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新宿梁山泊第79回公演 <唐十郎初期作品連続上演> 『愛の乞食』『アリババ』新宿 花園神社/紫テントに立つ、拐かす担い手・安田章大と役者たち②『愛の乞食』

※本記事は、テント版の『愛の乞食』『アリババ』の記事であり、Bunkamura Production 2025『アリババ』『愛の乞食』(全編関西弁)公演の芝居や演出等への所感とは異なります。
※本記事では②として『愛の乞食』について記しています。①では『アリババ』について記しています。

①はこちら
新宿梁山泊第79回公演<唐十郎初期作品連続上演>『愛の乞食』『アリババ』新宿花園神社/紫テントに立つ、拐かす担い手・安田章大と役者たち①『アリババ』


『アリババ』が終演。15分間の幕間に入る。
ふっと意識が戻るような、逆に昏睡してしまったような感覚。
舞台と客席、テントの中と外、虚像と実像、演劇と日常、どちらが、なにが、夢と現実であったのか。

とはいえ、腰の鈍い痛みや、脚の疲労感はリアルであった。客たちは花園神社境内の公衆トイレに行ったり、その場に立ち上がって伸びをしたりと身体を動かす。
桟敷席は観客同士がぎゅっとすし詰めに近い形で座っている。ステージとの距離もほとんどない。特に最前列の中央付近や花道横前方では、もはや自分がステージにおり照明が当てられている感覚になる。世界に向けて自分が晒されているような気にすらなる。でも、それはある意味で勘違いではないようにも思う。安田章大は、この世を拐わかす役者だ。そして、観客さえもこの世から拐かされてしまった主人公にする役者なのだ。


15分の休憩が終わり、照明が暗くなる。また観客たちは固まった姿勢で息をのむ。聴こえてくる歌声。波の音。

七十五人で船出をしたが 帰ってきたのは ただ一人
よいこらさあ よいこらさあ

水の流れる音。心拍数が上がる中、パッと明るくなるステージ。
図ったように、外から救急車のサイレンの音が聴こえる。偶然なのだが、不思議なことにシーンに見合ったタイミングで新宿の街の音が効果音のように聴こえることが、公演期間中に何度もあった。

公衆トイレで嗚咽する緑色の上着に黄色い帽子を被り交通安全の旗を持つ変わった風貌の男と、その背中を摩り「大丈夫ですか」と心配する前髪を分けたスーツ姿の男。
金守珍演じるミドリのおばさんと、安田章大演じる朝日生命の田口である。
安田氏による田口は、『アリババ』の宿六とは別人である。作品も役も違うのだから当然といえばそうだが、醸す空気も瞳の印象も見ただけで感じさせる人生や時代の背景も全く違う。すこし気弱そうな、それでいて引っ込み思案というわけでもなさそうな、人当たりのよいやわからい口調。体の使い方も、軽やかでいて激しく猪突猛進な宿六とは異なり、一歩躊躇いがちだったり周りの様子を伺ったりする動きや、個性の強い登場人物たちに圧倒されつつ引きつつも絶妙に存在感が消えないリアクション。塩梅に過不足がない。

ミドリのおばさんと田口のやりとりは、観客の高揚や反応を引き込みながらコミカルに進む。

さらに、二條正士演じるザ・ガードマンが登場し、観客を巻き込んで笑いを起こす。妻も子供もいる男だが、動きや言葉に妖しげな“二丁目感”もある。
彼は安田氏のファン層には特に受けが良く、“憎めぬ愛されキャラ”として親しまれていたように思う。ただ、長身で手足が長くモデル体型で、スタイルがよいゆえに、動きに長い手足を持て余しているような印象を抱いた。指先つま先まで意識が通ると芝居がよりよくなるように感じた。

劇中には、木村拓哉主演のテレビ朝日系ドラマ『BG〜身辺警護人〜』(2018年1月~2020年7月放送)が登場した。
なお、唐氏の戯曲では、宇津井健主演のTBSドラマ『東京警備指令 ザ・ガードマン』(1965年4月~1971年12月放送)が使われている。
とても“ちょうどいい”ドラマがあり、2025年の上演に違和感なく脚色できたこともなかなかに運命的ではなかろうか。

