【仕事の短編】トリミングファイターさくらさん、個人情報を超漏らしてしまいました編(投資エンタメ「FIREダンジョンズ」とコラボ!)
いったい、何からお話したらいいのか……。
みなさん、信じていただけますか?
わたし、オンラインRPGに閉じ込められ、ごほん。
いえ、まだその話はやめておきましょう。
ここは会社ですから、現実的な話をいたしましょう。
皆さまは、個人情報の取り扱いにどれくらい気を付けていますか?
えっと、わたし、初めて採用面接を「する側」になったんですよ。
ああ、申し遅れました。わたくしシノと申します。
小さな制作会社に勤めています。
入社して2年目になったばかりの若手ですが、なぜわたしが採用面接に参加することになったかと言えば、応募者が、変わってるんです。
皆さまはご存じかわかりませんが、こんな小さな制作会社に新卒で応募したい人なんてまずいません。わたしだって中途です。
今回の応募者は、しかも女子。
ここはおじさんばかりの会社です。女子社員は、わたしと先輩のさくらさんと、経理の年配の女性しかいません。
訝しんだ社長が、「最初は女子だけで面接してみたら? そのほうが向こうも安心するでしょ」と言って、さくらさんとわたしに投げました。
たしかにヤクザみたいな風貌の社長と部長が最初から出るのは違う気がします。ただ、面倒ごとをわたしたちに投げた感も否めません。
だってこの経歴……。ブランクがあります。
働いたことがないのに、わたしと同い年って。
あ、個人情報の話ですね。
面接の話をきっかけに、大変なことになったんです!
さくらさんを爆発させてしまいました。
(実際に制作会社にいたのでリアリティーはばっちり!)
◇ ◇ ◇
個人情報って大事だったんですね。
この会社は無法地帯ですし、ふだん個人情報を取り扱わないこともあって、わたしはまったくの無頓着でした。
さくらさんと会議室で打合せをしたときのことです。採用面接をするにあたって事前のレクチャーを受けました。
さくらさんは元カメラマンで、今は当社のデザイナーです。わたしからしたら、仕事のできる、頼れる先輩。
応募者の「美果さん」の書類を並べて、そこから読み取った感想を教えてくれました。
「わたし、よほどのことがないと、この子は落とすと思うよ。ぜったいにすぐ辞めちゃうもん」
やっぱり、さくらさんもそう思いますか……。
「うちの仕事、きついですからね」
「大学卒業後にブランクがあるでしょ。いちおう理由を聞いてみるけど、なんの経験もなくて、お客さん相手の難しい仕事をするとか無理だから」
「そうですね。なんで社長は書類を通したんでしょうね」
「また誕生日占いじゃない? それで何度も失敗してるのに本当に懲りないよね」
「もしかしたら、写真が可愛いからかも」
「あり得る。このパターンはきっと性格に問題があるって」
わたしは、目の前の、顔が良くて性格に問題のある人をしばし見つめてしまいました。
「なに?」

そのあとです。
応募書類の扱いも、面接の質問も、個人情報には十分気を付けねばならぬことを聞きました。
今は法律が厳しくなっていること。そもそも、現代社会では個人情報を外に漏らしてしまうと危険なこと。
えっ、ストーカー事件につながることもあるんですか!
そこまで聞いて、はっとしました。
オンラインRPGです。わたし、「FIREダンジョンズ」という危険なゲームをダウンロードしてしまったのです。
そして、個人情報がこんなに大事だと思っていませんでしたから、ゲームの中でぺらぺら喋ってしまいました。しかも、さくらさんの情報まで!
【シノがしゃべった内容を引用】
彼女の名は、シノ(本名:篠原ひろ子)。25歳女子。会社員。好きな先輩は桜宮ひとみ(29歳独身)。
聞いてないのに、個人情報までしゃべってくれる(他人の情報まで)。
「だから、もし情報を漏らしちゃったらすぐ教えてね。怒らないから」
わたしは手を上げていました。
「えっ、0秒なの!」
わたしはゲームの出来事を話しました。ゲームの中に閉じ込められたとはとても言えませんからその辺の話は省略して。
「……つまり、チャット機能で他のプレイヤーに教えちゃったってことだよね」
「そうですね、そんなところです」
「どんな人?」
「……ゲームのアバターではありますけど、眼光の鋭い、アイスピックを持ったおじさんです」
「ヤバすぎるでしょー!」

