山本義徳氏がプロデュースするVALX、ジム事業だけを譲渡へ。その狙いは?
本記事の要点
・2026年7月、VALX株式会社は24時間型フィットネスジム「VALX GYM」5店舗を、東証グロース上場のフィットクルーへ譲渡する方向で基本合意したと発表しました。譲渡されるのはVALXという会社ではなく、プロテイン等の物販事業でもなく、ジム事業のみです
・スキームは単純な売却ではなく、事業譲渡・資本業務提携・VALXによるフィットクルー株式取得の「検討」が一体で示されています。売却後も両社の利害を同じ方向にそろえる設計になり得る、興味深い組み合わせです
・意外と知られていませんが、VALXは山本義徳氏が創業した会社ではありません。前身は只石昌幸氏が2006年に立ち上げたWeb制作会社であり、VALXブランドの誕生は創業から13年後の2019年です。本記事では、この会社史から今回の取引の意味を読み解きます
・結論を先に言えば、本件は撤退型の事業売却ではなく、自社で事業モデルをつくる第1段階から、運営に強い上場会社と組んで全国展開を目指す第2段階への「成長フェーズの切り替え」——これが私の見立てです
・なお、本件は2026年7月時点で基本合意の段階であり、譲渡価額や資本提携の詳細は今後の協議で決まります。私はこの案件のFAではなく、本記事は公開情報に基づく私見です
売られるのは、VALXでもプロテインでもない
こんにちは。ハンザ・アドバイザーズの福島と申します。
YouTube登録者78万人超の山本義徳氏がプロデュースするフィットネスブランド「VALX(バルクス)」。プロテインやサプリメントで、筋力トレーニングに関心のある方なら一度は目にしたことがあるブランドだと思います。
そのVALX株式会社が2026年7月16日、24時間ジム「VALX GYM」5店舗を、東証グロース上場のフィットクルーへ譲渡する方向で基本合意したと発表しました。
見出しだけを読むと、「VALXが売られた」「山本義徳氏のブランドが買収された」と受け取る方もいるかもしれません。しかし、それは正確ではありません。
今回協議されているのは、VALXという会社自体の売却ではありません。プロテインやサプリメントなどの物販事業も、譲渡対象とは公表されていません。対象は、VALX GYMというジム事業のみです。
そしてこの線引きこそが、本件を読み解く一丁目一番地です。なぜVALXは、会社でもプロテインでもなく、ジム事業「だけ」を切り出すのか。この問いを入口に、売り手側に立つFAの視点で読み解いていきます。
私が注目したのは3点です。
① VALX GYM事業だけを切り出す「事業譲渡」であること
② 単純な売却ではなく、資本業務提携とVALXによるフィットクルー株式取得の検討が組み合わされていること
③ VALXは、山本義徳氏が創業した会社ではないこと
何が起きたのか——事実を整理する
まず、公開情報で確認できる事実を並べます。
・公表日:フィットクルーの取締役会決議・基本合意が2026年7月15日、VALX側プレスリリースが7月16日
・譲渡側:VALX株式会社(旧社名:株式会社レバレッジ、代表取締役:只石昌幸氏)
・譲受側:株式会社フィットクルー(東証グロース上場、証券コード469A、代表取締役社長:鹿島紘樹氏)
・対象:24時間型フィットネスジム「VALX GYM」5店舗(武蔵小山・溝の口・調布・錦糸町・福岡天神)
・スキーム:事業譲渡および資本業務提携に向けた基本合意。正式な事業譲渡契約は未締結
・報道によれば、事業の取得予定日は2026年11月1日、取得価額は未確定とされています
重要なのは、本件が現時点で「基本合意」の段階であることです。譲渡価額、譲渡資産の範囲、従業員や会員契約の承継、ブランドの使用条件、そしてVALXによるフィットクルー株式取得の有無・比率・方法は、いずれも未公表であり、今後の協議によって決まります。
ただ、詳細が決まっていないことは、この案件の弱点ではありません。むしろ、まだ最終形が固まっていないからこそ、この取引がどのような着地を目指しているのかを考える余地がある。そこにこの案件の面白さがあります。
VALXの知られざる会社史——山本義徳氏が創業した会社ではない
本題に入る前に、どうしても押さえておきたいのがVALXの成り立ちです。ここが本記事の独自性の核であり、今回の取引を理解する鍵になります。
