春日大社シリーズ【後編】神社仏閣参拝で出会う現象の意味〜振り返れば応援されている!
@Ricoです。
昨日記事にした「春日大社シリーズ」の【前編】↓
一つひとつの参拝を振り返ってみれば、多くのヒントが与えられていることが分かります。
✔️春日さんへの初参拝の日に、実は芸能人の方にお会いしていて、縁起いいな!と感じたこと
✔️若宮十五社めぐりと水谷九社めぐりをしたからこそ、春日奥山五山の存在に行き着いたこと
✔️なぜかは知らねど、1ヶ月後に「元春日」の地を巡礼するようになったこと
✔️春日奥山五山に参拝したい、と記事にしたら、それを見てくださった方が「春日山錬成会」の常連さんで日程やスケジュールを教えてくださったこと
他にも、たくさんの気づきはあり、奈良の地に惹かれて参拝遠征を重ねてきたことに感謝しかない!と感じます。
それでは、シリーズ【後編】へ参りましょう。

【7】:春日大社の摂社末社が語る多様性の調和
61社の摂社末社の意味
春日大社には、本殿の他に61社もの摂社末社があります。これらは単なる付属的な存在ではなく、それぞれが独自の由緒と御神徳を持つ重要な神社です。
主要な摂社末社は以下のとおり↓
🔹若宮十五社 - 人の一生の様々な願いに対応する15社
🔹水谷九社 - 水谷川沿いに鎮座する9社
🔹春日五大龍神 - 龍神信仰に関わる5社
🔹その他の摂社末社 - 上記以外の多数の社
多様性が生み出す調和
これだけ多くの神々が一つの信仰に集約されてお祀りされているのは、日本の宗教観の特徴を表しています。
異なる神々が争うことなく、それぞれの役割を持って共存している。これは、多様性を認め合い、調和を重んじる日本人の精神性の表れと感じます。
境内社を参拝していて気づいたのは、それぞれの社の前で手を合わせる人々の姿です。ある人は商売繁盛を、ある人は家内安全を、またある人は学業成就を祈る。多様な願いを持つ人々が、それぞれに合った神様の前で祈りを捧げる。この光景こそが、神社の本来の姿なのかもしれません。
【8】:年中行事に見る春日大社の生きた信仰
主要な祭礼とその意味
春日大社では、年間を通じて約1000回もの祭礼が行われています。その中でも特に重要な祭礼をいくつか紹介します:
▪️春日祭(3月13日)
勅祭として行われる最も重要な祭礼
天皇陛下の勅使が参向し、国家の安泰を祈願
▪️中元万燈籠(8月14・15日)
約3000基の燈籠すべてに火が灯される
先祖供養と諸願成就を祈る
▪️采女祭(中秋の名月)
猿沢池で行われる幻想的な祭り
采女の霊を慰め、良縁を祈願
▪️若宮おん祭(12月15-18日)
900年以上続く伝統祭礼
五穀豊穣と万民安楽を祈願
祭礼が教えてくれる「継続」の大切さ
これらの祭礼が何百年、何千年と続けられてきたことに、私は深い感銘を受けました。時代が変わり、社会が変化しても、変わらずに続けられてきた祈りがあるのです。


御神木 ビャクシン
【9】:春日曼荼羅が示す神仏習合の世界
神仏習合の歴史
春日大社は、神仏習合の代表的な聖地でもありました。平安時代から明治維新まで、春日大社と興福寺は一体として信仰されていました。
春日曼荼羅には、春日の神々が仏の姿で描かれています。
第一殿(武甕槌命)= 不空羂索観音(釈迦如来とも)
第二殿(経津主命)= 薬師如来
第三殿(天児屋根命)= 地蔵菩薩
第四殿(比売神)= 十一面観音菩薩
若宮(天押雲根命)= 文殊菩薩
本地垂迹思想が教える包容力
この神仏習合の思想は、日本人の宗教的包容力を示しています。異なる宗教を排除するのではなく、取り入れて融合させる。この柔軟な精神性が、日本文化の豊かさを生み出してきたのでしょう。
現在は神仏分離により、春日大社は純粋な神社となっていますが、境内のそこかしこに神仏習合の名残を見ることができます。この歴史を知ることで、より深い参拝ができるようになります。

