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2【日本史 検定】イラスト漫画で図解 ゆる歴史 / 旧石器時代


みなさん、こんにちは。
歴史ライターの、のんです。
今回は「ゆる歴史」第2回、旧石器時代を図解で学んでいきましょう!

……とその前に、このnoteについて少しだけご紹介させてください。



では、さっそく本題へ!

まずは、今日の学びを最初にどうぞ♪

「石器時代」と聞くと、はるか遠〜い昔の話のように感じるかもしれません。
人類がまだ金属を知らず、石だけを頼りに生きていた時代――「サバイバル番組みたい」と思う方もいるでしょう。

けれど、その時代の人々も、生きるために悩み、考えていました。
どうすれば食べられるか。どうすれば仲間を守れるか…。

石を打つ音の向こうに、懸命に生きる人々の息づかいが聞こえてくるようです。

今回は、日本列島で暮らしていた旧石器時代の人々の生活を、時間をさかのぼって見ていきましょう。



石器時代とは、人類がまだ金属を知らなかった時代のことです。

前回お話しした地質学でいう「更新世(こうしんせい)」にあたります。
「更新世ってなに?」という方は、ぜひ前回の記事をどうぞ♪


ではお話を戻して……。

更新世(いわゆる氷河時代)、人々は石を打ち欠いて作る「打製石器」を使いながら暮らしていました。

石を割り、鋭い刃を生み出す…。
その一撃一撃に、当時の知恵と工夫がぎゅーっと凝縮されています。

この時代を「旧石器時代」と呼びます。


いや、これけっこう大変よ…



やがて時代が進み、現在の地質時代である「完新世」に入ると、石を磨いて形を整える「磨製石器」が登場します。

これがいわゆる「新石器時代」です。

旧石器時代から新石器時代への移り変わりは、単なる道具の変化ではなく、人々の暮らし方そのものが変わっていく大きな節目でもありました。



ところで、かつては「日本に旧石器時代なんてなかった」と思われていたのをご存じですか?

1949年、群馬県の岩宿遺跡で行われた発掘が、その思い込みをくつがえしました。関東ローム層という、火山灰が積もった地層の中から打製石器が発見されたのです。

その石を最初に見つけたのは、アマチュアの考古学マニア・相沢忠洋(あいざわ・ただひろ)さん。

彼は日中を発掘調査にあてるため、行商を始めたといいます。

小間物や納豆を行商で売り歩きながら、商品を背負って歩くその途中でも、頭は考古学のことでいっぱい…。

そんなある日、関東ローム層の中に“ただの石には見えない石”を見つけます。それが、のちに日本の旧石器時代を照らす第一歩になりました。

学者でも研究者でもない一人の考古学オタクの情熱が、日本考古学の歴史を動かしたのです。 なんともロマンのあるお話ですよね~。


ザ・時短ワーカー!


この発見をきっかけに、全国各地で更新世の地層から石器が次々と見つかり、日本列島にも旧石器文化が広がっていたことがわかりました。



では、その時代の人々はどのように暮らしていたのでしょうか。

基本は、狩猟と植物性食料の採取です。狩りでは、ナイフ形石器尖頭器を棒の先に取りつけ、石槍として使いました。ナウマンゾウやオオツノジカ、ヘラジカといった大型動物を仕留めていたと考えられています。

とはいえ…、毎回うまくいったわけではありません。大物を逃した日には、きっと「今日も夕飯はドングリか…」なんてつぶやいていたかもしれませんね。


実際は、蒸したり焼いたり、
お汁に入れたり、意外とグルメな日々♡

人々は食料を求めて移動を続け、小川の流域などを行き来して生活していました。

住まいは簡素で、木の枝や草を使ったテントのような小屋を建てたり、一時的に洞穴を利用したり。

集団は10人前後の小規模でしたが、完全に孤立していたわけではなく、遠い場所と石の原料をやりとりするようなゆるやかなネットワークもあったようですよ。


さらに、時代が進むと、「細石器」と呼ばれる小さな石器が登場します。

中国東北部からシベリアにかけて発達した文化が北方から伝わり、日本列島にも広がりました。


💡豆知識:旧石器時代のエコ

実は、どんな石でも石器にできるわけではありません。 割ったときに鋭い縁ができ、思い通りの形に欠け、しかも壊れにくい――そんな理想に近い石は、意外とレアだったのです。

その条件を満たす石のひとつが、黒曜石。

火山の活動で生まれたガラス質の石で、割るとカミソリのように鋭い刃ができます。けれどその産地は限られており、日本でもごく一部の地域でしか採れない、超お宝の限定品✨

そのため旧石器時代の人々にとって、「石はあっても、使える石がない」ことがしばしばあったのです。

そんな中で考え出されたのが細石器です。木や骨の柄に小さな石刃をはめ込み、欠けた部分だけを取り替える――合理的でムダのない仕組みでした。

重い石器をいちいち作り直す必要がなく、まさに“旅する旧石器人のエコ”だったといえます。

旧石器人さん、本当にリスペクト~


このように、旧石器時代の人々は、自然の中で生きる術を探りながら、懸命に生活していました。

相沢忠洋さんの発見が示したのは、日本の大地にも、そんな人々の足跡が確かに刻まれていたということ。

そしてその先で、人々は土器を作り、やがて定住の暮らしへと進んでいきます。
次回は、人が「夢のマイホーム」を持ち始める、新しい時代の物語へとお話を進めていきましょう!


今回のまとめ

主な道具: 打製石器(旧石器時代) → 磨製石器( 新石器時代)
岩宿遺跡での発見: 1949年・群馬県の岩宿で相沢忠洋さんが旧石器を発見
生活: 狩猟と採集(ナウマンゾウ・オオツノジカなど)
住まい: 洞穴・簡単なテント小屋(移動生活・10人前後の小集団)
道具: 木の柄に小さな石刃をはめ込む「細石器」の登場


最後にもう一度、まとめの図解をどうぞ♪

それではまた次回、お会いしましょう!


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