『リンク』第2章〜人生に必要だった遠回り〜/Episode6
「人それぞれの幸せ」
6-1 褒められて満足する人
お弟子さんたちと長い時間を過ごしていると、
本当にいろんな人がいた。
同じことを教えても、
伸び方も、
考え方も、
大事にするものも全然違う。
そして、その中でボクたちは、
少しずつ気づいていった。
人って “何に満足するか” が、
みんな違うんだって。
たとえば、
褒められることで満足する人がいた。
「すごいね!」
「上手くなったね!」
「頼りになるね!」
そう言われると
すごく嬉しそうにして、
そこへ向かって頑張れる人。
もちろん、それは悪いことじゃない。
誰だって、認められるのは嬉しい。
ボクだって、そうだった。
でも、面白いことに
そこから先が人によって全然違った。
練習を見ていて
ボクが「上手!」って褒めても、
首をかしげながら。
「でも……。いつも横で、もっと上手く焼いてるの見てるんで。まだ、なんか違いますよね?」
そう言う人たちがいた。
“褒められたこと” より “理想との差”
の方を見ていた。
そして、そういう人たちは、
後々、さらにどんどん上手くなっていった。
逆に、褒められてそこで満足してしまう人は、
ある程度のところで
成長が止まることも多かった。
もちろん、それが悪いわけじゃない。
人それぞれ、目指したい場所も違う。
でも、ゆくゆく “お弟子さん” と呼べるように
なった人たちは、みんな前者だった。
褒められても、満足しない。
もっと良くしたい。
もっと近づきたい。
そんなふうに、
自分で、自分の課題を探し続ける人たち。
そういう人たちって、
結局、お客さんを見るようになる。
「もっと喜んでほしい。」
「もっと美味しくしたい。」
「もっと、気持ちよく過ごしてほしい。」
意識が、
自分自身より
自然と相手へ向いていく。
そして、
そんな話をりなちゃんとしていた時、
りなちゃんが昔働いていた
雑貨屋さんの話をしてくれた。
「前の職場でね。」
……。
「上の偉い人が来るから、お店を綺麗にして、挨拶も元気にって。」
……。
「そういうの、よく言われてたんだよね。」
……。
でも、りなちゃんは
ずっと違和感があったらしい。
「なんか、違う気がしてたんだよね。」
……。
「会社の偉い人のために、ちゃんとするの?」
……。
「お客さんのために、普段からちゃんとするんじゃないの?」
……。
その話を聞いた時、
ボクもすごく共感した。
結局、仕事って、
“誰のためにやるのか” なんだと思う。
褒められるためなのか。
評価されるためなのか。
それとも、
目の前のお客さんに、
喜んでもらうためなのか。
そして。
後々、本当に伸びていった人たちは、
やっぱり、
“お客さん” を見ている人たちだった。
でも、
その頃のボクはそういう感覚を、
まだ、うまく言葉にできていなかった。
だから、
「なんで、そこじゃないんだろう?」って。
思ってしまうこともいっぱいあった。
でも、今思えば、
ただ幸せの形が違っただけなのかもしれない。
誰かに認められることで、頑張れる人もいる。
お客さんの笑顔で、頑張れる人もいる。
仲間との時間が、幸せな人もいる。
みんな、違う。
そして、
その違いを
本当の意味で理解するには、
あの頃のボクたちは
まだ少し若かったのかもしれない。
6-2 お客さんを見ている人
クレープ屋さんを教えていると、
技術以上に “見ているもの” の違いが
すごく出ることがあった。
たとえば、
同じようにクレープを焼いていても
“自分” を見ている人と。
“お客さん” を見ている人がいた。
自分が上手く作れるか。
失敗しないか。
どう見られているか。
そこへ意識が向く人もいる。
もちろん、最初はそれで当たり前だと思う。
誰だって失敗は怖い。
怒られたくないし。
恥もかきたくない。
でも。
少しずつ成長していく人たちは、
途中から見る方向が変わっていく。
「待たせちゃってるから、もっとスムーズに作りたい。」
「あのお客さん、寒そうだから早く渡したい。」
「小さい子いるから、食べやすいように巻こう。」
そんなふうに、
自然とお客さんを見るようになっていく。
そして、
そういう人たちって、
結局、どんどん上手くなる。
だって、“誰かのため” にやる人って、
自然と工夫するから。
もっと喜んでほしい。
もっと快適にしたい。
もっと美味しくしたい。
その気持ちが、
技術まで引き上げていく。
逆に、
“自分がどう見られるか” だけになると、
ある程度で成長が止まることも多かった。
もちろん、それも悪いわけじゃない。
ただ、見ている方向が違った。
そして、
ボクたちは少しずつ気づき始めていた。
本当に愛されるお店って、
“上手なお店”じゃなくて、
“お客さんを見ているお店”なんだって。
だから、ボクたちもクレープを教える時、
ただ技術だけじゃなく、
「そのクレープ、誰に食べてもらうの?」
「その人、今どんな気持ちだと思う?」
そんな話をよくしていた。
⸻
もちろん、
その頃のボクたちは、
