見出し画像

「悲しみの風景」


 むかしむかし、あるところの国境近くの小さな村に、ひとりの少年がいました。

 少年の名前はリュカ。

 リュカは村の門番をしていましたが、彼にはもうひとつ、大切な役目がありました。


 それは、村の奥にある小さな祠(ほこら)に封じられた魔族の少女を見守ることでした。


 少女の名前は──No.09。

 それは名前ではなく、番号でした。

 彼女は昔、魔族の王が作った「兵器」だったのです。

 封印を解けば、彼女はすべてを壊す怪物になってしまう。

 そして、最後には──消えてしまう運命。


 でも、リュカは彼女を「兵器」だなんて思ったことはありませんでした。

 少女はいつも、村の外れの古びた花畑で花を摘み、リュカと一緒に空を見上げていました。

「ねえ、リュカ。」

「ん?」

「わたし、ほんとうに 'No.09' なのかな」

「そんなの、名前じゃないよ。」

「じゃあ……名前をつけてくれる?」


 リュカは少し考えて、にっこり笑いました。

「……ノア(Noa)はどう?」

「ノア?」

「No.09(ナンバーナイン)から取ったんだ。可愛いだろ?」

 少女は、ふわりと笑いました。

「……ノア。気に入った」

 それからノアとリュカは、毎日のように一緒に過ごしました。

 リュカは村の門番をしながら、ノアに花の冠を作ってあげました。

 ノアは、リュカの手を引いて花畑を走り回りました。


「きみは、兵器なんかじゃない」

「ただの、かわいい女の子だよ」

 ──けれど、その平和は長くは続きませんでした。


 ある日、遠くの国から大きな軍勢が村に迫ってきました。

 その数、数千。

 村はすぐに包囲され、逃げる時間もありません。


 村の人々は震えていました。

「このままでは、村が滅んでしまう……」


 リュカは剣を握りました。

 でも──

「リュカ」


 ノアが静かに、祠から出てきました。

 その赤い瞳は、まっすぐにリュカを見つめています。


「……ノア?」

「リュカ、わたしの封印を解いて」


「だめだ!!」

「お願い……リュカなら、できるよ」


「でも、封印を解いたら……きみは……!」

「それでもいい。……わたしが、リュカを守るから」


 ノアは微笑んでいました。

 とても優しい、けれど、寂しそうな笑顔で。


 リュカの手が震えます。

 涙が、こぼれます。


「……助けるから。必ず、助けるから……!」


 リュカは、ノアの額にそっと手を当てました。


「……封印、解除」


 その瞬間、光が弾けました。

 ノアの小さな身体に、黒い紋様が走ります。

 銀色の髪が宙を舞い、赤い瞳から光が消えます。

 背中から、黒く鋭い翼が生え、腕は黒い爪へと変わりました。


──怪物が、戦場に立った。

 兵士たちが叫び、剣を向けます。

 ノアは、ただ静かに手を振るいました。

 剣が砕け、兵士が吹き飛びます。


 弓矢が降り注ぐ。

 ノアの身体には届かない。

 矢は、黒い炎に包まれて燃え尽きてしまいます。


「ノア……やめて……!」

 リュカが叫びます。

 ノアは涙を浮かべて、リュカを見ました。


「……もう、止められない……」


 それでもノアは、最後まで村を守りました。

 一人で、何千という軍勢を打ち倒しました。

 黒い爪が、敵の旗を切り裂き、

 黒い炎が、敵の剣を溶かしていきました。


 そして、すべてが終わった時──


 ノアは、リュカの前に立っていました。

 瞳から涙が、こぼれています。

「……ごめんね」


「ノア……」

「もう、戻れない……」


  リュカはノアを抱きしめました。

「いかないでくれ、ノア……!」

「……ありがとう、リュカ」

    ノアの身体が、静かに崩れはじめました。

    その腕が、灰となって舞い上がっていきます。


 「名前を……くれて……ありがとう……」


 ノアは最後に微笑んで──


 ──消えました。


    リュカは、ただそこに座り込んでいました。

    涙が、頬を伝います。


   やがて、リュカはノアがいた場所に、小さな白い花を見つけました。

  リュカはそっとその花を摘みました。

「ノア……」


 その花は、村の守り神として伝えられるようになりました。

 春になると、村には白い花が咲き乱れます。

 人々はそれを、こう呼びました。


 ──「封印の花」と。

……………………………………………………………


いいなと思ったら応援しよう!