不空羂索観音菩薩様と初対面!
奇跡的に参拝出来たのも、たくさんの方々の
ご縁のおかげさまです。
【10】:鹿が語る神使としての役割
神鹿(しんろく)の由来
春日大社といえば鹿。約1200頭の鹿が奈良公園一帯に生息し、国の天然記念物に指定されています。
伝説によれば、武甕槌命が白鹿に乗って御蓋山に降臨されたことから、鹿は神の使いとして大切にされてきました。
鹿との共生が教えてくれること
奈良の鹿は、人を恐れることなく、自由に歩き回っています。この光景は、世界的にも稀な「人と野生動物の共生」の姿です。
参拝中に出会った鹿たちは、どこか神秘的な雰囲気を持っていました。特に早朝、朝靄の中で出会った白い鹿は、まるで神使そのもののように感じられました。
鹿せんべいをあげる観光客の姿も微笑ましいですが、本来は神の使いとして敬意を持って接するべき存在です。この意識を持つことで、参拝の質も変わってきます。


【11】:石燈籠が語る信仰の積み重ね
約3000基の燈籠の意味
春日大社の参道や境内には、約2000基の石燈籠と約1000基の釣燈籠があります。これらは平安時代から現代まで、信仰者たちが奉納してきたものです。
燈籠には奉納者の名前と年号が刻まれており、それぞれに込められた祈りの歴史を物語っています。武士から庶民まで、様々な階層の人々が、それぞれの思いを込めて奉納してきました。
永遠の灯りとしての祈り
燈籠は、神仏に捧げる「永遠の灯り」「加護の象徴」として、人々の祈りを形にしたものです。
特に印象的なのは、苔むした古い燈籠です。
何百年もの風雪に耐えてきた燈籠は、まるで時間の重みを背負っているかのよう。その一つ一つに、名もなき人々の切実な祈りが込められていることを思うと、歴史の重みを感じずにはいられません。



【12】:春日若宮式年造替が示す「常若」の思想
20年ごとの式年造替
春日大社では、20年ごとに社殿を建て替える「式年造替」が行われています。直近では2016年に第60次式年造替が執り行われました。
この制度は、伊勢神宮の式年遷宮と同じく、「常若(とこわか)」の思想に基づいています。建物を新しくすることで、神威も若々しく保たれるという考え方です。
更新することの意味
式年造替は、単なる建物の建て替えではなく、技術の継承・信仰の更新・共同体の結束など、多層的な意味を持っていると考えられています。
20年という期間は、ちょうど一世代に相当します。親から子へ、師匠から弟子へ、技術と精神が受け継がれていく。この継承のシステムこそが、日本文化の持続性の秘密なのかもしれません。
私たちの人生においても、定期的な「更新」は必要です。古い考えに固執するのではなく、本質を守りながら新しいものを取り入れていく。そして、自分たちの世代では、一体「何を受け継ぎ」、後世へ「どんなバトン」を渡していくのか。
式年造替は、そんな生き方のヒントをも与えてくださいます。

【13】:御朱印が繋ぐ参拝の記憶と成長の軌跡
御朱印の本来の意味
近年、御朱印集めがブームとなっていますが、本来御朱印は参拝の証であり、神仏との結縁の印です。春日大社の御朱印には、「春日大社」の文字と共に、藤の紋が押されています。
※御朱印が参拝証となったのもごく最近の話ですが、ここでは割愛しますね
御朱印帳が語る参拝の歩み
御朱印帳を見返すと、そこには参拝の歴史が刻まれています。春日大社から始まり、若宮神社、枚岡神社、恩智神社、そして再び春日大社へ。
そして、その間にもさまざまな神社仏閣を参拝した軌跡が刻まれています。
それぞれの御朱印を見ると、その時の情景が鮮やかに蘇ってきます。御蓋山で感じた神々しさ、若宮十五社めぐりでの気づき、元春日での感動。御朱印は単なる記念品ではなく、精神的な成長の記録と捉えています。

