「努力不足」と誤解される限局性学習症
こんにちは。小児科医のひろです。
今回は、「限局性学習症」について、記事を書きました。
このようなシチュエーション、想像できますか?
小学校に上がって、毎晩の音読の宿題。
ほかのことはふつうにできるのに、教科書の一行を読むのに何度もつっかえ、同じ行を読み飛ばす。
「もっと集中して」「練習が足りないだけ」と言ってきたけれど、本人は泣きそうな顔で、もう読みたくないと言う。
決して「怠けている」わけでも「頭が悪い」わけでもありません。
読み書きや計算が極端に苦手である「限局性学習症」について、どんな状態で、どれくらいいて、なぜ起こり、どう支えていけるのかを、お伝えします。
ぜひ、最後までご覧ください。
1. 「読めない」のは、頭の良し悪しではない
「うちの子は、話す分にはふつうなんです。なのに、読むことだけがどうしても苦手で」
限局性学習症(SLD)とは、知的な発達に全般的な遅れがないのに、「読む」「書く」「計算する」といった特定の学習スキルだけが、年齢から期待される水準より明らかに低くなる状態です。
発達障害情報・支援センター(国立障害者リハビリテーションセンター)は、これを「学習困難を主症状とした神経発達症」と説明しています。
昔から使われてきた「学習障害(LD)」も、ほぼ同じ意味の言葉です。
困りごとは、大きく三つのタイプに分かれます。
読みの困難(ディスレクシア:文字を正確に・すらすら読むことが苦手)
書きの困難(文字を書く、綴る、文章にすることが苦手)
算数の困難(数の感覚、計算、文章題の推論が苦手)
このうち、最も多く、研究も進んでいるのが読みの困難です。
国際的に権威のある医学雑誌Lancetに2012年に掲載された総説では、ディスレクシアは「十分な教育を受け、知能も感覚も保たれているのに、単語を正確に、あるいは流暢に読むこと・綴ることが難しい状態」と定義されています。
大事なのは、これが「全体の理解力の問題」ではないという点です。
話す・考える・覚えるといった力は年齢相応なのに、ある特定の学習の入口だけがうまく通れない。
それが限局性学習症の本質です。
2. どれくらいいるのか ── 「クラスに1人」の見えにくい困りごと
「そんな子、まわりで聞いたことがないけれど」
そう感じる方も多いかもしれません。
ですが、実は気づかれないまま「勉強が嫌いな子」として過ごしているケースが少なくありません。
数字で見てみます。
英語圏では、読みの困難をもつ子は学齢期の子どもの数%にのぼり、複数の研究をまとめた解析では、ディスレクシアの割合はおよそ7%と報告されています。
日本語は英語にくらべて読みの困難が表に出にくいとされますが、それでも発達障害情報・支援センターは、日本語話者のディスレクシアは少なくとも2〜3%は存在すると考えられる、としています。
ざっくり言えば、30〜50人に1人ほど、つまりクラスに1人ほどは、読みに何らかの困りを抱えている計算になります。
算数の困難については、欧米では5〜7%という報告がある一方、日本での実態はまだ十分に明らかになっていません。
男の子のほうがやや多い傾向も知られています。
数字が示しているのは、決して珍しい状態ではない、ということです。
3. なぜ起こるのか ── 生まれ持った脳の特性
「私の教え方が悪かったのでしょうか」
ご自身を責める親御さんもいらっしゃいます。
はっきりお伝えします。
限局性学習症は、生まれ持った脳の特性であり、育て方や努力不足が原因ではありません。
読み書きや計算を支える脳の働き方に、生まれつきの個性があるために起こると考えられています。
この特性には、遺伝の関わりが大きいことが分かっています。
家系を調べた研究では、遺伝の関わりは最大で7割ほどと推定されています。
医学雑誌Nature Geneticsに2022年に発表された、約110万人を対象とした大規模な研究では、ディスレクシアに関係する42か所の遺伝子領域が見つかりました。
ただしこれは、「一つの遺伝子で決まる」という意味ではありません。
たくさんの要因が少しずつ重なって生じる、というのが今の理解です。
