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春分|移ろいの中で自分の歩幅を見定める

 春分。本州では早咲きの桜が満開を迎えているというのに、北海道では所により、急に思い立ったような雪に見舞われた。春色を整えきれぬまま早春の気をふりまいていたところに寒の戻りが割り込んだ格好。長閑(のどか)でほのぼのとした春の日差しで一度は緩んだ気持ちを引き締める。

 それでも、冬の短日から春の日永(ひなが)へ。余寒と冴え返る(さえかえる)の行きつ戻りつを繰り返し、日脚は少しずつ伸びている。光ほのかな春の日が、再び雪に覆われてしまった景色を春へと染め戻していく。

 夕方、仕事や学校帰りにふと空を見ると、日は残っていて、辺りはまだ明るい。一日の長さをしみじみと感じる瞬間だ。この時季特有の贈り物である時間の豊かさを味わってみる。

 伸びゆく日の光がもたらす余白が、人生に違った色合いを持たせてくれるような気がする。小さいことにこだわらず、おおらかな気分で、のんびりとした春風のような暖かさをたたえて生きることができたなら、どれほど素晴らしいだろう。

 春の淡い光の中では、生まれたばかりの生命の弱々しさと、それでも生きようする意志の不敵さが同居している。それなのに草木は、どこか慎重に時を計っているように見える。きっと、頃合いというものがあるに違いない。急がない。焦らない。誰かと比べる必要なんてない。自分だけのペースを信じて歩いていけばいいのだろう。

 引き際をわきまえた潔さを目にすることができる季節でもある。交譲葉(ゆずりは)は、若芽の成長を見届けると、古い葉が席を譲るように去っていく。後に続く者へ静かに席を空け、互いを尊重し合う。その控えめな姿に学びながら、次なる一歩を確かなものにしたい。

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