【14】:春日大社が教える「祈り」の本質
祈りとは何か
多くの人は神社で「お願い事」をしますが、本来の祈りとは少し違います。春日大社ゆかりの方からの著書で教えていただきました。
「祈りとは、『意宣り(いのり)』です。自分の意志を神様に宣言すること。そして、その実現のために自分も努力することを誓うことです」
この言葉が本当に「すべて」なのではないでしょうか。
単に願い事を並べるのではなく、自分の決意を神前で宣言し、その実現に向けて歩み始める。それが本当の祈りなのです。
感謝から始まる祈り
また、祈りは感謝から始まるべきだということも教えていただきます。
今ここに生かされていること、参拝できること、すべてに感謝の気持ちを持つ。
その上で、自分の意志を宣言する。
実際、感謝の気持ちで満たされた心で祈ると、不思議と前向きな気持ちになれます。これは、感謝という行為が持つ力といえます。
【15】:四季の春日大社〜季節と共に深まる信仰
🔶春〜藤の花が語る藤原氏の栄華
春日大社の社紋は「下り藤」です。これは藤原氏の氏神であることに由来しています。4月下旬から5月上旬にかけて、境内の藤が見事に咲き誇ります。
特に有名なのが「砂ずりの藤」です。花房が1メートル以上も垂れ下がり、地面の砂に触れそうなほど。この藤を見ていると、かつての藤原氏の栄華が偲ばれます。
🔶夏〜中元万燈籠の幻想的な光景
8月14日・15日の中元万燈籠は、春日大社の夏の風物詩です。約3000基すべての燈籠に火が灯され、境内は幻想的な光に包まれます。
この行事は、先祖の霊を慰めると共に、生きとし生けるものの幸せを祈る意味があります。無数の灯りを見ていると、一人一人の祈りが集まって大きな光となることを実感します。
🔶秋〜紅葉と鹿の調和
秋の春日大社は、紅葉の美しさで知られています。特に、若宮神社周辺の紅葉は見事です。赤や黄色に染まった木々の間を、鹿たちがゆったりと歩く姿は、まさに日本の原風景。
この季節が一番好きで、特に自然の循環と生きる営みを感じます。新緑から紅葉へ、そして落葉へ。この移ろいの中に、ひとつの真理が隠されているような気がします。
🔶冬〜若宮おん祭の深い精神性
12月の若宮おん祭は、春日大社の信仰の深さを最も感じられる行事です。深夜に行われる「遷幸の儀」では、真っ暗な中を松明の明かりだけで御神体をお遷しします。
この厳粛な雰囲気の中で、日本人の信仰心の原点を見た気がしました。華やかさはなくとも、そこには確かな祈りがある。それこそが、本物の信仰なのでしょう。