多くの人は、VALXを山本義徳氏が立ち上げて経営している会社だと、漠然と認識しているのではないでしょうか。しかし、実際の会社史は異なります。

VALX株式会社の前身は、只石昌幸氏が2006年に日本橋のマンションの一室で創業したWeb制作会社「株式会社レバレッジ」です。当初はWebページ制作やロゴ制作の受託を手掛けていました。フィットネス会社として始まったわけではないのです。
転機は2008年。只石氏がグルメブログでアメブロの当該ジャンル日本一となり、その経験を活かしてブログコンサルティング事業を開始します。ここから同社の強みは、制作そのものではなく、情報発信・集客・コンテンツマーケティングへと移っていきます。
2016年にはパーソナルジム検索メディア「ダイエットコンシェルジュ」でフィットネス領域へ参入。2017年にはトレーナー人材事業「トレーナーエージェンシー」を開始し、フィットネス業界の需要側と供給側の両方に接点を持ちました。
そして2019年、山本義徳氏を監修者として迎え、「VALX EAA9」の発売とともにVALXブランドが誕生します。会社創業が2006年、VALX誕生が2019年。その間には13年の時間差があります。
その後の成長は目覚ましく、通販事業は本格稼働から10カ月で月商1億円を突破。会社沿革によれば、2021年3月期の売上は前期比362%、2022年10月期は同259%と記載されています。2022年にはVALX GYM1号店を武蔵小山に開設し、D2Cで育てたブランドをリアル店舗へ拡張しました。
そして2025年4月、社名そのものを株式会社レバレッジからVALX株式会社へ変更します。会社の一事業だったVALXが、会社そのものになった瞬間です。
この歩みを俯瞰すると、一つの一貫性が見えてきます。Web制作、ブログ、フィットネスメディア、人材、D2C、リアル店舗。VALXの本質は、フィットネス領域における「集客とメディアの会社」であり、IP・メディア・D2Cを組み合わせた複合型のブランド企業だということです。
そしてもう一つ重要なのが、役割分担です。只石氏が経営・事業開発・マーケティングを担い、山本氏が専門知識・監修・発信力・ファン基盤を担う。VALXの公式サイトでも、只石氏は代表取締役、山本氏は「VALXプロデューサー」として記載されています。
VALXは、山本氏個人の知名度だけで生まれたブランドではありません。マーケティングを得意とする経営者と、専門家インフルエンサーの強みが組み合わさって育った、「経営者×専門家」型のブランド企業です。
このブランド構築モデル自体が、VALXの成功要因の一つだと私は見ています。
なぜ「事業譲渡」なのか——会社ではなく、事業を切り出す意味
会社史を踏まえると、今回のスキーム選択の意味が見えてきます。
VALX株式会社の公式な事業区分は、物販事業とフィットネスジム事業の2つです。今回譲渡が協議されているのは後者のみ。つまりVALXは、ブランドと物販という会社の中核は手元に残したまま、店舗運営という機能だけを切り出そうとしていると読めます。
株式譲渡であれば、会社全体(あるいはその持分)が移ります。事業譲渡であれば、対象となる資産・契約・機能を選んで切り出せます。会社の一部の事業だけを、それを最も伸ばせる相手へ移す。この「切り出す単位の設計」は、M&Aの実務において極めて重要な論点です。
事業をどの単位で切り出し、どの権利を誰に託すかが取引の性格を決める——この論点は、秋元康氏プロデュースのアイドルグループ「WHITE SCORPION」の事業譲渡を分析した際にも書きました。
▶ アイドルは、買われるIPになった。──秋元康氏プロデュース「WHITE SCORPION」事業譲渡
https://note.com/hanseatic_league/n/ndbf8f23e22f8
さらに本件で興味深いのは、事業譲渡単体で終わっていないことです。公表内容では、①VALX GYM事業の譲渡、②資本業務提携、③VALXによるフィットクルー株式取得の検討、が一体で示されています。

通常の事業譲渡では、譲渡が完了すれば売り手と買い手の関係は薄くなることもあります。しかし今回は、譲渡後もブランドと商品で協業を続け、さらにVALXが買い手であるフィットクルーの株式取得まで検討している。
仮に株式取得が実行されれば、VALXは店舗を直接運営しなくても、VALX GYMの全国展開による企業価値向上を、フィットクルーの株主として享受できる可能性があります。売った側と買った側の利害を、売却後も同じ方向にそろえる。私はこれを「アラインメント設計」として読んでいます。