まだ、完璧なんかじゃない。
むしろ、
自分たち自身も
余裕がなくなっていく時期だった。
でも、そんな中でも
“お客さんを見る” という感覚だけは、
ずっと大事にしたかった。
だって、結局、
人が集まる場所って、
“誰かを大切にしている空気” に
人が集まってくるんだと思うから。
6-3 人それぞれの幸せ
お弟子さんたちと何年も一緒に働いて、
ボクたちには
少しずつ分かってきたことがあった。
それは、
“人それぞれ、幸せの形が違う”
ということだった。
もちろん、
頭では分かっていたつもりだった。
でも、
実際にたくさんの人と深く関わってみると、
想像以上にみんな違った。
とにかく上手くなりたい人。
お客さんに喜ばれることが幸せな人。
仲間と楽しく働く時間が好きな人。
自由な働き方に魅力を感じる人。
安定した生活を大事にしたい人。
独立して自分のお店を持ちたい人。
同じクレープ屋さんでも
目指しているものは、全然違った。
しかも、その違いって、
どれが正しいって話じゃない。
“その人にとって、何が幸せなのか”
が違うだけだった。
その頃のボクたちは、
まだ、そこを完全には理解できていなかった。
だから、どこかで、
“自分たちが良いと思う形” へ
導こうとしていた気がする。
もちろん、それは悪気なんかじゃない。
本気で幸せになってほしかった。
ボクたち自身、
お客さんとの繋がりや
仲間と笑いながら働く時間に、
すごく幸せを感じていたから。
でも、その幸せが、
みんなにとっての幸せとは限らなかった。
たとえば、
ボクたちは “人が集まる場所”を作ることに
喜びを感じていた。
でも、人によっては
もっと静かな生活の方が幸せかもしれない。
もっと自由に。
もっと気楽に。
働きたい人もいる。
逆に、
もっと大きく成功したい人もいる。
みんな人生で大事にしたいものが違う。
その違いに触れるたびに、
ボクたち自身も
少しずつ考えるようになっていった。
“ボクたちにとっての幸せって、なんなんだろう?”
って。
いっぱい売れることなのか。
有名になることなのか。
会社を大きくすることなのか。
それとも。
もっと、別の何かなのか。
そして、この頃から、
ボクたち夫婦の中でも、少しずつ、
ひとつの想いが大きくなり始めていた。
“本当に欲しかったのは、こういう忙しさだったんだろうか?”
って。
6-4 進んだ先で見えた“本当の幸せ”
その頃、
ボクたちの元には全国各地から
「クレープ屋さんをやりたいです。」
という連絡が届くようになっていた。
その中でも特に印象に残っているのが、
たまちゃんだった。
ボクより1つ歳上の男性で、
児玉という苗字から
猫っぽいニックネームを付けさせてもらい、
たまちゃんと呼んでいた。
最初の出会いは InstagramのDM。
「クレープ屋さんを、本気で学びたいです。」
そんなメッセージが届いた。
話を聞いてみると、
たまちゃんはかなり変わった人生を歩いていた。
18歳の時。
地元の北海道から
何の当てもなく東京へ出てきたらしい。
しかも、
最初は公園のドカンで寝泊まりしながら、
仕事を探していたという。
そして、その後、
超有名な老舗のお蕎麦屋さんへ入り、
寮生活をしながら、
本格的な蕎麦職人の修行をしていた。
“職人の世界”を
ちゃんと経験してきた人だった。
その後、
結婚して、
今度は長野へ移住。
ゆくゆくは
奥さんと2人でお蕎麦屋さんを開業したい。
そのために、
まずは資金を作りながら、
経営も学びたい。
そう思って、ネットで探していた時に
ボクたちのクレープ屋さんへ辿り着いたらしい。
そして、
ボクたちが2度目の千葉へ行っていた時、
たまちゃんは奥さんと2人で
長野から千葉まで話を聞きに来てくれた。
そこからのたまちゃんは
行動がすごかった。
なんと、
奥さんを長野へ残して、
単身赴任みたいな形で修行に来たのだ。
クレープを学んで、
しっかり経験を積んで、
その後、長野へ戻って、
奥さんと2人でお店をやるために。
しかも、
元々、本格的な職人修行を
経験していたこともあって、
たまちゃんの取り組み方は
本当に真剣だった。
とにかく、妥協しない。
もっと上手くなりたい。
もっと美味しくしたい。
もっとお客さんに喜んでもらいたい。
その気持ちが、ものすごく強かった。
そして、
最終的には、
お弟子さんたちの中でも
抜群にクレープを作るのが上手くなっていった。
ボクたちも。
「あそこまで突き詰められるの、すごいなぁ。」
って、感心するくらいだった。
そして、
修行を終えたたまちゃんは、
長野へ戻り、
奥さんと2人でクレープ屋さんを始めた。
ずっと目指していた、夫婦でのお店。
でも――
実際に始まると、
今度はケンカがものすごく増えたらしい。
仕事。
生活。
お金。
疲れ。
プレッシャー。
夫婦でずっと一緒に働くって、
想像以上に難しかった。
もちろん、
お店は順調だった。
でも、
たまちゃんはその中で少しずつ、
考えるようになっていったらしい。
“自分は、何のために頑張ってたんだろう?”
