見出し画像

M&Aの「のれん代」って何?――会社の値段は「純資産+のれん」でできている

『うちの会社は営業利益が1億円です。5倍で評価されるなら、のれんは5億円ということですか?』

会社の売却を考え始めた経営者から、いただくことのある質問です。

先にお答えします。いいえ、違います。「利益×倍率」で計算した会社の価格と、のれんは同じものではありません。

こんにちは。ハンザ・アドバイザーズ株式会社の福島貴将です。買い手側から報酬を受け取らない、売り手専属のFAとして、会社売却のご相談やセカンドオピニオンをお受けしています。

これまでの記事では、「営業利益の3〜5倍」という相場の正体と、同じ会社でも買い手によって価格が変わる理由を説明してきました。今回扱うのは、そうして算定された「価格の中身」です。

▶️M&Aの相場は、なぜ「営業利益の3〜5倍」なのか?
https://note.com/hanseatic_league/n/n18d30dc726ac

▶️会社の値段は、なぜ買い手で変わるの?買い手別に見る企業価値評価
https://note.com/hanseatic_league/n/nf47e153f9172

本記事の中心は、次の整理です。

利益×マルチプルは、会社の価格を収益力から考える方法。

時価純資産+のれん相当額は、その価格の中身を分解して見る方法

二つは対立する考え方ではありません。同じ価格を、別の方向から見ています。

ここさえ押さえれば、のれんの話はそこまで難しくありません。


のれん代とは、時価純資産を超えて支払われる部分です


会社には資産と負債があります。現預金や土地などの資産から、借入金などの負債を差し引いたものが純資産です。

M&Aでは、土地の含み益や回収が難しい売掛金なども必要に応じて見直し、会社の実態に近い「時価純資産」を考えます。

仮に、時価純資産が2億円の会社があるとします。この会社が毎年安定して利益を生んでいるなら、買い手は必ずしも2億円だけで買えるとは考えません。

なぜなら、その会社には、資産の集まりとは別に、利益を生み続ける仕組みがあるからです。

その仕組みに対して、純資産を超えて支払われる上乗せ部分。売り手が会社の価格を理解するとき、これを「のれん代」と呼びます。

のれん代とは、会社が持っている資産そのものではなく、その会社が将来も利益を生み続けることへの対価です。

買い手が払うのは「ブランド」ではなく、将来の利益です


では、買い手は何に上乗せを払うのでしょうか。たとえば、次のようなものです。

・継続して取引してくれる顧客
・社長がいなくても回る組織
・継続課金や長期契約
・独自の技術やノウハウ
・買い手とのシナジー

ただし、買い手は「ブランドがあるから1億円」「優秀な社員がいるから5,000万円」というように、一つずつ足し算しているわけではありません。

買い手が見ているのは、それらの強みによって、買収後も利益が続くかどうかです。

有名なブランドがあっても、利益が出ていなければ、高い価格は正当化されにくいでしょう。顧客が多くても、その関係が社長個人だけに依存しているなら、買収後に離れてしまうリスクがあります。

反対に、社長が退任しても顧客が残り、従業員が事業を運営できるなら、その会社の利益は買収後も続く可能性が高くなります。

つまり、のれん代は、単なる「目に見えない価値」ではありません。買収後も続く利益として説明できて、初めて価格になる価値です。

「利益×5倍」と「純資産+のれん」は、同じ価格の別の見方です


冒頭の質問に、数字で答えてみます。

説明を分かりやすくするため、ここでは現預金や借入金による価格の調整をいったん考えないものとします。

・営業利益:1億円
・マルチプル:5倍
・仮の会社価格:5億円
・時価純資産:2億円

収益力から見ると、「営業利益1億円×5倍=5億円」です。

一方、その5億円の中身を見ると、「時価純資産2億円+のれん相当額3億円=5億円」と整理できます。

営業利益の1億円が、そのままのれんになるわけではありません。また、5年分の利益が、そのままのれんになるわけでもありません。

5億円という価格を、収益力から見たのが「1億円×5倍」。その価格を中身に分けて見たのが「時価純資産2億円+のれん相当額3億円」です。

なお、実際のM&Aでは、現預金や借入金などを調整して、最終的な株式の価格を考えます。この調整については、本シリーズの別の記事で詳しく扱います。

売り手が考える「のれん代」と、会計上の「のれん」は少し違います


ここまでは、売り手が会社の価格を理解するための「のれん代」の話でした。ここからは、買い手の決算書に表れる「会計上ののれん」の話です。

両者は深く関係していますが、厳密には同じ金額になるとは限りません。買収後の会計処理では、商標や技術、顧客との関係などを、のれんとは別の資産として評価することがあるからです。

