50代だけど失敗を恐れない|前向きに前進する為のスモールステップ
こんにちは、はぎおです。
何かに挑戦しようとするとき、行動を開始するとき、まず頭によぎるのは、
「失敗したらどうしよう・・嫌だな」
ではないでしょうか?
僕もそういう気持ちが強く、50代での最後の転職活動にブレーキがかかっていました。
でも人生最後の転職活動と位置づけ、奮い立たせて挑戦したら何とか成功しました。
世間の常識や、しがらみや、50歳という年齢から、正直「怖かった」のはありますが、失敗を恐れず突き進んだからこそ得た成果だと、後付けながら確信しています。
この記事では「失敗を恐れず行動してみる」コツ的な事を書いてみます。
1. はじめに:やりたいことはある。でも、足が動かない
挑戦しようとすると蘇る、過去の「失敗たち」
「これからは自分らしく、新しい挑戦を始めよう」。そう決意してパソコンの前に座ったとき、指動きをピタリと止めるものがあります。
それは、ワクワクした期待感ではなく、どんよりと重い
「過去の記憶」=「失敗したらどうしよう」
です。
20代30代は理由をつけて転職するものの、人間関係でつまずいて失敗、事前にリサーチが不足して自分の肌に合わないから退職、とこれまた失敗。
まさに「ジョブホッパー」として、筋の通ったキャリア構築をしないまま40代に突入しました。
40代の頃は、自己啓発に感化されて「一発逆転」を狙い、色々な副業に手を出しては惨敗して失敗しました。
失った多額の投資、家族と過ごすべきだった膨大な時間、そして「自分は何をやっても中途半端だ」という自己嫌悪……。
新しいことに手を出そうとするたび、当時の苦い記憶が、まるで見えない鎖のように僕の足首に絡みついてくるのです。
「もう失敗できない年齢」という、自分へのブレーキ
さらに僕を苦しめるのは、「50代」という年齢の重圧です。
20代や30代のジョブホッパーだった頃なら、失敗しても「次がある」「またやり直せばいい」と笑い飛ばすことができました。
しかし、今は違います。定年というゴールが目の前に迫り、老後資金の不安や家族への責任が両肩にずっしりと乗っています。
50代になれば「この年齢で失敗したら、もう取り返しがつかないのではないか」という恐怖心です。
そんな思い込みが、挑戦や行動への一歩に強力なブレーキをかけます。
若くないからこそ、一歩の踏み出し方が慎重になりすぎる。リスクを避け、現状維持を選ぶことが正解だと思い込もうとする。
でも、その一方で、何もしないまま時間だけが過ぎていくことへの恐怖も、確かに存在しているのです。
この記事では、そんな「動けない自分」を抱えていた僕が、いかにしてそのブレーキを緩め、再び歩き出せたのかをお話ししたいと思います。
2. なぜ50代の僕たちは、これほどまでに失敗を恐れるのか?
