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果てしない挑戦? 校正、また校正、またまた校正...... 完璧さに近づくために

作品の完成度は、草稿終了後の飽くなき推敲と校正の質に比例する!?

画像右:ナボコフ『ロリータ』の大量の校正の一部
画像左:『日曜日のラモー』(5月7日出版)の校正

人間は必ず間違いを犯すし、たとえ視界に入っていてもそこにある間違いに気づかないもの。AIの方が間違いに気づきやすいということはあるのだろうか? 

人間が目の前にある間違いに気づかない理由は、文字校正であれば、一文字ずつ見るのではなくて、単語や文章のかたまりで読んでしまうから。

校正の基本は「読まないこと」と言われています。文章を文脈に沿って読んでしまうと、先入観で自分の予測したように文字を追ってしまいがち。その点AIは、たぶん一文字一文字を通常の表現と比較しながら追っているのではないか。ただし勘違い、文の読み違い、よくわからない指摘はままある。

文章の校正はこれまで本を何冊も出してきたので、それなりにやってきました。5回校正するとしたら、その内1回は他者に読んでもらうようにしています。モニターで読み、プリントして読み、校正紙を出して読み、、、としても、まだ誤字脱字が出ることがあります。校正する対象の文字数が多ければ多いほど、誤字脱字の出る確率も増えます。100ページの本であればそれほどでもないものが、400ページくらいになると、間違いの率が上がります。

楽譜の校正もまた、なかなか一筋縄ではいかないものだと実感しています。昨日発売開始したジャン=フィリップ・ラモーのピアノ曲集『日曜日のラモー』は、過去の出版物からの楽譜制作(浄書)を専門の人に依頼しました。
*浄書:印刷や販売のために、楽譜を見やすく書き換えること。

楽譜の校正は実は初めてで、いや出版自体が初めての経験で、作業をしていて予測外のことが多く戸惑いました。

そもそも基本的な楽譜の読みが甘かった、のかもしれない。解像度が低いというか。調号と拍子と音高と音の長さと休符と強弱記号と、、、それくらい見ておけばピアノであれば弾けてしまう。とりあえず。結構、予測で弾いていたということにも気づかされます。(あるスピードで弾くとそうなる)

しかし、楽譜の校正となるとそうはいきません。依頼した人から送られてきた浄書の草稿を校正する方法として「弾けばほぼOK」、つまり実際に楽譜を見てピアノで弾いて音を確かめれば、間違いは自ずとわかる、そう思って作業していました。

が、そうではなかった。
書かれている間違った音を、勝手に自分で正しい音に「読み替えて」弾いていたのです。これでは校正になりません! それはラモーの楽曲をこれまで繰り返し弾いてきたため、頭にも指にも音が浸透してしまっていて、目の前にある楽譜を見ていなかったということです。弾き飛ばしていた。

ネットで「楽譜の校正」と調べてみたところ、ヤマハのサイトに次のような指摘がありました。(北海道大学大学院教授・安達真由美氏)

これが「校正者(編集者)のエラー Proofreader’s Error」という、よく知られた現象です。熟達者が自分のもっている知識を使って無意識的に間違っている部分を補ってしまうために、間違っている点を見落とすことと定義されます。誤字脱字を見つけるのが得意なはずの編集者も、当然あるべきものを無意識に補って、文章上の間違いを逆に見つけられないことがあります。

心理学からみる音楽の世界」より

これこれ、これです。わたしは熟達者などでは全くありませんが、何度も原典(元原稿)の楽譜を見て弾いていたため、同じ現象が起きたのです。

楽譜の校正とはどのようにするべきか知らなかったのです。
基本的には文字校正と同じだと思いました。楽譜を原典と見比べて、音符を一つずつチェックする。これをしなければならなかったのです。

ここでわたしは改めて気を引き締めました。楽譜の記述間違い(特に音高)は、料理のレシピ本のエラーに匹敵する、と感じました。「塩小さじ1」のところを「塩大さじ1」と間違えたら大変なことになります。(これは編集を学んでいたとき、詩人の長田弘さんから教わりました)

ところでなぜ「弾けばOK」と思ってしまったかには、もう一つ理由があります。楽譜の浄書の草稿とはどのようなレベルのものか、という認識がはっきりしていなかったのです。あるいは勘違いしていた。

今回、ラモーの楽譜の浄書をしてもらう人を選ぶ際、事前に(去年の10月)に査定ということで、数人の人に1ページ分の楽譜の浄書を依頼しました。クラウドソーシングサービスを使って募集をかけ、5人の人にラモーの短い曲を浄書してもらいました。

結果はどの人も素晴らしく、まったく文句のつけどころのない仕上がりで、間違いは一切ありませんでした。それで専門の人に頼めば、このレベルで草稿があがってきて、ほぼそのまま印刷原稿になるんだ、という認識が生まれました。