形式は事業譲渡ですが、最終契約の内容次第では、実質的にはブランド会社と店舗運営会社による共同事業化に近づく可能性がある。ここが本件のスキーム上、最も面白いところです。
もっとも、株式取得は現時点で「検討」であり、比率・金額・方法はすべて未公表です。この点は断定せず、今後の開示を待ちたいと思います。
VALX側の狙い——なぜジム事業を手放すのか(4つの仮説)
では、なぜVALXはジム事業を譲渡するのか。以下はすべて、公開情報に基づく私の仮説です。
仮説①:店舗運営の専門性が求められる段階に入った。
VALX GYMは2022年の開始から5店舗まで拡大しました。しかし、5店舗から数十店舗へ広げるには、物件開発、出店管理、採用、トレーナー育成、多店舗統制といった、D2Cやブランド運営とは異なる能力が必要になります。VALX自身も、全国展開には店舗運営・トレーナー育成・多店舗展開に強みを持つパートナーとの連携が重要だと説明しています。
仮説②:資本効率の異なる事業を分離する。
D2Cはブランドとマーケティングが機能すれば全国へ販売できますが、ジムは店舗ごとに敷金・内装・マシン・採用への投資が必要です。成長に必要な資本と組織能力が根本的に異なる2つの事業を分け、VALXは商品開発・ブランド・メディアに経営資源を集中する判断とも読めます。
仮説③:店舗を手放しても、ブランド接点は残せる。
VALX GYMブランドが維持され、VALXがブランドやマーケティングで関与し続けるなら、自社で店舗運営をしなくてもリアルな顧客接点を持ち続けられる可能性があります。
仮説④:店舗の成長果実を、資本面から取り込む。
前述のとおり、フィットクルー株式の取得が実行されれば、店舗運営から離れても、全国展開の果実を株主として取り込める設計になり得ます。
なお、「VALX GYMが不採算だった」「経営不振で売った」と断定する根拠は、公開情報にはありません。この点は明確にしておきます。
フィットクルー側の狙い——単なる5店舗の取得ではない
買い手側にも、明確な文脈があります。
フィットクルーは、女性専用パーソナルジム「UNDEUX SUPERBODY」を中心に、ピラティス事業やパーソナルトレーナー養成スクールなどを展開する会社です。VALXの公表では、全国50店舗以上のジムを展開し、店舗運営や人材育成に実績を持つとされています。
この会社がVALX GYMを譲り受ける意味を、私は4つの仮説で整理しています。
仮説①:顧客層と業態の拡張。
女性専用・パーソナル型が中心の事業に、男女向け・24時間型・セルフトレーニング型という異なるポジションのジムを加えられます。
仮説②:時間を買う。
24時間ジム市場へ自社ブランドで参入すれば、ブランド開発・認知獲得・会員基盤の構築に長い時間がかかります。VALX GYMを譲り受ければ、既存5店舗と会員に加え、VALXの認知度、山本義徳氏の監修、YouTube・SNSの集客力と協業できるポジションへ一気にアクセスできる可能性があります。買い手が得る価値は、店舗設備だけではありません。VALXというブランドと継続的に協業できる立場そのものに、大きな価値があります。
仮説③:月額会員型の収益基盤の拡大。
24時間ジムは月額会員制が中心であり、会員が積み上がれば安定的な収益基盤になります。
仮説④:多ブランド・多業態への転換。
女性専用パーソナル、ピラティス、24時間ジム、トレーナー教育。単一ブランドの会社から、総合的なフィットネス企業へ進む転換点として、本件を位置づけられる可能性があります。

こうして両社を並べると、強みが重複するのではなく、きれいな補完関係になっていることが分かります。VALXがブランド・商品・メディア・マーケティングを担い、フィットクルーが店舗運営・人材育成・多店舗展開を担う。公開情報からは、そのような役割分担を構想している可能性がうかがえます。
「撤退」ではなく「成長フェーズの切り替え」
ここまでの分析を、一段引いた視点から整理します。
私はM&AのFAとして、今回の取引を単なる撤退型の事業売却とは見ていません。むしろ、自社で事業モデルをつくる第1段階から、運営を得意とする上場会社と組んで全国展開を目指す第2段階への移行。事業の処分ではなく、「成長フェーズの切り替え」として読んでいます。
ここには、M&Aを考えるうえで大切な原則が表れています。