「時間の猶予」という名の貯金が底をついている
20代や30代の頃の失敗は、今思えば「笑い話」で済みました。
たとえ転職に失敗しても、副業で損をしても、僕たちには「時間」という最強の資産が残っていたからです。
失敗を経験値に変え、数年かけて取り戻すチャンスがいくらでもありました。
しかし、55歳になった今、僕たちの前にあるのは、無限の荒野ではなく、はっきりと出口が見えている「定年」という名の終着点です。
今ここで大きな失敗をして資産を失ったり、キャリアを傷つけたりすれば、それを取り戻すための十分な時間はもう残されていません。
「一回のミスが命取りになるかもしれない」という、まるで断崖絶壁を歩いているような感覚。この「時間的リミット」へのあせりこそが、僕たちの足をすくませる最大の正体なのです。
「守るべきもの」の重さが、リスクを拒絶する
40代の頃の失敗を振り返ると、あの時も確かに辛かったですが、どこかにまだ「攻め」の姿勢がありましたし、体力もまだ残っていました。
しかし50代半ばの今は、自分一人の問題では済まない現実が双肩にのしかかっています。
大学生の子供の学費、少しずつ介護が必要になってきた親の生活、そして自分たち夫婦の老後の蓄え。
僕たちが背負っているのは「自分自身の夢」だけではなく、「家族の平穏」という、絶対に壊してはいけない宝物です。
もし挑戦に失敗して、今の本業の安定を損なったり、なけなしの貯金を減らしたりすれば、愛する家族を巻き込んでしまう――。
そんな責任感が強い人ほど、新しい一歩を踏み出すことを「無責任な暴走」のように感じてしまい、自らブレーキを強く踏み込んでしまうのです。
築き上げた「キャリア」と「プライド」が足かせになる
さらに、50代特有の「プライド」も無視できません。
僕は50代で転職し、年収を1.3倍に上げるという「逆転劇」を経験しました。
この成功体験は自信になりましたが、同時に「成功している自分」というイメージを守らなければならないという、新たな枷(かせ)にもなりました。
「この年齢で新しいことを始めて、無様な姿を見せたくない」「若い世代から『あのおじさん、何やってるんだ』と冷笑されたくない」。
そんなちっぽけな、けれど強固な自尊心が、僕たちを「安全な場所」に繋ぎ止めようとします。
ジョブホッパーとして何度もリセットを繰り返してきた僕でさえ、この年齢になると「何者かでありたい」というプライドが、新たな挑戦の邪魔をするのです。
恐怖を感じるのは、「誠実」だからだと思う
なぜこれほどまでに失敗が怖いのか?と考えてみました。
それは、僕たちが人生の後半戦において、自分の人生と周囲の責任に対して、かつてないほど「誠実」に向き合おうとしているからです。
恐怖である概念は、僕たちがこれまで必死に積み上げてきたものを大切に思っている証拠でもあります。
しかし、この恐怖をそのまま放置しておけば、僕たちは「変化」を拒み、衰退していくのを待つだけの存在になってしまいます。
大切なのは、恐怖を消し去ることではなく、その正体を正しく理解した上で、いかにして「コントロールできるサイズ」まで小さくしていくかなのです。
3. 失敗は「損失」ではなく、ただの「データ」であると再定義してみる
なぜ「失敗=損失」と決めつけてしまうのか
僕たちはいつの間にか、挑戦してうまくいかなかった結果を、一方的に「損失(マイナス)」と呼ぶ癖がついています。
失ったお金、無駄にした時間、傷ついた自尊心……。それらを合計して「損をした」と結論づけ、その痛みを恐れて次の一歩を封印してしまいます。
しかし、ここで一度立ち止まって考えてみたのですが、本当に恐れているのは、その「結果」そのものなのでしょうか?
それとも、結果に対して自分が下している「私はダメだ」という烙印なのでなないでしょうか?
50代の生存戦略において、邪魔になってくるのは、「私はダメだ」と自分を裁く感情だと感じるのです。
断罪してしまうのではなく、「失敗=損失」ではなく、
「失敗=前進するための貴重なデータ」
と再定義する事だと思うのです。
40代の挫折は、最高の「サンプルデータ」だった
かつて僕が40代で経験した副業の失敗、YouTubeのアカウントが停止され、高額な教材費だけが残ったとき、僕はそれを「人生の汚点」だと思っていました。
でも、今の視点で振り返れば、あれは貴重極まりない「データ」の宝庫でした。
「自分は一発逆転を狙うと冷静な判断を失う」
「流行に乗るだけのビジネスは自分には向いていない」
「本業の強みを活かさない戦場では消耗するだけだ」
これらは、実際に挑戦して、痛い目を見なければ決して得られなかった「僕だけの真実」です。
本に書いてある一般論ではなく、僕という人間がどう動くと失敗するのかという、唯一無二のデータ。
このデータがあったからこそ、僕は50代での転職で「自分の強みに集中する」という正しい選択ができました。
もし40代での失敗がなければ、僕は今でも「魔法の杖」を探して、フラフラして、もっと大きな致命傷を負っていたかもしれません。