が、これは「査定であったこと」、「1ページ分の浄書」と分量が少なかったこと、この二つが大きく影響していた結果だと後になってわかりました。

2、30ページ分の浄書を1、2ヶ月でやるのとでは状況が違っていたのです。量が多ければ、そして楽譜の複雑さも増せば、間違いの確率は当然上昇します。

「専門の人に頼めば、草稿段階から間違いのない楽譜があがってくるはず」というこちらの思い込みがあったため、それが校正の妨げになりました。

実際のところ、人によって浄書のレベルの違いや、やり方、考え方の違いはあると思うので一概には言えません。どれくらいが草稿段階のレベルとして正常なのか、は今もわかっていません。

ただ、全音楽譜のベテラン編集者の人のインタビュー記事に、「赤ペンとルーペを持って、(中略)モノクロの楽譜が、次第に赤ペンの文字でいっぱいになっていく」という記述があったので、これが本当だとすれば(記者が読者に仕事の内容紹介をするためそれらしく書いたのではなく)、間違い、あるいは訂正箇所はどこででもかなりの量出ていることになります。

草稿の間違いはほぼナイ、ではなく、間違いは多々ある、ということなのでしょう。

この認識で始めなければなかったのに、ほぼナイの方でスタートしたため、最初の契約者(途中で解約)との間に齟齬(そご)が出たとも言えます。途中解約の理由は草稿の間違いが多かったから、ではありませんが、そのことも間接的な原因となっているので、今となっては遅いですが、申し訳なかったところもあるなと感じています。
こちらが初めてで不慣れでなかったなら…. と今では思います。

次に契約したワーカーの方は、10月の査定者の中から選び、改めて依頼しました。前任者の契約終了が納品期限の直前だったため、こちらの想定として同じ条件同じ報酬とすれば6月末までの3ヶ月間で、ということになるのですが、その方は4月末納品でやりましょうと言ってくださり、そのように契約しました。出版時期が大幅にずれずに済み、大変助かりました。

最初の草稿は4月半ばと早めに届きました。最初に気づいたのは楽譜の中身ではなく、譜面の(中でも玉の)サイズでした。査定の際にこちらで五線譜のサイズなどの指定を細かくしてあり、それに沿ったものが上がってくると思っていたのですが、送られてきたものはそれより小さめの玉のサイズで、全体に譜面サイズが小さいと感じました。
*玉とは音符の高さと長さを表す楕円形の印。

楽譜の中身ではなく、レイアウト上の見映えに問題が出てくるとは想定外でした。しかし楽譜は最後の方の数曲など、やや複雑さが増し、音域が広がる箇所もあって、同じ玉のサイズでは収まりきらないケースが出そうだとわかりました。ただ今回、原典の原稿をそのまま使わず、印刷用に浄書している理由は、「見やすい楽譜」にするため。玉の大きさや譜面のサイズは、最初のイメージに近いものにしたいと思いました。

次の改訂版では玉のサイズを大きくしたものを送ってもらったのですが、確かに音域が広がっている箇所では、上の段と下の段の音符が重なってしまうということが起きました。大きくしても問題のない楽曲と、大きくすると問題が出る楽曲と、両方ありました。

そこでワーカーの方からの提案もあって、楽曲によって玉の大きさを少し変えるという調整を試みることにしました。できるだけ見映えは揃えたいけれど、無理な楽曲については調整するという方向です。結局のところ、見やすい楽譜とは何か、ということになります。

楽曲によって段数を増やして(ページ数も増やす)ことで解決する、という提案も浄書の方からあったのですが、これは却下しました。元原稿が長い曲でも2ページに収まっていたことがあり、また曲想としても、弾きやすさとしても、見開きに収まっている方が「見やすい」と判断したためです。

玉を少し小さくすることで解決する他に、楽譜の中身からの解決法も見つけました。ラモーはバロック時代の作曲家ですが、この時代や古典派の音楽では、主題を繰り返すことがよくあります。全く同じ小節の部分は、繰り返し記号をつけることで、小節数を減らしスペースに余裕を与えることができます。

ただこの方法も1曲のみで使いました。同じ小節を繰り返し記号の指示によて弾くのは問題ないのですが、どちらかと言えば、音楽が流れるままに記譜されている方が良いと思ったのです。

楽曲にもよりますが、(今回初めて気づいたこととして)繰り返し記号によって同じ小節を再度弾く気持ちと、先に進んだらまた同じ音楽と出会うのでは、小さい違いですが違いはあります。

今回ある曲の中で、2ページ目の終わりまで弾いたところにダ・カーポをつけて、最初に戻って主題を再度弾くようにしたのは、それが第1主題だったからです。冒頭部分は当然第1主題なわけですが、終わりまで行って第1主題に戻る、そこには戻る意味があると感じました。心理的にも、この時代の音楽の様式や曲想としてもフィットすると。

