宇多田ヒカル『Mine or Yours』 - ずっと考えていることを描くと、そこには日常が立ち現れる
宇多田ヒカル『Mine or Yours』の歌詞の話をします。
わたし最近かなり歌詞における「日常」について考えています。
きょうもその一環。これも「日常」を描いた曲だと思うから、それがどうやって描かれているのかを考えていました。
日常を描く難しさ
歌詞ってなにか特定の強い気持ちやわかりやすいドラマがあるシーンを描くことが多くて、書く側もそのほうが書きやすいんじゃないかとわたしは思います。
その逆の、日常に潜むささやかな感情はなかなか言葉にならず、そういうものは歌詞にもなかなかなりません。
といっても、ぜんぜんないわけではありません。むしろ探せばちゃんとあります。
これまで最近はそういう歌詞を見つめてきました。
今回もそういう文脈で「日常」の歌詞について考えてみたくてこの曲を取り上げました。
Aメロから引用します。
昨日の僕は
僕が思う僕とはかけ離れていた
素直になれず君を泣かせるやつには
失望している
「僕」と「君」との間の昨夜の諍いのシーンから歌詞は始まります。
これが二人の関係の中のイレギュラーであれば、この歌詞はイレギュラーを描いたものとして成立します。
だけど二人にとっては昨日の諍いはそれほどイレギュラーではありません。
だから、続くBメロはこうなります。
自分を大事にできるようになるまで
なんにも守れない
描写は昨日の話からは離れて一般化された二人の関係の話に移行します。
僕っていつもこうだ、が、この歌詞で描かれていることです。
昨日の話はきっかけに過ぎず、歌詞の中心は「いつも」に移ります。
なにが食べたい? 店探すよ
元気出るまでダラダラしよう
なにか飲むかい? お湯沸かすよ
君はコーヒー 僕は緑茶、いつもの
二人の関係の修復には、なにか食べたりダラダラしたり、なにか温かいものを飲んだりするのが二人の「いつも」です。
この歌詞にはそれが描かれています。
こうして日常を丁寧に描写するということでも、「いつも」を描くことができるんだなあ、と感じます。
描き方のレイヤーも多様で、起伏があるのもすごく好き。
Aメロ:できごとの描写
Bメロ:内面の描写
サビ:会話の描写
という感じ。
宇多田ヒカルさんの歌詞は長年活動しているだけあってきちんとしているなぁと思います。
さて2番に入ると、別の角度の描写も参入します。
いつも考えていることの描写、です。
2番のAメロを引用します。
どの道を選ぼうと
選ばなかった道を失う寂しさとセット
前半は考えていることといってもかなり一般化された描写です。思想といってもいいような内容。
しかし後半は違います。
令和何年になったらこの国で
夫婦別姓OKされるんだろう
これは二人の関係の中を突き詰めるといつも首をもたげるくびき、だと思います。
こういう描写があることで、この曲が日常のことなのだと改めてはっきりする、という風に捉えました。
しかもこうした描写、内容に応じてどれぐらいの移動平均を取った日常を描きたいのかを制御できる、というメリットもあります。
たとえば洗濯機から洗濯物を取り出して干さなきゃ、だったら数十分から1時間ぐらいのスパン。
クリーニング屋の服を回収しなきゃ、だったら数日から数週間のスパン。
夏服を買わなきゃ、なら数週間から数ヶ月のスパン。です。
「令和何年になったらこの国で/夫婦別姓OKされるんだろう」は、歌詞の中でもはっきり描写されている通り、年単位のスパンです。
さらに、いつも考えていることを描くなら登場人物の人となりを描くことにもなるんですよね。
この歌詞ではその内容が夫婦別姓な訳で、そうだとすると主人公側の人となりだけではなく二人の長期スパンでの関係も描くことになります。
この曲の歌詞は最近のJ-POPとしては短い方だと思うし、特別な事件は起こらないタイプの歌詞に見えるけれど、その裏にある厚みをがっつり描いていて、日常の強さを感じる歌詞だなって思いました!
宇多田ヒカル『Mine or Yours』でした。
ところでこの歌詞が日常の歌詞なのだとすると、タイトルの『Mine or Yours』も日常的な二項対立、ということになります。
よく見ると歌詞の中ではコーヒーと緑茶の対があり、ボタン(とボタンホール)という対をひとつずつ確かめる確かめる描写もあり、『Mine or Yours』の対立が歌詞の中にも組み込まれているらしいことがわかります。
つくづく多面的な歌詞だよね〜〜。
あとわたしはこの歌詞を見て、これコーヒーか緑茶のタイアップだな?と察しがつきました。
調べてみたら実際にはこの曲は綾鷹のタイアップがついていました!
わたしの慧眼を讃えてくださって結構です〜よろしくお願いします🥳
しかも!
宇多田さんの新曲「Mine or Yours」は軽やかなテンポとメロウな曲調で、日常のさまざまなシーンにぴったりの楽曲となっています。
「日常」ってことばが使われてる、ハコサトえらすぎ。