ただ、売り手が最初に理解する段階では、細かな会計処理まで覚える必要はありません。

まずは、買い手が純資産を超える価格を支払うと、その一部が買収後の決算書で「のれん」として表れることがある、と理解しておけば十分です。

その表れ方は、取引の形によって変わります。

株式取得の場合

買い手は、対象会社の株式を取得します。買い手自身の決算書では、通常、買った会社の株式が「子会社株式」などとして計上されます。

その後、買い手と買収した会社を合算した連結決算を作る場合には、連結決算上でのれんが表れることがあります。

事業譲渡の場合

買い手は会社の株式ではなく、事業に含まれる資産や負債を直接引き継ぎます。そのため、買い手自身の決算書に、のれんが表れることがあります。

未上場企業が買い手の場合


未上場企業だから、のれんが発生しないわけではありません。

ただし、株式取得の場合、買い手自身の決算書には、のれんではなく「子会社株式」などとして表れるのが通常です。未上場会社が連結決算を作っていなければ、会計上ののれんが独立した項目として見えないこともあります。

大切なのは、決算書の上でのれんが見えない場合でも、買い手が純資産を超える対価を支払っている事実は変わらないということです。

なぜ買い手は、のれんを気にするのか


のれんの重みは、買い手によって異なります。

上場会社など、連結決算を外部に公表する買い手は、買収後の業績を株主や市場へ説明する必要があります。

日本基準を採用している場合、のれんは原則20年以内の期間で毎年償却され、その分だけ買収後の利益が押し下げられます。

一方、IFRSを採用している場合、毎年の償却はありませんが、事業が計画どおりに進まなければ、まとまった減損損失が出る可能性があります。

負担がないのではなく、負担の現れ方が違うのです。

未上場会社は、市場への説明を求められる場面は少ない一方で、投資額を何年で回収できるか、買収資金の借入を返済できるかを重く見ます。

のれんを気にしないのではなく、気にする理由と、負担が表れる場所が違うのです。

ちなみに、この「のれん償却」を巡っては、2025年から2026年にかけて日本でも議論が続きました。スタートアップM&Aの促進などを理由に「償却しない方法も選べるようにすべきだ」という意見がある一方、現行の規則的償却を支持する意見もあります。

本記事の執筆時点では、日本基準における規則的償却は維持されています。

売り手が知っておくべきなのは、制度の優劣ではありません。買い手の会計基準や取引の形によって、同じ価格でも買収後の負担の見え方が変わるという事実です。

売り手が確認すべきことは、3つです


価格の提示を受けたとき、確認すべきなのは倍率の高さだけではありません。次の3点です。

1.提示価格のうち、時価純資産はいくらと評価されているか

土地や保険積立金の含み益、回収が難しい債権などが、どう評価されているかを確認します。

2.純資産を超える価値を、買い手は何によって説明しているか

顧客、組織、契約、ノウハウ、シナジーのうち、どの収益力が評価されているのかを確認します。

3.買い手は、のれんをどのような負担として見ているか

償却後の利益か、減損リスクか、投資の回収期間か。買い手が気にしている負担が分かれば、価格交渉で何を説明すべきかも見えてきます。

私は、のれんを「説明すべき価値」だと考えています


のれんは、しばしば「目に見えない価値」と説明されます。間違いではありませんが、売り手の立場では、それだけでは足りないと私は考えています。

「長年築いたブランドがある」「社員が優秀だ」と言うだけでは、価格にはなりません。それが買収後のどの利益につながるのかまで説明できて、初めて買い手は評価できます。

売り手FAの仕事は、高い倍率を要求することではなく、決算書だけでは伝わらない価値を、買い手が価格として評価できる言葉に翻訳することです。

のれん代とは、純資産を超えて支払うだけの理由を、買収後も続く将来の収益力として表したもの。この一文だけ、持ち帰っていただければ十分です。

最後に、ひとつ教えてください。会社の価値について説明を受けるなら、どちらを先に知りたいですか。

A:自社が何倍で評価されるか
B:その価格が、純資産とのれんにどう分かれているか

コメント欄やDMで教えていただけると嬉しいです。

※本記事は公開情報および筆者の実務経験に基づく私見です。会計・税務上の取扱いは取引形態や前提によって異なるため、個別の判断は公認会計士・税理士等の専門家にもご確認ください。のれんの会計処理に関する記述は執筆時点(2026年7月)の情報に基づきます。

---

ハンザ・アドバイザーズ株式会社
代表取締役 福島 貴将

弊社は、利益相反のない売り手専属のFAとして、会社売却・事業承継・M&Aにおける売り手の意思決定支援を行っています。仲介会社や買い手とは異なる立場で、売り手の利益を最優先に助言する構造です。

仲介会社や買い手から価格を提示されたものの、純資産、のれん、正常収益力、マルチプルの関係が分からない――そのような場合の提示価格の分解・検証や、すでに進んでいるディールのセカンドオピニオンについて、ご相談を承っています。

https://hanseatic.co.jp

TEL:03-6772-5604
Email:info@hanseatic.co.jp

また、YouTubeチャンネル「3年10億 ふくしま先生」では、会社のつくり方、伸ばし方、そして売り時について発信しています。

https://youtube.com/@fukushima_sensei?si=WFB3E2t9yuMU5SKT

#エムアンドエー #事業承継 #会社売却 #セカンドオピニオン #売り手専属FA #のれん #のれん償却

いいなと思ったら応援しよう!