【エッセイ】行こう! 仕事に疲れたぼくらのファンタジーステーション・ツアー!(名もなき雪国の駅の詩)
お仕事ご苦労さまです。
疲れすぎていませんか?
そんなときは鈍行列車に揺られたい。
行こう!
ぼくらのファンタジーステーション・ツアーへ。
◇ ◇ ◇
人生で一番衝撃を感じた駅。
それは想像もしなかった場所だった。
この話をする前に、皆さまに知っていただきたいことがある。
田舎の人は電車に乗らない。
わたしは親の都合で、小学生の途中から10年ほど北陸の田舎町に住んでいたが、電車に乗った記憶がほとんどない。
おかげで、受験で東京に出たとき、切符の買い方すらわからなかった。
人の激流に流され、切符がないまま改札の中に入ってしまい、さすがにどうだろう……と思ったことを覚えている。
定期的に電車を使うようになったのは、実家から遠く離れた大学でひとり暮らしをはじめてから。
電車を使うのは、主に帰省のときだった。
大学生になって初めて、実家のある雪国を電車から眺めることになった。
今考えても不思議に思う。
実家を離れたあの瞬間から、わたしの視点は電車に切り替わったのだ。
◇ ◇ ◇
中継地点となる地方都市までは、特急でスムーズに行ける。
トンネルを抜けると本当に雪国だった。
地方都市からは、単線のローカル線に乗り換える。
ひとつひとつの駅に停車して、ゆっくりと確かめるように進んでいく。
問題の駅は、わたしが降りるべき場所のひとつ手前。
わたしは「その駅」に注意を払ったことがほとんどなかった。
同じような駅を十いくつも通過するからだ。
どの駅もありふれた田舎の駅。
問題の駅は、あえて言うなら、乗り過ごし防止として役立っていた。
わたしの降りる駅が「ホクホク駅」だとして、ひとつ手前の駅は「南ホクホク駅」だからだ。
「南ホクホク駅」が衝撃の駅になるためには、ある人物に登場してもらう必要がある。
◇ ◇ ◇
わたしには、中学、高校が一緒だった友人がいる。
親友と呼べるほど仲が良くなったのは、大学生になってからだ。
T氏は、北陸の大学に進学し、わたしは関西の大学だったから、違う大学に通っていたのに仲が良くなったことになる。
なぜ、3回も同じクラスになった中高時代ではなく、別々の道を歩みだしてからだったのだろう……
T氏は、中学生のときに自転車に乗ってあらわれた。
「ホクホク小学校」も「ホクホク中学校」も、わたしの家から徒歩10~15分の場所にあった。
ホクホク駅は、一般的には十分な田舎だが、その地域では中心と言える場所。
コンクリート感があった、と言えば伝わるだろうか。
ホクホク駅の人間は、コンクリート世界に属していた。
「ホクホク中学」には、周辺の複数の小学校から生徒が集結する。
中学からの合流組は、距離が遠いため自転車を使った。
つまり、T氏は合流組。
わたしにとって未知の人間だった。
◇ ◇ ◇
T氏は博識だった。
ジャンルで言うと、自然科学の引き出しが多かった。
のちに明らかになるが、お姉さんがバリバリの理系で、教授とケンカして京大の大学院を中退したほど極端な人だったらしい。
T氏は中学の時点で、あらゆることを何階層も掘り下げて考えることができた。
そして、恐るべきことに、それを笑いをして提供できる技術を持っていた。
密かにすごいな……と思った。
わたしはわたしで、中学、高校と独自の進化をした学力の鬼人だった。
記憶力が残念なT氏は、テストでわたしに勝ったことが一度もない。
……そうやって考えると、おたがいライバル意識があったのかもしれない。
高校の最終登校日に、わたしからこう言った。
「よかったら、連絡先を交換しない? これで最後になるのも寂しいじゃん」
自分でも驚くほどのファインプレーだった。
そのひとことで人生の親友を得たのだから。
帰省のたびに、一緒に遊んだ。
酒を飲んだり、物置小屋で卓球をしたり、ビリヤードをしたり、田舎に一件あるファミレスで時間を過ごしたり。
別に何をしていてもよかった。
T氏と話をしていれば、会話がおもしろい方向に転がった。
◇ ◇ ◇
T氏の話には、それなりにクセがある。
あるエピソードがそれをよく表しているかもしれない。
一緒に映画館に行ったときのこと。
宮崎駿の作品に「生きろ。」というキャッチコピーがあった。
「なんで、おまえに言われなきゃいかんのや!」
本気で怒っていた節があって、わたしはやや引いた。
そう、T氏は必要のない深堀りをし、必要のない結論をよく引き出す。
こう思った人がいるのではないか。
こいつ、ちょっとめんどくさいな……。
たぶんそう。
いつか彼はこう漏らしたことがある。「俺のこんな話聞いてくれるの、焔さんだけだわ……」
さあ、南ホクホク駅が近づいてくる。
◇ ◇ ◇
T氏は、学生には不相応ないい車を持っていて、いつも彼の運転で県内を移動していた。
わたしの実家にも車で送ってくれた。自分も実家に帰るからついでだと。
ところが、理由は覚えていないのだけど、あるとき一度だけ、例のローカル線で移動したことがある。
一緒に電車に乗り、それぞれの実家に帰る。それはとても珍しいことだった。
T氏が降りたのは、南ホクホク駅。
そう、わたしたちは住む駅が違う。
T氏が中学から自転車通学をしていたのは、彼が南ホクホク駅の住人だからだ。
わたしはほとんど意識していなかった。
ホクホク駅も、南ホクホク駅も、たいした違いはないように思っていた。
「南」が付くかどうかの違い。距離だってひと駅。
――T氏は、あの駅に吸い込まれていった。
正確なシチュエーションは覚えていない。
もしかしたら、わたしも一緒に降りたのかもしれない。
その後どうやって帰ったのか、という疑問が残るが、わたしが電車に残っていたのでは、駅の鮮烈な記憶の説明がつかない。
何もない駅だとは思っていた。
が、本当に、なにもなかった。
駅として成立していなかった。
「切符、どこに置けばいいの」
「ここは、無人駅なんや」
無人駅というか、何もない。
ホームとしての最低限の土台。
「南ホクホク駅」の看板。
わたしは、怖かった。
何もない駅がこんなに怖いものだとは思わなかった。
眼前には、深い森が広がる。
わたしは気配を感じた。
信じてもらえなくてもいい。
そこに、トトロの気配があった。
人生を、仮にトトロの軸でとらえたならば、わたしがもっともそれに近づいた瞬間だった。
リアリティーのあるトトロは怖い。
真実。
深淵なもの。
理解できないなにか。
本当はそんなもの、誰も見たくないのだ。
記憶の中のわたしは、車窓からT氏を眺めている。
友人は、わたしが知っていたと思っていた人物は、未知の世界に帰っていった。
ガラス越しにその姿を見送る。
そうか、君はこんなファンタジーの世界に住んでいたんだ。
そしてなお、内なるファンタジーを求めていたのか。
ホクホク駅と、南ホクホク駅。
こんなに似ている駅なのに、どちらで降りるかは一生を分かつほどの差があった。
駅が、ぼくたちを違え、そして友人にしてくれた何かだった。
あの日の南ホクホク駅は、一瞬だけあらわれた本物のファンタジー世界だった。

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