そう考えると、あの挫折は「損失」ではなく、今の僕を守るための「必要なコスト」であり、貴重なデータだったのです。
成功とは、失敗というデータを積み上げた先にある「解」
科学の世界では、実験が予想と外れたとき、科学者は「失敗した!」と絶望して研究をやめたりはしません。
「なるほど、この条件では反応しないというデータが取れた」と喜び、次の条件を試します。
成功とは、膨大な「うまくいかない方法」というデータを収集し尽くした先に、消去法で浮かび上がってくる「正解」のことなのです。
エジソンの逸話が良い事例です。
50代の僕たちの挑戦も、これと同じだと考えています。
noteを書いて反応がなければ、「このテーマは読者に刺さらない」というデータ。 新しいスキルを学んで挫折したら、「この学習法は自分の脳に合っていない」というデータ。
それらはすべて、次に打つべき手の「解像度」を上げてくれる貴重な材料です。
データが集まれば集まるほど、僕たちは確実に成功(=自分に合った生存戦略)へと近づいていきます。
感情を切り離し、分析を楽しむ
失敗を「データ」だと再定義すると、驚くほど心が軽くなります。
「失敗した自分は無能だ」と自分を責める必要がなくなるからです。
必要なのは反省ではなく、「分析」です。
「なぜこのデータが出たのか?」「次はどの変数を変えてみようか?」と、パズルを解くように次のアクションを考える。
この「実験者」の視点を持つことができれば、挑戦に伴う恐怖は、少しずつ「知的好奇心」へと姿を変えていきます。
僕たちはもう、自分を裁くために挑戦するのではありません。
自分だけの「幸せな老後」というゴールにたどり着くための、パズルのピースを集めるために動くのです。
4. 失敗の恐怖を「知的好奇心」に変える!ブレーキを外す7つの思考法
「またあの時のように失敗したらどうしよう」という不安は、自分自身の人生を真剣に考えている証拠だと思うのです。
でも、そのブレーキが「今この瞬間」の挑戦まで止めてしまうのは、あまりにももったいない。
50代からの僕たちに必要なのは、根性論ではなく、失敗を恐れずに済む「失敗は前向きの為のデータ」です。
明日から意識を変えられる、7つの思考を簡単にまとめてみます。
① 「失敗」という言葉を「データ収集」に再定義する
② 「何もしないこと」を最大の失敗と定義する
③ 過去の失敗を「高い授業料を払ったワクチン」と再定義する
④ 「プライド」に賞味期限があることを知る
⑤ 「自分でコントロールできること」にのみ集中する
⑥ 「かすり傷」と「致命傷」を明確に分ける
⑦ 80歳の自分から「今の自分」を眺めてみる
① 「失敗」という言葉を「データ収集」に再定義する
「失敗した」と思うと心は折れますが、「この方法は自分には合わないというデータが取れた」と考えれば、それは前進です。
エジソンの名言と同じで、55歳からの挑戦はすべて「自分に合う生き方を探すための実験」だと定義し直しましょう。
データが集まるほど、あなたは確実に「正解」へと近づいています。
② 「何もしないこと」を最大の失敗と定義する
50代後半において、一番のリスクは転ぶことではなく「現状維持」のまま年齢を重ねることです。
時間は残酷に過ぎ、数年後にはさらに体力が落ち、挑戦のハードルは上がります。
「動いて転ぶリスク」よりも「動かずに後悔するリスク」の方が圧倒的に大きい、という事実に目を向けましょう。
「今日が人生で一番若い日」です。
③ 過去の失敗を「高い授業料を払ったワクチン」と再定義する
40代での挫折は、今の自分を守るための「ワクチン」です。
あの時の痛みを知っているからこそ、危険察知機能が働き、無茶な投資や甘い言葉にはもう騙されません。
過去の失敗は、今のあなたが「致命傷を負わないための知恵」として、すでに強力な武器になっています。
④ 「プライド」に賞味期限があることを知る
「今さら恥をかきたくない」というプライドがブレーキになっているなら、それを思い切って捨ててしまいましょう。
50代の挑戦に、完璧さは不要だと考えます。
「60点の準備でスタート」で全然大丈夫だと思います。
むしろ、等身大で足掻き、新しいことを学ぼうとする姿こそが、同世代の共感を呼び、新しい人間関係やチャンスを引き寄せます。
⑤ 「自分でコントロールできること」にのみ集中する
「稼げるか」「評価されるか」は、自分ではコントロールできない他人の領域です。
そこに期待するから失敗が怖くなります。
やるべきは「今日1ページ書く」「新しいツールを触る」といった自分の行動だけです。
それさえできれば、結果に関わらずその日は「成功」なのです。
⑥ 「かすり傷」と「致命傷」を明確に分ける
すべての失敗が怖いのは、それらを混同しているからです。
全財産を失うのは致命傷ですが、記事が読まれない、副業がうまくいかないのは「かすり傷」に過ぎません。
50代の生存戦略は、「かすり傷を恐れず、致命傷だけを避ける」というゲームだと割り切りましょう。
⑦ 80歳の自分から「今の自分」を眺めてみる
想像してみてください。80歳になったあなたが、今の55歳の自分を振り返ったとき、何と言うでしょうか?