万寿シャゲを演じるのは、水嶋カンナ。
25年前にも、新宿梁山泊若衆公演で万寿シャゲを演じたという。

イザリ男のチェ・チェ・チェ・オケラを演じるのは、宮澤寿。
宮澤氏の痩せ型で少し浅黒い肌が役に合っており、若干誇張した片言の喋りもキャラクターを確立させていてとてもよかった。

モーニング娘。の『LOVEマシーン』にのって歌い踊りながら登場する万寿シャゲ、サビで唐突にダンスに参加しスーパーアイドルの本領を発揮する田口…というよりも“安田章大”、某木村拓哉氏の顔パネルをつけて登場するチェ・チェ・チェ・オケラ。なんでもありの所謂アングラっぽさや小劇場感も、人によって抱く感覚は違うかもしれないが、そのまま楽しめばまた一興だろう。

余談だが、ザ・ガードマンが観客一人にインタビューするシーンがあったのだが、初日にあまり反応がなかったからか、二日目以降では歌の最中にこっそりと観客を選び、「お名前を教えてもらってもいいですか。この後協力をお願いします」と律儀に声をかけていた(全てではなく、事前の声掛けなく突然の公演もあった)。その時は素に戻る二條氏の腰の低さに人柄が出ていた。

ミドリのおばさんこと、元海賊の尼蔵の元子分が、藤田佳昭演じる馬田と、荒澤守演じる大谷。
荒澤氏演じる大谷の、警察官になったとはいえ、性根の下衆っぽさを感じさせる人を小馬鹿にした表情作りが巧かった。

そして、田口ともう一役、安田氏が演じる一本足の憲兵が一幕のラストに登場する。
凄まじい存在感。圧倒的な求心力。抗えない、と思うほど、どうしても惹かれるカリスマ性。それでいて実在や所在が不確かで、だからこそ追い求めたくなる。そんな“シルバー”が目前に現れる。
呼吸も忘れる。薄汚れた公衆便所が、大海原になる。その前触れを猛烈に感じさせた。


二幕。
時代の舞台は、尼蔵たちが海賊をしていた頃に遡る。

登場したのは、寄り添いあいながら必死に進む男女。
朝鮮人の女・リルと、満州遺留民の復員兵は、ダブルキャストであった。
6/14~6/16と6/26~6/30は、町本絵里・宮崎卓真、
6/19~6/23と7/3~7/6は、芳田遥・原佑宜が演じる。

町本氏と宮崎氏のペアがとてもよかった。両名とも芯や気高さもありつつ、薄幸で報われない空気感が滲んでおり、特に町本氏によるリルの麗しくも怨みが残る眼差しが凄まじかった。
リルを襲う荒澤氏の大谷も、倫理観や道徳心が欠如した人間の生ぬるい温度が出てより、やはりよい。


かつての豆満江でのシーン。
ホステスのパイレン役もダブルキャストで、
6/14~6/21と6/30~7/4は森岡朋奈、
6/22~6/29と7/5~7/6は諸治蘭が演じる。

他の女性キャストも台詞はないが酒場の女として登場するのだが、森岡氏の存在感が群を抜いて際立っていた。
こういった表現は語弊があるかもしれないが、とても女優らしいというべきか、骨格から華奢で華があり目を惹く愛らしいビジュアルが魅力的で、立ち居振る舞いも美しかった。それでいて役柄として一人店に残り働いているホステスらしく、商魂逞しく肝が座った女であることが表情によく出ており巧い。ふと意地の悪い顔をしたり、海賊である尼蔵たちにも強気に言い返す。声も通って聞き取りやすかった。
本公演の休演日に行われた若衆公演では森岡氏が万寿シャゲを演じたが、納得の采配である。


「内地に行けるかもね」「お妾さんになってもいいんだ」と夢を見る乙女の万寿シャゲ。店に一人になった際に、ある人物が来店する。
一本足の憲兵である。

初日。扉が開いて憲兵が姿を現した瞬間に、その眼を見ただけで、“あ、目が見えていない”と思った。
その後、「俺は目が見えないんだ。もう随分と前からバチが当たって、目が見えなくなっているんだ」という台詞があり、至極感嘆した。展開を知っていたわけではない。“そういう動きの芝居”がわかりやすくあって察したわけでもない。ただ眼を見た瞬間にわかった。わからせられたのだ。