って。
美味しいものを作って
お客さんに喜んでもらいたい。
その気持ちは、もちろん本物だった。
でも。
本当に欲しかったのは。
“奥さんと、仲良く幸せに暮らすこと”
だったんじゃないか。
そんなことを。
少しずつ考えるようになっていった。
6-5 仲良しな家庭を作りたかった
独立した後も
たまちゃんとはマメに連絡を取っていた。
お店の状況を聞いたり、
困っていることを相談されたり。
もちろん、
夫婦2人でお店をやる感じもよく聞いていた。
すると、
たまちゃんは少しずつ
こんなことを言うようになっていた。
「どうも、一緒に店やってると、
ケンカばっかりしちゃって。」
最初はこう思っていた。
「まぁ、夫婦で仕事するとあるよね〜。」
でも、その状況はなかなか変わらなかった。
しかも、
ボクたちは2人の関係もよく知っていた。
たまちゃんも、
奥さんも、
本当に優しい。
お互いのことも、大好き。
だからこそ、
ずっと気になっていた。
そして、
独立して2年くらい経った頃。
たまちゃんから相談を受けた。
「クレープ屋さん、辞めようか少し悩んでます。」
……。
「それから、お蕎麦屋さんも、なんか違う気がしてきちゃってて。」
……。
理由を聞いてみたら、
やっぱり、
夫婦で一緒に店をやると
ケンカばかりになってしまうのが理由だった。
仕事のペース。
こだわり。
考え方。
一緒にいる時間が長いほど、
ぶつかることも増えていく。
そして、たまちゃんは。
「一緒に店をやらない方が、仲良くいられるのかもしれない。」
そんなふうに思い始めていた。
実は、
たまちゃんが18歳で北海道を飛び出して、
ドカン暮らしまでして東京へ出たのには
理由があった。
お父さんが、かなり厳しい人だったらしい。
家族旅行へ行っても。
「運転に集中したいから、一言もしゃべるな。」
「寝るな。」
そんな空気だったという。
そして、
最終的には、両親も離婚した。
だから、
たまちゃんにとって
“幸せな家庭を作ること” は、
人生のすごく大きなテーマだった。
もちろん、
東京で老舗の有名なお蕎麦屋さんへ入り、
本格的に修行して、
いつか自分のお蕎麦屋さんをやりたい。
その夢も本物だった。
でも、
実際に夫婦でクレープ屋さんをやってみて、
「このまま一緒にお店を続けていると、仲良しでいられなくなるかもしれない。」
そんな感覚が、
少しずつ大きくなっていった。
もちろん、奥さんのことは大好き。
だからこそ、
“仲良く一緒に居たい”って気持ちの方が、
どんどん強くなっていった。
でも、ここまでいっぱい頑張ってきた。
時間も。
お金も。
労力も。
全部使ってきた。
だから、
簡単には辞められない。
でも、
このまま進むのも
なんか違う気がする。
そして、
たまちゃんは最後にこう言った。
「クレープ屋さん辞めて。お蕎麦屋さんも辞めて。普通にどこかで働きながら、幸せな家庭を作る方が、いいんですかね……。」
……。
その話を聞いた時、
ボクは何の迷いもなく言った。
「たまちゃん、辞めよう!」
すると、
たまちゃんはビックリした顔で言った。
「え?辞めちゃっていいんですか?」
たまちゃんはビックリしてたけど、
ボクはそれがいいと思った。
だって、
たまちゃんは “本当の幸せ” が、
何なのかに気づいたから。
たまちゃんがボクの言葉にビックリしたのには
ひとつの理由があった。
その頃、独立したお弟子さんたちには、
フランチャイズとして看板を貸していた。
だから、たまちゃんが辞めれば、
当然、ボクたちの会社の収益も減る。
でも別に、お金儲けのために
やっていたわけじゃなかった。
教えていた頃に、
ボクたちが負担していた分が返ってくればいい。
それくらいの感覚だった。
5年くらい続けば
教えてた頃に負担した分は戻ってくるから、
その後はもうお金は受け取らないつもりだった。
全額回収するには、まだもう3年くらい。
それでも、
たとえお金が返ってこなくなったとしても、
「たまちゃんと出会えて、仲良くなれたから、もうそれでいいや。」
本気でそう思っていた。
とにかく、
たまちゃん夫婦に幸せになってほしかった。
そして、この出来事は、
ボクたち夫婦にとってもすごく大きかった。
