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伝統と科学の融合。鹿児島・阿久根発クラフトラム『HAL Distillery』誕生の軌跡

鹿児島県北西部の豊穣な海に面した阿久根市。120年以上の歴史を刻む大石酒造が、新たに「クラフトラム」を発売する。その名は『HAL Distillery』。「なぜ今、ラム酒なのか」。そこには、環境資産を活かし、世界基準の製品をつくりたいという熱意があった。ディスティラーを務める6代目当主・大石恭介氏に製品開発の背景をインタビュー。


「環境資産」を再定義して誕生した『HAL distillery』

大石酒造は明治期に創業した、阿久根市の会社を構える伝統ある酒造メーカーだ。全国にファンを持つ芋焼酎『鶴見』をはじめ、リキュールなども展開する。 この老舗の6代目として2025年(令和7年)に就任したのが大石恭介氏。現在はディスティラー(蒸留家)として酒造りに従事しているが、博士号を持つ元研究者というキャリアを持つ。
そんな大石氏の視点は「伝統の継承」にとどまらず、「環境資産を最大化する商品開発」に向けられていた。

大石 恭介(おおいし きょうすけ) 大石酒造株式会社 代表取締役社長/ディスティラー

「きっかけは、阿久根の風土と、私たちの会社が持つ『資産』の再定義でした。ここには酒造りに適した軟水が豊富にあり、糖度の高い高品質なサトウキビが育ちます。さらに、酵母の発酵に適した澄んだ空気と海風が薫る自然と多様な蒸留設備がある。これらはすべて、かけがえのない資産です。恵まれたテロワール(自然環境)と自社酒造設備を掛け合わせれば、世界に通用する酒がつくれると確信し、新たな製品の検討を始めました」
導き出した答えが、会社が居を構える鹿児島県・阿久根の環境と素材を活かしたジャパニーズ・クラフトラム『HAL distillery』(ハル・ディスティラリー)開発プロジェクトだ。ブランド名の「HAL(ハル)」という名称は、大石酒造が会社を構える阿久根市の地名「波留」に由来しており、地域の特性を最大限に活かすという意思が込められている。


阿久根の自然環境がおいしい酒を育む。

ラム酒でも希少な「アグリコール製法」への挑戦

大石氏が注目したのは、世界のラム酒生産量の1割未満といわれる希少な「アグリコール製法※」によるラム酒だ。
「一人のラム酒ファンとして目指したのは、フランスの海外県・レユニオン島でつくられるような、芳醇でフルーティーな香りとシャープな印象を併せ持つアグリコールラムでした。この製法は保存がきく糖蜜ではなく、新鮮なサトウキビの搾り汁をそのまま発酵させるため、サトウキビの産地でしか製造できない希少なものです。収穫するサトウキビ鮮度が求められるので収穫期にしか製造できないデメリットはありますが、阿久根のテロワールと、私たちが持つ技術を最大限に活かすには、この選択が必然でした」

鹿児島県・阿久根市にある「松木製糖工場」のさとうきび畑

そこで阿久根の老舗製糖工場であり、サトウキビ栽培から圧搾までを担う「松木製糖工場」の川上代表に構想段階から相談を持ちかけた。 「サトウキビ活用の可能性を追求し、地域を活性化したい」。その想いは川上代表と大石氏、両者に共通していた。 こうして始まったラム酒製造。80年の歴史を持つ精糖工場から供給される新鮮なサトウキビジュースが、『HAL Distillery』の品質を支えている。

※【解説:ラム酒の主な製法】

アグリコール製法
サトウキビの搾り汁をそのまま発酵させる希少なラム酒製法でサトウキビ本来の香りが強く出る。新鮮なサトウキビの搾り汁でしか作れないため、サトウキビ生産地が近くにあり、また製造も収穫時期に限定される。

トラディショナル製法
砂糖精製時に出る「糖蜜(モラセス)」を使用する世界の8割以上を占めている一般的なラム酒製法。糖蜜は保存が可能なため場所や季節を問わず製造可能。

ハイテストモラセス製法
サトウキビジュースを加熱・濃縮したシロップから製造されるラム酒。糖蜜同様にシロップは保存が可能なため、場所や季節を問わず製造可能。

サイエンスの視点と伝統技術の融合

『HAL Distillery』の製造において大石氏がこだわったのは、伝統技術をベースに「ロジックでつくるおいしさと再現性」という科学的視点だ。経験や勘に頼ることが多い酒造りの世界で、元研究者らしく理路整然とした思考法でアプローチしている。

数々の文献を参考に理想とするラム酒製造のロジックを構築。

「『おいしいラムとは何か』を科学的に分解し、理想の味とエステル(香り成分)をつくるための酵母選定やプロセス構築に3年を費やしました。蒸留温度、採用する酵母、発酵・蒸留方法など、さまざまな変数を一つずつ検証し、データを積み上げて開発を進めました」
偶然に頼るのではなく、ロジックを積み重ねて必然的に「おいしさ」を手繰り寄せる。さらに試行錯誤の過程で、大石氏は運命的な酵母と巡り合う。