万寿シャゲとお互いの命に触れ合うように歌う場面、向き合い歌いだした瞬間、憲兵の瞳から涙がつっと零れた。
計算したかのようなタイミングだったが、おそらくそれは図ったわけではないだろう。“そうなった”のだ。
すごいものを見た、と思った。これが生の舞台観劇の醍醐味だと。積み重ねられた稽古や気が遠くなるような準備を経て、役を自らに引き寄せた役者が己の身体を通して見せる芝居には、環境やタイミングをも寸分の狂いなく乗りこなし魅せる、ビッグウェーブのような瞬間がある。そんな極上の芝居の波を浴びた感覚であった。

万寿シャゲに囁く。どこか甘く口説き落とすようにも見えて、しかし彼は一気に首を絞める。自身の苛立ちや苦しみをガッとぶつけるかのように、その息の根を止めようと。
あらゆる感情を隠し周りも過去も見透かしたようでいて、すべて剝き出しでヒリヒリと痛々しく未来に絶望したような、憲兵の凍てつく冷たさと燃え滾る熱が、一気に放出される。

終盤の公衆便所でのシーン。
そこにいるのはもちろん田口だ。氷のような冷たさも沸騰した熱もなく、ひと肌のままの瞳で、目の前で起こる出来事に動揺している。
田口の瞳と、憲兵の眼が、あまりにも別人であった。
出てくる度の役ごとの変わり様に、「なぜこんなことができる?」とすら本気で思わされていた。


万寿シャゲが目を覚まし、「あなただったの、憲兵さんは。ねぇ、一本足の憲兵さん」と呼びかける。
ここからの安田氏の芝居が素晴らしかった。
「ここをどこだと思っているの、君」と、困惑しながら答える。
「ここは、豆満江でしょ」と言う万寿シャゲに、「ここは公衆便所だ!今人殺しが起きたばっかりの…」と諭すように言うが、どこか自身の言葉に微かな違和感を抱いているのが伝わる。
「豆満江では年中、人殺しが起きるのは当たり前。今は、満州事変なんですもの!」
叫ぶ万寿シャゲ。
紙吹雪が舞う。
「海賊にとって、日常とは何だったんだろう」と、疑問を口にする田口。その感情はもう読めない。
「あんた、港のボーイさん?それともマンジュ売り?」という万寿シャゲの問いかけ。
「僕はサラリーマンですよ、朝日生命の」と言いながら、ネクタイを締め直すようにぎゅっと掴む。その眼差しはまっすぐ万寿シャゲを捉えている。
「それ、ずいぶん昔の話でしょ。あたし、あの人と船に乗らなくっちゃ」
この、“ずいぶん昔の話”というフレーズに、時間や時代の交錯が象徴的に表れていた。
「あんたの首を絞めた男とかい」と低く吐く田口。それまで見てきた彼らしからぬ口調であった。
田口にあるはずがないその記憶は、いつの誰のなんのものなのか。しかし本人の顔にはもう疑問の色はない。


ラスト。警察官たちが駆け付け、連行されそうになる豆満江にいた人物たち。
田口が倒れこんだ先、目の前のナイフ。瞳が揺れる。
警官をドッと刺し、ぐるりと向き直る。テント中に漂う空気に、緊張が走っていた。
目の色が変わった。慣用句として使っているのではない。本当に彼の瞳孔の色が変わったように見えた。そう見えるほどの芝居であったのだ。
「俺は、海賊。貴様たちを皆殺しにやってきた、朝日生命の海賊だ」そう叫ぶ田口。憲兵が乗り移っただとか目覚めただとかいうよりは、この時点ではまだ田口でありながらも、海賊としての血が疼き沸き立って前面にぐわぁっと闘争本能が溢れ出ているようだった。

無駄なく俊敏に動き、賊、いやヒーローさながらに警官たちを倒していく。安田氏の身体能力の高さが発揮され、かなりのスピード感と迫力があった。この時の田口には容赦も迷いもない。

役として、人を刺したり斬ったり、刺されたり斬られたりする安田章大は、どうしようもなくグッとくると常々思っている。
鋭利な刃物以上に、彼自身が役柄として鋭く尖ってギンと昂り猛り、これ以上なく剥き出しだからだろうか。こんなにも、ヒリヒリと負の熱のエナジーを放出できる役者が他にいるだろうか。