だって、
お店が上手くいくことより。
事業が大きくなることより。
もっと大切なものがあるんだって、
気づかせてもらったから。
しかも、
そこまで
どれだけ時間を使っても、
どれだけお金を使っても、
どれだけ頑張っても。
その先に本当の幸せが無いって気づいたなら、
そこまでの全部は
“本当の幸せに気づくために必要だった道”
なんだと思った。
だから、それでいいんだって。
そして、たまちゃんは
クレープ屋さんも辞めて、
お蕎麦屋さんになる夢も手放した。
でも、
今でもボクたち夫婦とたまちゃん夫婦は
仲良しだ。
お弟子さん同士も
今でも仲間のままでいる。
ボクは、それがすごく嬉しい。
6-6 師弟じゃなく仲間だった
気づけばボクたちと
お弟子さんたちの関係は、
ただの“教える・教わる”では
なくなっていた。
もちろん、最初は師弟関係だった。
クレープを教えて。
働き方を教えて。
商売を教えて。
でも、
長い時間を一緒に過ごす中で
少しずつ、
人と人としての大事な関係へ
変わっていった。
たとえば、
一番弟子の夫婦。
2人は、まだ付き合っている頃に修行へ来た。
そして、
修行時代から、ずっと言ってくれていた。
「ボクたち、ハニハニさん夫婦の役に立ちたいです。」
って。
本当に、頼れる存在だった。
しかも、2人が結婚する時には、
婚姻届の保証人にも選んでもらった。
独立したあとも、
定期的に会って
美味しいものを食べたり、
近況を話したり。
そして今では、
子どもも2人になった。
4歳の長女は、
お話できるようになってから
「ハニハニ〜!」
「りなちゃん〜!」
って、呼んでくれる。
それが嬉しくて、
ボクはnoteの名前まで
“ハニハニ”にしたくらいだった。
もうお弟子さんというより、
大好きなお友達みたいな存在だ。
そして、
ボクたち夫婦より少しお姉さんだった
お弟子さん夫婦もいる。
ボクたち夫婦と大の仲良しだった
イタリアンシェフと
修行時代から付き合い始めて、
今では夫婦になった。
しかもそのお弟子さんは
元々カフェをやりたくて弟子入りしてきた人で、
夢を叶えるように
今はバリスタとして2人でお店をやっている。
旦那さんのシェフとボクたち夫婦は、
よく朝まで眠い目をこすりながら
語り合っていた仲だった。
だから、この夫婦とも、
きっと、これから先も、
ずっと仲良しなんだと思う。
そして、
たまちゃん夫婦とも、
今でもたまに集まる。
ご飯を食べながら。
近況報告をしたり。
昔みたいに冗談を言い合ったり。
もう “師弟関係” って感じじゃない。
大事なお友達みたいな関係だ。
それから、
もう1人、ボクたちが
“お弟子さん”って呼べる子がいる。
ちょっとおバカだけど、
素直で一生懸命で。
今でもクレープ屋さんを頑張っている。
今では、
出店先の開拓まで引き受けてくれていて、
本当に頼れる存在だ。
何かお願いした時も、
いつだって、できる範囲で力を貸してくれる。
そういう “信頼” で繋がっている仲間だった。
そして、他の教え子たちも。
遠いのに、ふらっと顔を出しに来てくれたり。
相談があると、わざわざ会いに来てくれたり。
特に用事もないのに
「なんか、会いたくなって。」
って、来てくれたり。
そんな人たちが、いっぱいできた。
それって、
ボクたちにとって本当に嬉しいことだった。
もちろん、
事業として見れば
もっと上手いやり方もあったのかもしれない。
もっと効率良く、
もっと利益を出して、
もっと大きくする方法もあったと思う。
でも、今振り返ると、
ボクたちが本当に作っていたのは、
“クレープ屋さん” じゃなかったのかもしれない。
人と人が、繋がる場所。
誰かが、「また会いたい」って思える関係。
そんな小さな輪を、
少しずつ作っていたんだと思う。
そして、
気づけば、お弟子さんたちは、
“師弟” じゃなく “仲間”
になっていた。
🌿この作品は、実体験をベースにしたフィクションです。実際の経験をもとにしながら、一部構成・演出を加えています。
「これ実話?」と思った部分があれば、コメントで聞いてください。お答えできる範囲でお話します。
『リンク』第2章マガジンは
作品トップページから↓
