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沸騰する恋と、平熱の夫婦生活『椿ノ恋文』

少しだけ冷えた空気が、温かいコーヒーをいっそう美味しくさせる午後。

お気に入りの喫茶店の隅の席で、私は一冊の本を開いていた。
周りはほどよく賑やかで、誰かの話し声が心地よいBGMのように流れている。

けれど、隣のテーブルから漏れ聞こえてくる言葉の断片に、ふと私の意識は本から逸れてしまった。


そこにいたのは、おそらく婚約したばかりであろう若い二人。
「オープニングムービーはどうする?」「ボートに乗って、コスプレして撮るのもいいよね」「ドレスはやっぱりこっちかな」

弾むような声からは、これから始まる新しい生活への期待と、少しの浮き足だった熱量が伝わってくる。


かたや、私たち夫婦はどうだっただろうか。
結婚式はもちろん、最近では当たり前になりつつあるフォトウェディングすらしていない。
写真一枚残さず、ただ静かに関係を始めた私たちと、目の前の二人。

どちらが良いというわけではないけれど、人によってこれほどまでに向き合い方が違うものなのだと、なんだか新鮮な驚きがあった。




ふと手元に目を戻すと、そこには小川糸さんの『椿ノ恋文』。

ちょうど読み進めていたのは、長年連れ添った老夫婦が、免許返納と引き換えに離婚を迫るという、なんとも切実で、どこか滑稽なシーンだった。

隣からは「永遠」を形にしようとするキラキラした会話が聞こえ、目の前のページには「終わり」を交渉材料にする老いた日常が綴られている。

あまりにも正反対な二つの景色が、狭い喫茶店の中で交差している。
その奇妙なコントラストに、私は思わずくすっと笑ってしまった。

始まったばかりの恋は、きっと真っ赤な炎のように熱い。
けれど、長い年月を重ねていくうちに、その熱は形を変え、時には冷え、時には穏やかな微熱となって生活に溶け込んでいくのだろう。
愛し方は、きっと一つではない。

コスプレをして動画を撮るのも愛だし、免許返納を巡って言い争うのも、また一つの愛の姿なのかもしれない。


読み終えた本を鞄にしまい、店を出る。
家に帰れば、いつも通りの「ほどよい」日常が待っている。

熱すぎず、冷たすぎず。今の私には、このくらいの温度がちょうどいいのだと思う。


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