良い事業であることと、現在の会社がその事業の最適な運営者であることは、別問題です。
VALXにとってジム事業は、ブランドの体験拠点として重要である一方、D2Cとは異なる資本と組織能力を要求する事業でした。フィットクルーにとっては、自社の店舗運営力を最大限に活かせる中核事業になり得ます。同じ5店舗でも、誰が運営するかによって描ける将来が変わる。
この「最適な所有者への再配置」という視点は、ベネッセが約19年保有した東大専門塾「鉄緑会」をヒューリックへ譲渡した案件を分析した際にも書いた論点です。
▶ 少子化なのに、なぜ東大専門塾「鉄緑会」に数百億円の価値がつくのか——ヒューリックが目指す"秀才養成ビル"と、加速する教育業界の資本再編
https://note.com/hanseatic_league/n/nb875b38f069a
また、成長のための手段としてM&Aを使い、資本関係を通じて売却後も成長を共有する設計は、IPOを狙えたサロウィンがヒューリックへの100%売却を選んだ案件とも通じるものがあります。M&Aは、行き詰まった会社の出口ではなく、成長のための選択肢になり得る。本件も、その系譜に連なる案件として注目しています。
▶ ヒューリックがサロウィンを100%子会社化——IPOを狙えた会社が選んだM&Aと、買い手が握っていた「ファーストコール」
https://note.com/hanseatic_league/n/nf3aaef22c3b6
結論——VALXは何を残し、何を託そうとしているのか
整理します。
今回譲渡が協議されているのは、VALXという会社でも、プロテイン事業でもありません。VALX GYMというジム事業です。そしてVALXは、単に事業を手放すのではなく、資本業務提携と株式取得の検討を組み合わせることで、ブランドと商品は自社に残し、店舗運営は多店舗展開に強い上場会社へ託し、その成長には資本を通じて参加し続ける可能性のある設計を描いているように見えます。
Web制作会社から始まり、社名をブランド名に変えるまでに至った「経営者×専門家インフルエンサー」型のブランド企業が、次の成長のために選んだ一手。それが本件の本質だと私は考えています。
もっとも、本件はまだ基本合意です。譲渡価額、ブランドの使用条件、株式取得の有無、今後の出店方針は、いずれも明らかになっていません。最終契約でどのような役割分担が示されるのか、引き続き注目していきます。
最後に、皆さんに伺ってみたい問いがあります。もしあなたが、強いブランドと店舗事業の両方を育ててきた経営者だとしたら、どちらを選びますか。
A. 店舗運営まで自社で抱え、すべてを自前で拡大する
B. ブランドと商品に集中し、運営は専門会社に託しながら、資本関係を通じて成長を共有する
どちらにも理屈があり、事業の性質と経営資源によって答えは変わる問いだと思います。皆さんのお立場からのご意見を、ぜひコメントで聞かせてください。
※本記事は公開情報に基づく筆者の分析・私見であり、特定の企業や関係者を批判する意図はありません。記事中の事実関係は、各社のプレスリリース・適時開示・公式サイト・各種公開報道に基づきますが、当事者から特定の情報提供を受けたものではありません。本件は2026年7月時点で基本合意の段階であり、譲渡価額・資本提携の詳細・株式取得の有無等は未公表です。両社の狙いやシナジーに関する記述は、公開情報から推察した筆者の仮説です。私は本件のFAその他の関係者ではありません。記載内容は2026年7月時点の情報に基づきます。
【参考資料】
・VALX株式会社 プレスリリース(2026年7月16日)、公式サイト(会社沿革・事業区分・VALX GYM店舗一覧)
・株式会社フィットクルー 適時開示(2026年7月15日)、公式サイト
・M&A Online ほか各種公開報道
ハンザ・アドバイザーズ株式会社
代表取締役 福島 貴将
弊社は、利益相反のない売り手専属のFAとして、会社売却・事業承継・M&Aにおける売り手の意思決定支援を行っています。仲介会社や買い手とは異なる立場で、売り手の利益を最優先に助言する構造です。本件のような「事業をどの単位で切り出すか」「売却後も成長を共有する提携設計」といった論点や、すでに進んでいるディールのセカンドオピニオンについて、ご相談を承っています。
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