「実際に製造を始めたものの、当初は目指す芳醇な香りや味わいにはなかなか到達できませんでした。そんなとき出席した研究会で、隣県の熊本大学・谷時雄教授が研究開発されている分裂酵母『ジャポニカス(japonicus)』に出会ったのです。谷教授の協力を得てこの酵母を使用した結果、私が目指す味わいと香りを満たすラム酒に近づきました」

谷時雄教授と熊本大学の研究室で酵母に関してディスカッション。今回実現した産学連携から『HAL Distillery』の売上げの一部は熊本大学基金に寄付されることに。


『HAL Distillery』の完成度を高めるために不可欠だった酵母。それは、大石氏の研究者としてのキャリアがたぐりよせた縁にほかならない。

[ ▶︎ 関連記事:「おいしさ」の核心に迫る。大石氏×谷教授 対談インタビュー ]

120年の伝統技術と幻の機器「兜釜」

科学的なアプローチに加え、発酵から蒸留、熟成、品質管理に至るまで、大石酒造が120年間培ってきた伝統技術や哲学が各工程で発揮されている。製造現場では「本物の味と最高の品質を届ける」をモットーに、職人が熟練の技術で細やかな作業に注意を払い、製品のディテールにこだわる。プロフェッショナルとして、ものづくりの原理原則を徹底し続けている。
「精糖工場が近所にある利点を活かして、サトウキビは搾汁してから新鮮なまま速やかに酵母を添加・発酵してます。そこから約2〜3週間をかけてゆっくりと発酵を促しています。加温による温度管理のもと、発酵の進行を見極めながらきめ細かくコントロールして。蒸留回数は原料の個性を最大限に生かすため2回にしました」
通常より長い発酵時間をとることで酵母にストレスを与えず、複雑な香気成分を生成させることに成功。また検証重ねた結果、導き出された蒸留回数もの酒質にふくよかなボディを与えている。

(左上)『HAL Distillery』開発プロジェクトメンバー。大石酒造の「本物の味と最高の品質を届ける」というクラフトマンシップを体現する。

そして、大石酒造のこだわりの象徴とも言える存在が、蒸留器の「兜釜(かぶとがま)」。これは江戸時代の蒸留酒製造で主流だった蒸留器で、先代である5代目・大石啓元氏が文献を頼りに復元させた幻の機器だ。現在は芋焼酎の製造に使用され高い評価を受けているが、今回のプロジェクトにも応用された。

5代目・大石啓元氏が文献を頼りに復元させた幻の蒸留器「兜釜(かぶとがま)」。

「兜釜蒸留器をラム造りに応用した背景には、米国の著名バーテンダー、Don Lee氏の助言がありました。通常使用しているステンレス製蒸留器と比較すると、兜釜は木製の樽を使った原始的な蒸留器であり、気密性が低く生産効率は非常に悪いものです。しかし、エンジニアのキャリアを持ち、さまざまな機器類の知識に精通した先代が情熱を注いでよみがえらせたこの釜には、効率を度外視してでも守るべき『味』があります。これをラム酒造りに活かすことで、他にはない唯一無二の香りや味わいといった個性が生まれました」
蒸溜酒の現在マーケットを俯瞰して眺め、これまでの培った知見をもとに精査して識者の意見を適切に取り入れる。それができるのが大石酒造『HAL Distillery』強みだ。

「JAPONICUS」と「KABUTO」の2つのボトルをラインナップ


左からHAL Distillery KABUTO(ハル・ディスティラリー カブト)/HAL Distillery JAPONICUS(ハル・ディスティラリー ジャポニカス)


大石氏が『HAL Distillery』開発でベンチマークしたのはフランスの海外県・レユニオン島でつくられるようなアグリコールラム。その系譜ならではのフルーティな味わいと芳醇で力強いエステル香と大石酒造ならではの伝統技術、阿久根のテロワールが融合したオリジナリティのある品が完成した。

ファーストリリースは製造方法の異なる2つの製品がラインナップする。ステンレス製の単式蒸留器を使用し酵母のポテンシャルを最大限に引き出した「JAPONICUS(ジャポニカス)」と、前述した世界的にも稀有な木製の兜釜蒸留器を使用した「KABUTO(カブト)」。いずれも大石氏こだわりの逸品だ。
「クリアでフルーティーな『JAPONICUS』と、歴史と木のぬくもりを感じる『KABUTO』。異なる2つの個性を飲み比べていただきたいですね。個人的には、香りとうまみが感じられるストレートで飲んでいただくのが特にオススメです。あとはロックやラム酒ならではの嗜み方としてソーダやコーラなどで合わせてもおいしい。カクテルの割り材としてもこのお酒のフルーティな香りが引き立ちます。シーンや好みに合わせて楽しんでほしいですね」