【16】:春日講と全国に広がる春日信仰
春日講の歴史と意義
春日大社への信仰は、奈良だけでなく全国に広がっています。各地に「春日講」という信仰組織があり、定期的に春日大社への参拝を行っています。
春日講の起源は平安時代にさかのぼり、特に関西地方では盛んでした。講の構成員が交代で参拝する「代参」の制度により、誰もが春日大社とつながることができました。
分霊された春日神社の存在
全国には約1000社の春日神社があります。これらは春日大社から御分霊をいただいた神社で、それぞれの地域で春日の神々が祀られています。
<信仰別神社数 上位から10位まで>
1位/八幡信仰/7817社/宇佐神宮 2位/神明・伊勢信仰/4425社/伊勢神宮 3位/天神信仰/3953社/北野天満宮・太宰府天満宮 4位/稲荷信仰/2970社/伏見稲荷大社 5位/熊野信仰/2693社/熊野三山 6位/諏訪信仰/2616社/諏訪大社 7位/祇園・天王信仰/2299社/八坂神社・津島神社 8位/白山信仰/1893社/白山比咩神社 9位/山王信仰/1724社/日吉大社 10位/春日信仰/1072社/春日大社
現在の住まいの近くにも小さな春日神社があり、10年前ぐらいに一度参拝していました。しかし、その存在を改めて認識したのはつい最近で(!)この春日さんを巡る巡礼がひと段落したからでした。
本宮である春日大社に参拝して初めて、その繋がりの深さを理解することができたのです。
こうして振り返ると、「実は!」というサインをたくさん示されているのかもしれませんね。
まとめ〜真に「祈る」、参拝とは何か
数より質の参拝
多くの神社仏閣を巡ることも素晴らしいことで否定はしませんが、春日大社での経験を通じて学んだのは、「数より質」の大切さです。
一つの神社に何度も参拝し、季節を変え、時間を変えて訪れる。そうすることで、その神社の本当の姿が見えてきます。春日大社も、最初の参拝では気づかなかったことが、回を重ねるごとに見えてきました。
ひとつひとつの気づきを大切に
若宮十五社めぐりで学んだように、小さな社の前でも立ち止まり、手を合わせる。その一つ一つの瞬間に、大切な気づきがあります。
急いで回るのではなく、ゆっくりと、心を込めて参拝する。すると、神社は必ず何かを教えてくれます。それは、人生の指針となるような大切な気づきかもしれません。
神仏の背景を知ることの重要性
参拝をより深いものにするためには、その神社の歴史や御祭神について知ることが大切です。春日大社の場合、四柱の御祭神がどこから勧請されたのか、なぜ鹿が神使なのか、若宮おん祭にはどんな意味があるのか。
これらを知ることで、単なる観光ではない、真の参拝ができるようになります。神仏の背景を知れば知るほど、感謝の気持ちも深まっていきます。

春日大社〜奈良への参拝を通じて、教えられた生き方
春日大社での数々の経験を通じて、人生の歩み方を見直す機会となります。
春日さん初参拝の時、実は薬師寺さんへも足を運んでおり、その時に印象的だったのが玄奘塔に掲げられた「不東」という文字でした。
▪️玄奘三蔵の決意
春日大社への参拝の合間に立ち寄った薬師寺で、玄奘塔に掲げられた「不東」の二文字を目にします。
これは、玄奘三蔵が天竺(インド)へ向かう際の決意を表した言葉で、「経典を手に入れるまでは東(中国)へは帰らない」という強い意志を示しています。
▪️現代に生きる私たちの「不東」とは
この「不東」の精神を前にして、私は自問自答しました。私たちは日々の生活の中で、どれほどの決意を持って生きているでしょうか。
小さなことでも構わない。自分が本当に大切だと思うことに対して、「不東」の精神で臨むことができているか。この問いかけは、日々の有り難さを見つめ直すキッカケとなります。
参拝もまた、単に願い事をしに行くのではなく、自分自身と向き合い、決意を新たにする場なのかもしれません。


「不東」の精神で、自分の信じる道を進むこと。式年造替のように、定期的に自分を更新すること。原始林の倒木更新のように、すべては循環の中にあることを理解すること。そして何より、今この瞬間に感謝し、丁寧に生きること。
これらはすべて、春日大社という聖地が、長い歴史の中で培ってきた智慧に通じていると感じます。私たちは参拝を通じて、この智慧を受け取ることができるのです。
最後に〜これから参拝される方へ
春日大社、そしてその系譜に連なる神社仏閣への参拝は、日本人が大切にしてきた精神性と出会い、自分自身と向き合う貴重な機会となります。
ぜひ、時間をかけて、心を込めて参拝してください。急がず、数を追わず、一つ一つの出会いを大切に。そうすれば、必ず大切な気づきが得られるはずです。
そして、その気づきを日常生活に活かしていく。それこそが、真の参拝の完成形なのです。
春日大社とその系譜は、今も私たちに多くのことを語りかけています。その声に耳を傾け、謙虚に学ぶ姿勢を持ち続けること。それが、より深い神社仏閣参拝への第一歩となるでしょう。

では。
いつも、ありがとう^^
@Rico
幸せは自分のために
世界が平和であるために
