化に合わせて道具を工夫し、豊かな森の恵みを上手に活かして暮らした縄文時代の人々。
彼らが築いた文化は、1万年以上という――私たちが想像もできないほど長い時間、穏やかに続いていきました(もちろん、小さな争いはあったようですが…)。
次回は、もう少し詳しく、縄文の人々の暮らしをのぞいてみましょう。
※最新の研究では、縄文時代の始まりを約1.6万年前とする説もありますが、ここでは教科書や参考書の記述に沿ってご紹介しています。
最後にもう一度、まとめの図解をどうぞ♪
それではまた次回、お会いしましょう!