そんな田口の姿を見る万寿シャゲは、何かを確信したように瞳を輝かせ笑みを溢していた。

便器を打ち付け、水を噴出させる。
ずぶ濡れになる田口。ネクタイを解き、雄叫びを上げる。
そんな彼の右脚をナイフで突き刺す万寿シャゲ。
濡れ、片足になった田口は、言葉はなくとも脳内が混乱と錯綜していることがわかる。

紅日毬子演じるオウムのフリントが傍らに飛んできて、松葉杖を持たせる。

コートを着せる万寿シャゲ。

このシーンの安田氏の芝居が、全編を通して最も強烈に残っている。
熱に浮かされ朦朧としたような瞳で憲兵帽を手に取り、俯くように被る。観客から被った瞬間の目の表情は見えないが、最前列の花道真横の位置にて観劇した際、瞳が揺れて色が変わり、表情の筋肉の動きが一気に変わり、醸し出す空気までもが変わる瞬間があり、顔を上げた時にはもう別人の顔になっていた。
その一瞬が、忘れられない。
ボクサーにでも頬を殴られたかのような、スピードを上げた車に突っ込まれたかのような、頭の上に鉄筋が落ちてきたかのような衝撃だった。

ぐるぐると眼球が揺れ動き、フッと目の色が消える。
「見えなくなった」とわかった。

全身濡れることで海の中に身を置き、片足を刺されることで一本足になり、松葉杖を突き、コートを纏い、憲兵帽を被り、目が見えなくなり、ついに完全に、田口から憲兵になったのだ。
万寿シャゲが、愛する憲兵を完成させたのだ。

この、田口から憲兵へと完成させられるまでの安田章大の瞳の芝居と、それを目の当たりにして受けた打撃の感覚が、今も脳裏と心身に鎮座している。
思い起こすたびに胸が震える。こういう観劇体験は、生きていてそうそうできるものではない。

満足気な万寿シャゲと共に、出航する船に乗り込む田口、いや、一本足の憲兵・シルバー。そこには田口の面影はもうない。
終盤の流れは、観客として“そう解釈した”のではない、“そうである”と芝居でわからせられたのだ。



安田章大は、我々観客をこの世から連れ去る、もしくは、この世ごと拐かすような役者であると述べたが、それは芝居の最中だけではない。
筆者の魂は、いまはもう跡形もない花園神社に、この令和7年の夏に確かに建っていた紫テントの中に、いまだ在る。
そしてそれはさらに言うならば、“テント”に在るのではない。航海に出た大海原の中にあるのだ。そこまで壮大にこの魂を拐かしたのは、紛れもなく、安田章大をはじめとする役者たちである。

■Information / archive

新宿梁山泊 第79回公演【唐十郎初期作品連続上演】
『愛の乞食』『アリババ』

【会場】
花園神社境内特設紫テント

【公演日程】
2025年6月14日(土)〜7月6日(日)
毎公演 開場18:30、開演19:00
※火曜日:休演日 水曜日:若衆公演

【料金】
一般指定席 前売8,000円 当日8,500円
桟敷自由席 前売4,500円 当日5,000円
U25(桟敷自由席、限定数) 前売、当日ともに2,500円
※桟敷自由席は整理番号つき

【キャスト】
安田章大、金守珍、水嶋カンナ、藤田佳昭、二條正士、宮澤寿、柴野航輝、荒澤守、宮崎卓真、原佑宜、寺田結美、若林美保、紅日毬子、染谷知里、諸治蘭、本間美彩、河西茉祐、芳田遥、町本絵里、森岡朋奈、とくながのぶひこ

◇歌うホステス パイレン:ダブルキャスト
森岡朋奈:6/14(土)〜6/21(土)、6/30(月)〜7/4(金)
諸治蘭:6/22(日)〜6/29(日)、7/5(土)〜7/6(日)

◇リル・復員兵:ダブルキャスト
町本絵里・宮崎卓真:6/14(土)〜6/16(月)、6/26(木)〜6/30(月)
芳田遥・原佑宜:6/19(木)〜6/23(月)、7/3(木)〜7/6(日)

【脚本】
唐十郎
【演出】
金守珍

【公式HP】
https://s-ryozanpaku.com/79_-alibaba.html

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