「生い立ちのせい」をやめた日、私が手放したもの
こんにちは、あやです!
今日も読んでいただき、
ありがとうございます。
これまでの数日間、
夫婦のこと、正論のこと、
そして子どもへの影響について書いてきました。
今日は、その続きです。
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「育ってきた環境が違うから仕方ない」
「この人は、こういう家庭で育ったから」
私は長い間、
この言葉を使うことが
「理解している証」だと思っていました。
実際、
生い立ちや家庭環境が
考え方の土台になっているのは事実です。
無意識のうちに、
価値観や安心の基準を作っているんです。
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でも、ある時ふと思いました。
それを理由にし続ける限り、
今の関係性を
選び直すことはできないんじゃないか、と。
環境のせいにすることは、
相手を責めない代わりに、
自分の選択肢もすごく減らしてしまう。
それに気づいたとき、
私は少し怖くなりました。
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私が最初に手放したのは、
「分かってあげなきゃ」
という姿勢でした。
理解しようとすることと、
引き受け続けることは、同じじゃない。
相手の不安を知ることと、
その不安の処理役になることも、違う。
でも私は、
その線引きがずっと分からず、
とても曖昧でした。
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夫の不安も、
家庭の空気も、
子どもの気配も。
全部、
自分が何とかしなきゃいけない気がしていた。
それは、優しさというより、
いい妻、いい母になって
自分が安心したかっただけ
だったのかもしれません。
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そこで私は、
すぐに何かを変えようとするのをやめました。
・話し合いを完璧にしようとしない。
・理解ある妻を演じない。
・正解の親になろうとしない。
代わりに、
自己対話を心がけました。
「今、私は無理してる?」
自分に、それだけを問いかける。
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小さなことだけど、
その問いがあるだけで、
感情に飲み込まれにくくなっていったんです。
自分が気づいた時に、
自分は変えられても、
相手は変わらない。
だから、
うまく期待することをやめました。
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相手を変えようとしなくても、
自分の立ち位置が変わると、
少しずつ未来は変えられる。
そう思えるようになったのは、
私にとって大きな変化でした。
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ただ、
これで全部うまくいったわけではありません。
今も揺れるし、
間違えるし、
また引き受けすぎそうになる日もあります。
それでも以前より、
自己対話をしたり、
ノートに感情を言語化したりすることで、
私には
「戻ってこられる場所」
が
自分の中にできました。
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▶︎ 次回の記事では、
私が実際に使っている
・引き受けすぎないための考え方
・夫婦、親子の境界線の引き方
・うまくいかなかった例と、その修正
を、かなり具体的に書きます。
「分かっているのに、できない」
その苦しさの中にいる方に向けた内容です。