「でも、優しい人でした」
「いやいや、絶対やばいって。どういう情報を伝えたの? というか、なんでわたしの情報まで」
(さくらさんを自慢したかったんです……)
「えっと、たしか、名前と、職業と、それから……」
「いいや。紙に書いてみて。わたしの何が漏れたのか知りたい」
観念するしかないとあきらめ、わたしはノートに書きつけます。
「会社の先輩、桜宮ひとみ、29歳……」
「シノーーーっ!」
「ひいい!」
怒らないって言ったのにー。
「わたしは29歳じゃなーい! まだ28だーーー!」
そこですかーーー!
「消せないなら、せめて訂正してきてよね」
「無理です、無理です! もうあのアプリ削除しちゃいまして」
あのゲームに戻るなんてこりごりですー。クリアするまで元の世界に戻れないんですから!
「あ、もうすぐ面接の人がくる時間ですよ」

◇ ◇ ◇
問題の人は、想像以上の破壊力でした。
「大学を卒業してから、何年かブランクがありますよね。何をしていたんですか?」
「すぐに働きたくなかったんです。仮想通貨に適当に投資してたら一山当たりまして、そいつで食いつないでました。でも、そろそろ働いてもいいかなって思います」
さくらさんがすごい顔で、隣のわたしを見ました。
口をぱくぱくさせています。
わたしは苦笑いしかできません。
なんと言いますが、若輩者のわたしでもわかってしまいます。人としてのダメ感がすごすぎます。
でも、なんでしょう。
社会人経験がないわりには堂々としています。
不思議と嫌な感じがしません。
見た目が可愛いからでしょうか。
さっきからわたしのほうをチラチラ見てくるような。
その後、2、3、やりとりがあって、「こちらから聞きたいことは以上です。何か質問はありますか?」
さくらさんが早々に切りました。
落とす気まんまんです!
「質問ではないのですが、おふたりに渡したいものがありまして……」
彼女、美果さんが足元の紙袋の中をごそごそやります。
さくらさんがわたしを小突き、手元のノートを指さしました。
さっき書いていたメモです。
「やる気なし、落とす」
そ、そうですよね。
でも、何か引っかかるんです……。
美果さんが、取り出したものを机に並べます。
えっ、カロリーメイト?
なんで。
「シノさんには、こちらの味を」
「は、はい……。って、あれ?」
わたし、名乗ってませんよ?
「そちらの方には、こちらを」
「いやいや……、だめよ、だめ」
さくらさんが慌てます。
「当社では、品物を受け取ってはいけないことになってますから」
「そんなたいしたものじゃありません」美果さんが微笑みます。「それは、わたしにとっての名刺代わりなんです」
「常識、やべえ!」
さくらさんが普通に突っ込みました。
フルーツ味……。
もしかして!
美果さんと目が合いました。
彼女がうなずきます。
わたしは思わず叫びました。「わー、フルーツさん、FIREダンジョンズをクリアしたんですねー!」
「えっ、なになに?」と、さくらさん。
「フルーツさん、こちらが先輩のさくらさんです」わたしは両手をさくらさんに向けて紹介します。「さくらさんは、28歳です」
「ぎゃああああ! 常識と個人情報ーーーっ!」
「さくらさん、違うんです。この人が例の……」
「やっぱり、こちらがさくらさんだったんですね」美果さんの落ち着いた声が響きました。「お聞きしていたよりもずっとお綺麗です」
「え、シノの知り合い?」
「そうです。ハンドルネーム、フルーツさんです」
「わたしのことはフルーツとお呼びください」

「えっと、理解が追い付かないんだけど……」
「それにしても、思っていたよりもずっとお若いですね」美果さんが追撃します。「わたしと同じ、25歳かと思いました」
さくらさんが天井を見上げます。
1秒、2秒。
ぷるぷるしてますね。
もしかしたら、これは――
さくらさんが顔を戻したとき、その指がピストルのように美果さんに向けられていました。
「採用」
美果さんの技が決まりましたー!
採用決めるのは社長ですけどね。なんて野暮なことは言いません。さくらさんとわたしで押し切りましょう。
「美果さん……、いえ、フルーツさん、それにしても、よくわたしの会社がわかりましたね」
「はい。その辺は才能です。わたし、ストーカー気質なものですから。シノさんにどうしてもまた会いたくて」
「わたしもです」
これが個人情報とストーカー、なるほどです。
わたしたちはしばし見つめ合います。
……………………
フルーツさん、大丈夫ですよ。
勇気を出して、一歩踏み出したんですね。
きっとこの会社でやっていけます。
どうかありのままの自分でいてください。
ここは変な人しかいませんから本気で大丈夫です。
働いて、泣いて笑って、一緒にFIREを目指しましょう!
今日はわたしがトリミングしちゃいますね。
ようこそ、こちらの世界のファンタジー「小さな制作会社」へ――。

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