HAL Distillery JAPONICUS(ハル・ディスティラリー ジャポニカス) Alc.52% 700ml

ステンレス製単式蒸留器を使用。発酵段階で生成された香気成分をクリアかつダイレクトに抽出し、独自酵母のポテンシャルを最大限に引き出した一本。

HAL Distillery JAPONICUS Alc.52% 700ml¥5,720(税込)/初回リリース500本

香り(Aroma)
トップノートには、独自酵母「分裂酵母ジャポニカス」由来の強いエステル香が立ち上がる。ラムネのような爽快さと、熟したパイナップルなどのトロピカルフルーツの香り。

味わい(Taste)
アルコール度数は50度あるが、アタック(刺激)は少なく、酒質のバランスを保ちながらも驚くほど滑らか。アグリコール製法ならではのフレッシュなサトウキビのピュアな甘みと熟成させたバルサミコのような深みのある酸味。さらにトニックウォーターのようなキレと爽快な苦味が共存する複雑な味わい。フィニッシュには力強いパインキャンディのような風味が続き、アップルミントのような爽やかな余韻を残す。


HAL Distillery KABUTO(ハル・ディスティラリー カブト)Alc.56% 700ml

木製の単式蒸留機器「兜釜」を使用して蒸留された、極めて希少な一本。「JAPONICUS」と比較して、木製蒸留器由来の多層的な香りと味わいが加わっている。

HAL distillery KABUTO Alc.56% 700ml¥8,800(税込)/初回リリース80本

香り(Aroma)
兜釜の素材である杉や木材由来の、穏やかでウッディな香りが漂う。「JAPONICUS」のトロピカルなエステル香に奥行きが加わり、森の中にいるような落ち着いたニュアンスが重なることで、桃のフルーツティーのような華やかさが多重に香り、より上品な印象に。

味わい(Taste)
「JAPONICUS」と比較しても高いアルコール度数だが、味わいには蒸気が木肌を通ることで、酸が抑えられて角が取れたシルキーでまろやかな洋梨のような甘さや柔らかさが加わり口内に広がる。木由来のほのかなタンニン(渋み)が甘みを引き締め、奥行きのある複雑なボディを形成。温かみのある味わいに仕上がっている。

テイスティング・コメント:日本ラム協会認定ラム・コンシェルジュ/6WORKS


ジャパニーズ・クラフトラム『HAL Distillery』の展望

構想から3年。ついに発売されたジャパニーズクラフトラム『HAL Distillery』。ボトルデザインに冠された「Rhum」の文字は、大石氏が目指すフランス海外県・レユニオン島のスタイルへの敬意を表している。

ラム酒のラベル表記はフランス系は「RHUM」イギリス系は「RUM」、スペイン系は「RON」と表記される。

「私が目指したのは、敬愛するフランス系ラム酒の持つ華やかさと、日本の阿久根という風土の融合です。何よりもオリジナリティを大切にし、阿久根でしか造れないラムを生み出すこと。そして、『とにかくおいしく楽しんでいただける。この二つを追求しました」
鹿児島県・阿久根の豊かな自然環境と、酒造メーカーとして継承されてきた技術と伝統。そして大石氏がディスティラーとして加える科学の視点。『HAL Distillery』は、それらが結晶化したこだわりのジャパニーズクラフトラムだ。
「今回リリースしたアグリコール製法だけではなく、ラム酒のスタンダードな製法である糖蜜を使用したトラディショナル製法の製品も取り組みたいですし、樽熟成させたラム酒づくりにも着手しています。引き続き、さまざまな方の協力を仰ぎながらラインナップを充実させていく予定です」
阿久根の環境や大石酒造の技術には、まだ多くのポテンシャルが眠っていると語る大石氏。鹿児島県・阿久根市から、ジャパニーズラムの新たな可能性への扉が開かれる。



profile(プロフィール)

大石酒造株式会社 代表取締役社長/ディスティラー
大石 恭介(おおいし きょうすけ)
1981年福岡県生まれ。茨城大学卒業後、京都大学大学院で博士号を取得。デンマーク・コペンハーゲン大学Dr.Groth研究室にてDNA修復やエピジェネティクスの研究に従事。2021年に妻であり、現在は取締役を務める大石晶子さんの実家である大石酒造の継承を機に大石酒造へ入社。その後2025年に代表取締役社長に就任。


HAL Distillery(ハル・ディスティラリー)
日本・鹿児島の大石酒造のスピリッツブランド。厳選したサトウキビから酵母、水に至るまで、すべてを日本の風土から育まれた素材で仕上げたジャパニーズ・クラフトラム。


執筆
6WORKS
クリエイティブディレクターとしてブランド、企業のクリエイティブコンサルタントを手がける。またエディター・ライターとしてもライフスタイル、グルメメディアなどでも執筆多数。日本ラム協会「ラム・コンシェルジュ」の資格を所持。





撮影/石田大慈 写真提供/小川紗良

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