「あの時、失敗を怖がって何もしなかったのが心残りだ」と言うのか、「あの時、恥をかきながらも挑戦してくれてありがとう」と言うのか。
未来の自分を笑顔にできるのは、今の自分の小さな一歩・行動・挑戦だと思うのです。
5. 失敗を許容できる人が、最後に「生存」する理由
変化の激しい時代、最大の失敗は「現状維持」である
僕たちは今、かつてないほど変化の激しい時代を生きています。
昨日までの常識が今日には通用しなくなり、一つの会社、一つのスキルに依存し続けることが、かつてないほど大きなリスクになっています。
そんな時代において、最後に生き残る(=生存する)のは、決して「一度も転ばなかった人」ではありません。
むしろ、何度も転んで「自分なりの起き上がり方」を知っている人だと考えます。
失敗を許容できる人は、試行錯誤の数が多い分、変化に対する「適応力」という名の筋肉が鍛えられています。
僕が20代、30代で繰り返したジョブホッパーとしての経験も、40代での手痛い副業の失敗も、すべては僕に「不測の事態への耐性」を授けてくれました。
一見、スマートなエリートコースではないけれど、泥臭く転び続けてきたからこそ、55歳の今、再び「よし、やってみるか」と思える図太さが身についたのです。
「レジリエンス(回復力)」こそが、50代の生存戦略
「生存戦略」とは、敵を倒すことではなく、最後までフィールドに立ち続けることです。
そのために必要なのは、鋼のような硬さではなく、変化に柔軟に対応できる柳のような「しなやかさ」です。
失敗をデータとして受け入れ、すぐに修正して次へ向かう。
この「レジリエンス(回復力)」さえ持っていれば、どんなに市場が変わっても、どんなに健康や家族の状況が変わっても、その時々のベストな選択肢を選び取ることができます。
失敗を恐れて動かない人は、一見、今の安定を守っているように見えます。
しかし、周囲が変化していく中でその場に留まり続けることは、相対的に「後退」しているのと同じです。
失敗を重ね「前向きなデータ」を収集し、変化の波に乗り続ける人こそが、本当の意味で老後の安心を手に入れることができるのだと僕は確信しています。
6. まとめ|完璧な準備なんて、一生やってこない
僕たちはよく
「もう少し準備ができてから」
「もう少しお金が貯まってから」
「もう少し余裕ができたら」
と、挑戦を先延ばしにする理由を探してしまいます。
でも、55年間生きてきて、僕が痛感したのは「完璧な準備が整う日なんて、一生やってこない」ということです。
むしろ、動きながら考え、転びながら修正していく過程でしか、準備は整っていきません。
50代の人生の第4クォーターが始まるこの時期は、残り時間を数えて嘆くための時間ではありません。
これまでに蓄積した「失敗のデータ」を総動員して、自分だけの新しい生き方をデザインしていく、最高にエキサイティングなステージです。
明日から、一歩だけ。その一歩が、数年後のあなたに「あの時、勇気を出してよかった」と言わせる、唯一の道なのです。
このnoteでは、55歳の僕がもがき、学び、挑戦し続けるリアルな姿を発信していきます。僕たちの挑戦は、ここからが本番です。
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