このようないくつかの調整によって、楽譜はずっと見やすくなり、本のレイアウトへの収まりも増しました。
これで一段落。

次は楽譜の内容の校正です。こちらは間違い箇所があれば修正するだけ、と気軽に思っていたのですが、これはこれでまた大変でした。

音高の間違いを含め、記譜上の問題がかなり出ました。当初はピアノで弾いて校正をしていたのですが、むむむん、やはり誰がやってもこのように間違いは出るものなのか、とここでまず気づきました。

ただ心理的にはレイアウトへの収まりが良く、一段落した後だったので、気分としてはそれほど神経質にならなくて済みました。
ただ解像度をあげて細部を見ていくような、神経を使う作業になりました。

修正点の主なものとしては、(音高、音価、休符などの間違い以外では)休符や装飾音の位置が適切か(たとえば音符に近すぎるとか遠すぎるとか)、前打音の旗についている斜線をとる(斜線のあるなしで弾き方が変わる)、臨時記号と関連したナチュラルや「♯」「♭」の扱いをどうするか、小節内の音符の並びのバランス、などいろいろです。下の楽譜は前打音に斜線がついている音符。
元原稿はすべて斜線なしだったので、それに従って、すべての斜線をとってもらいました。(前打音の数がメチャクチャ多くて、校正の際、見過ごして何回も取りこぼしました。あ、まだある、まだある、という感じ)

斜線ありとなしでは奏法が違う
小さな印なので見分けにくい

このあたりからピアノを弾いて確認する作業から、元原稿の楽譜を横に置いて、プリントした浄書の草稿と1音1音しらみつぶしに比べるやり方になりました。まず紙原稿に赤字を入れ、それをJPGの楽譜ファイルに書き入れ、最後にすべての楽譜をPDF1つにまとめて浄書の人に送ります。

ナチュラルや「♯」「♭」の扱いをどうするか、というのがまた曲者で、楽典的なルールでは、臨時記号の「♯」「♭」は1つの小節内で同じ音高においてのみ有効ということになっています。たとえばピアノの真ん中のドにシャープがついていたとして、その小節の中にもう1つ真ん中のドがあれば、そこにはシャープが(書いていないけれど)つきます。でも次の小節に移ればもう無効。それなのに「親切臨時記号」といって、注意を喚起するため次の小節に「ナチュラル」をつけて「ここにはシャープはつきません」と示すのです。

これは慣習として一種の常識のような感じになっているのか、普通に販売されている楽譜でもよく見かけます。ただこれをやりすぎると、楽譜が記号で溢れ、返って見にくくなります。1つの小節内のみ有効という理解が徹底していれば、次の小節や次の次の小節には何もない方がいい、とも言えます。
個人的にはそれで全く問題ないのですが。

この判断は難しいので、基本的には元原稿に従うことで進めました。ただし「ここはさすがにいらんだろう」という箇所は、外しました。

校正で3度ほど修正した後、楽譜は完成となりました。

この後、本のレイアウトに楽譜をきっちり収め、それをまたプリントしてピアノで弾いて検証して、、、、、最終的によしよしとなりました。
で、KDPにファイルをアップロードし、プレビューで本全体を確認して問題がないことをみて、校正本を注文しました。
*この段階で、AIによるチェックが入り、不備があれば指摘される。

2、3日後くらいに校正本が届いて、本全体の校正をしました。
楽譜の方はさすがに問題がありません。が、テキストにいくつかタイプミスやその他の間違いが見つかり、再度修正をかけました。。。。おお。

単純なスペルミス、誤植(1字抜け)、詩人の名前の漢字の間違い、表記上の不統一などです。
ここまでにも何度かテキストは読み直してきたのですが、校正本の形になって、このときになって見つかった要修正箇所。
ため息が出ます。でも見つかったよかった。

もう一つ、これは校正ミスではないですが、参考資料として付けていたQRコードを再度チェックしたところ、現時点で機能していない(指定した場所に飛ばない)ことを発見。おそらく使用したQRコード変換ツールに問題があったのでしょう。そこで信頼できるツールを探し、Adobe Expressでコードを作り直しました。変換時点では問題なかったものが、後に不良な指定となったのは何かの作為なのか。使用したアプリ元から、ツールをアップデート(有料)するようメールが再三来ていたことから、不良ツールだったことが疑われます。

というわけであれこれ問題がありましたが、最終的に完璧な本になった(はずの)『日曜日のラモー』は、無事、昨日販売を開始しました。

タイトル画像に、ナボコフの『ロリータ』の校正を載せましたが、この校正の数がまたすごかった。『ナボコフ書簡集』で取り上げられているもので、ナボコフから編集者への修正依頼です。

p.2 inGray → in Gray
p.3 hotel Mirana → Hotel Mirana

p.137 her wool joursey →  her wool jersey

『ナボコフ書簡集』(みすず書房)より

これは活字組の前の校正リストのようですが、このあとも大量に修正が出ていました。『ロリータ』は1955年9月出版、上の校正は同じ年の6月のもの。

間違いは必ず出る、が、完璧に近づけるために校正を繰り返すこと、これでしょうね。


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