脳の画像を調べた研究では、読みに関わる脳の左側のネットワークの働き方に、特徴的な違いがあることも報告されています(先ほどのLancetの総説より)。
血液検査などで一発で分かる「決め手の検査」は、今のところありません。
ですから、「関わり方が足りなかったのかも」と悩む必要はありません。
4. どんなサインで気づくのか ── 学年とともに変わる困り方
「気づくきっかけって、どんなものですか」
限局性学習症は、文字の読み書きや計算が本格的に始まる就学後に、はっきりしてくることが多いものです。
日本小児心身医学会によれば、学年によって困り方は次のように変わっていきます。
低学年:ひらがながなかなか覚えられない、一字ずつ拾って読む、読み書きを嫌がる
高学年:漢字や九九が覚えられない、文章題が理解できない、板書が間に合わない
困りが積み重なると、「やってもできない」という思いから、学習意欲そのものが下がってしまうことがあります。
ここがいちばん心配な点です。
また、限局性学習症は、ほかの特性と重なって現れることもよくあります。
日本小児心身医学会は、ADHD(注意欠如・多動症)のおよそ4割に学習障害が併存すると示しています。
読みの困難と算数の困難が重なる割合も、約25%と報告されています(Lancet 2012)。
診断は、専門機関で時間をかけて確認していきます。
学習の様子に加えて、知能検査や、STRAW-R(標準読み書きスクリーニング検査)などの読み書きの検査を行い、2学年以上の遅れがあるかといった基準で評価します。
「全体の理解は年齢相応なのに、特定の学習だけが極端に苦手」という状態が続くときは、小児科や児童精神科、専門機関に相談してみてください。
5. 「治す」のではなく、「その子に合った学び方に変える」
「これは、治るものなんでしょうか」
この質問も実際多いです。
正直にお伝えすると、限局性学習症の特性そのものを消す薬はありません。
ですが、落ち込む必要はありません。
適切な指導と環境の工夫によって、読み書きや計算の力は伸び、生活上の困りは大きく減らせます。
目標は「苦手をなくすこと」ではなく、「その子に合ったやり方で学べるようにすること」です。
中心になるのは、薬ではなく教育的な支援です。
Lancetの総説では、最も効果が確かなのは、音のまとまりを聞き分ける力(音韻認識)や、文字と音の結びつきを、ていねいに・集中して教える指導だとされています。
始める時期が早いほど、改善が得やすいことも分かっています。
そのうえで、学び方を支える「合理的配慮」が大きな助けになります。発達障害情報・支援センターは、具体的な工夫として次のようなものを挙げています。
問題文の読み上げや、タブレット・読み上げソフトの活用
漢字へのルビ(ふりがな)つけ
板書を写真で撮る許可、プリントの配布
テスト時間の延長
薬は、学習障害そのものに使うものではありません。
ADHDなど併せ持つ困りごとがある場合に、必要に応じて検討されることがあります。
向き合い方の軸は、「治すかどうか」ではありません。
早く気づいて、その子に合った学び方と環境を整えていくことです。
6. まとめ
限局性学習症、いわゆる学習障害は、知的な遅れがないのに「読む・書く・計算する」のどれかだけが極端に苦手になる、生まれ持った脳の特性です。
読みの困りはクラスに1人ほどいるとされ、決して珍しいものではありません。
そして、これは怠けでも、努力不足でも、育て方のせいでもありません。
大事なのは、「治すこと」ではなく、早く気づいて、その子に合った学び方を一緒に見つけていくことです。
読み上げやタブレット、テスト時間の延長といった工夫で、お子さんは学びやすくなります。
何より重要なのは、お子さんの「やってみよう」という気持ちです。
「努力が足りない」と責められ続けると、本当はできることまで、やる前にあきらめてしまいます。
もし「うちの子は、ここだけがどうしても苦手かもしれない」と感じることがあれば、一人で抱え込まず、学校の先生やかかりつけの小児科医、地域の発達相談に声をかけてみてください。

