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『実在しない”対象”、変化という鏡の幻想世界』
「男も女も。動植物も。海も山も空も。あなたにも。せかいのどこにも枠や境界はない。あなたとはすべて。無の空。さて。まだ思考という分離世界を生きるあなたは、二元性という変化には気づいた。それも幻想世界があってこそだね。で?」
『思考さんという変化と、ほんとうのじぶんという完全との距離をあけました。私の内側で分離したのです』
「すばらしい。あなたはいま。なんでもないもの、だね」
『・・ええ』
「さらにカラダの中心を下っていきなさい」
『さらに?』
「へそ奥に観照体。そのさらに下に仙骨がある。思考と一体の心でなく、いまここの聖心に入るか、それとも思考から出ただけのなんでもないものに留まるか。あなたがあなたに戻るなら。まんなかを信頼してその無条件のあいだけを観るといい」
『なるほど。それこそが自我という幻想でなく、真我を生きることになる』
「ことわりを解いたね。そう在りつづけることで観念が消えていく。するとあなたに起こるハズだった学びは起きなくなり、その人生はとても甘いものとなる。在るによって。あいだけを観つづけることによって」
『ハ!あのパワハラ女優も、個室で自我を強めすぎた中今さんも!?』
「だれかのため演じてくれている。かれかのじょらもまた。実際には聖心に在る。ところが変化の鏡世という現世。あなたが映し出している。そこでは自身の掴んでいる観念を現象に観る世界。見せられる世界。現れが異なるためとてもわかりにくいが、現象とはそのすべてがあなたを解放するため起きている」
『・・思い当たります。たしかに以前は私の掴んでいる観念通り経験しておりました💦敵とみなした人と揉め事が絶えなかったり、運転中いきなり後ろから追突されたことも』
「これは悪い、これは正しくないという善悪観念。対象があるという観念。分離しているという観念。あなたは個でなく、ひとつの絶対存在という在るなのに、なぜか自分でもある他者のせいにすれば自分だけは救われるというおかしな観念。常識など超越したところにおいてあいは自然におこる。まんなかにもどれば。あなたはせかいに自動で運ばれていることにも気づく」
『まんなかの至福・・実在』
「かれかのじょらだけでなく。思考や身体や観念というあなたの外側のせかいを観て、自身の掴んでいる観念に気づくことは重要だ。もっと重要なことは、そのようにして自分自身を解体していくことで、あなたの正体は至福そのもので在ると気づくことだね。気づきそのもののあなたが」
『ありがとうございます。求めずともいついつもある内の至福に気づかず、幻想のまま人生を終えるところでした』
「幻想のままでもいいのだよ。たとえ全体になく。自分だけにエネルギーを注ぎ、個人的欲求を強くもちつづけてもいい。そうすることで幻想せかいを楽しめており、その在り方で息苦しくないならば」
『そんな💦』
「なぜなら。唯一の真理においてあなたはいつも微笑んでいるのだから✨」
『・・それでもせかいに。いえ。この生命空間でもあるここに歪があるのではありませんか。現世において苦悩している霊止がたしかに存在しているように私にはみえます』
「そうだね。そのようにみえるなら。あなたの聖心(・)つまりは空( )にあるその全なるあいをみつづけるといい。在ることで。根源ですでにつながっている我々の現象にあるように映る歪も消えるのだから」
『なるほど。霊的なもの。つまり陽のぬくもり。本来の空間に作用している懐かしくもあり、あたたかな全包容のあい』
「自我を生きてきたあなたにもそのMAは眠る。言葉うまれるそれ以前からあるもの。おもいだす。見違えるほど、あなたという花は開花するだろう」
『!人はいきつくところまでいき、また源にもどる!?』
「自我はいくところまで行き詰まった。さて。ほんとうのじぶんをおもいだすか。それともまだ自我を強め、おわりなき夢を生きるか」
『観念の犠牲者となり、大切なことを演じる役割をありがとう、中今さん』
「あなたの掴んでいる観念に気づかねば、かれの演技も無駄になる。現のMAにあるすべてはあなただからね♡」
『現象せかいのすべてに慈悲を』
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