薬師如来の本質をみる|十二大願と本地垂迹が示す「真の理」とは?
@Rico です。
毎月8日は、薬師如来さまの御縁日。
「お薬師さま」の愛称で親しまれ、病気平癒の仏さまとして多くの方がお参りされる薬師如来さまですが、その本質はどこに在るのでしょうか。
今回は、薬師如来さまのご誓願を深く理解し、なぜこの仏さまが日本でこれほどまでに信仰されてきたのか、その真意を紐解いていきたいと思います。
「病を癒す」という表層的なご利益の奥に、どのような深遠な教えが隠されているのか、一緒に見ていきましょう。

1.なぜ「8日」なのか|縁日の由来と起源
🔹薬師講に由来する縁日
薬師如来の縁日が毎月8日とされているのは、「薬師講(やくしこう)」という法会に由来すると考えられています。
薬師講とは、薬師如来の功徳を讃え、その教えを学ぶ集まりのことです。古来より、この日には各地の薬師寺院で特別な法要が営まれ、参詣者が集いました。
縁日とは、神仏とこの世の人々が縁を結ぶ日のこと。 特定の神仏と人々が縁を結ぶ「結縁(けちえん)」の日であり、この日に参詣すれば、普段以上の功徳を得られると信じられてきました。
特に1月8日は一年最初の縁日であり、「初薬師(はつやくし)」と呼ばれています。新年の最初に薬師如来さまとご縁を結ぶことで、その年一年の無病息災を祈願する方が多くいらっしゃいます。
🔹一部の寺院では12日を縁日とするところも
薬師如来の縁日については、寺院によって8日ではなく12日としているところもあります。これは、薬師如来が発した「十二の大願」に因んだものと考えられます。
どちらの日であっても、薬師如来さまへの信仰を深める大切な機会であることに変わりはありません。
2.そもそも薬師如来さまとは|東方浄瑠璃世界の教主
🔹正式名称は「薬師瑠璃光如来」
薬師如来の正式名称は「薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)」といいます。
「薬師」とは医薬の師を意味し、「瑠璃光」は深い青色の宝石ラピスラズリのように光り輝く仏の功徳を表しています。 「大医王仏(だいいおうぶつ)」「医王善逝(いおうぜんぜい)」とも称され、病気を治癒する仏さまとして古くから信仰されてきました。
🔹東方浄瑠璃世界の意味するもの
薬師如来は「東方浄瑠璃世界(とうほうじょうるりせかい)」の教主とされています。
一畑薬師(総本山一畑寺)の公式解説によれば、「東方」とは太陽が東から昇ることから、私たちが今まさに生きているこの世界を表します。対して「西方」は日が沈む方角であり、死後の世界を象徴します。
つまり、薬師如来は「今、生きている私たちを救い導いてくださる仏様」なのです。
阿弥陀如来が死後の極楽浄土を約束してくださる仏さまであるのに対し、薬師如来は生きている間の願い「現世利益(げんぜりやく)」を聞き入れてくださる存在として信仰されてきました。
🔹左手に薬壺を持つ姿
薬師如来の像容は、右手に「施無畏印(せむいいん)」を結び、左手に「薬壺(やっこ)」を持つ姿が一般的です。
施無畏印とは、人々の煩悩や恐れを取り除くことを示す手の形です。そして薬壺の中には、体の病、心の病、社会の病をすべて癒す霊妙なる薬が入っていると言われています。
如来の中で持物(じもつ)を持つのは薬師如来だけです。これは、薬師如来が衆生救済のために具体的な「手段」を持っていることを象徴しています。
3.十二大願|薬師如来の根本誓願を読み解く
🔹修行時代に立てた12の誓い
薬師如来は、まだ菩薩として修行していた時代に「十二の大願(十二大願)」を発し、将来自分が悟りを得たときには、すべての人々を迷いや苦しみから救い、真の悟りに導くという誓いを立てられました。
これらの誓願は『薬師瑠璃光如来本願功徳経(薬師経)』に詳しく説かれています。唐代に玄奘三蔵によって翻訳されたこの経典は、薬師如来信仰の根本経典です。
🔹十二大願の内容
十二大願は以下の通りです。
▶︎第一願 光明普照(こうみょうふしょう) 自らの光で三千世界を照らし、すべての人々を悟りに導きたい。
▶︎第二願 随意成弁(ずいいじょうべん) 瑠璃の光を通じて、人々が善い行いをするよう目覚めさせたい。
▶︎第三願 施無尽仏(せむじんぶつ) 悟りを求める者たちに、必要なあらゆるものを施したい。
▶︎第四願 安心大乗(あんしんだいじょう) 外道に迷う者を正し、衆生を仏道へと導きたい。
▶︎第五願 具戒清浄(ぐかいしょうじょう) 戒律を守る者には清浄な身を得させたい。
▶︎第六願 諸根具足(しょこんぐそく) 身体に障害のある者、病に苦しむ者を癒し、健やかな身体を得させたい。
▶︎第七願 除病安楽(じょびょうあんらく) 貧しく病に苦しむ者の病を除き、身心を安楽にさせたい。
▶︎第八願 転女得仏(てんにょとくぶつ) 女性として生まれ変わることを望まない者には、男性として生まれ変わらせ、成仏へと導きたい。
▶︎第九願 安立正見(あんりゅうしょうけん) 魔の縛りから解放し、正しい見解に立たせたい。
▶︎第十願 苦悩解脱(くのうげだつ) 法によって裁かれる苦しみから解放したい。
▶︎第十一願 飽足安楽(ほうそくあんらく) 飢えと渇きに苦しむ者に食を与え、満ち足りさせたい。
▶︎第十二願 美衣満足(みえまんぞく) 衣服に困窮する者に衣を与え、満足させたい。

🔹注目すべきは「手段」としての癒し
ここで特に注目したいのは、第六願と第七願です。
病を癒し、身体を健やかにするというご誓願は、単にそれ自体が目的なのではありません。
病が癒え、延ばされた命をもって、仏道修行に励み、真の悟りへと向かう。 これが薬師如来の本意なのです。
病気平癒は「手段」であり、その先にある「覚り」こそが真の目的。
この点を理解することで、薬師如来信仰の本質が見えてきます。
4.十二神将|薬師如来をお護りする眷属たち
🔹十二神将とは
十二神将(じゅうにしんしょう)は、薬師如来の世界とその信仰者を守護する十二体の武神です。
それぞれが夜叉(やしゃ)の大将であり、各神将は七千の眷属を従えています。つまり、十二神将全体では八万四千の眷属がおり、これは人間の煩悩の数(八万四千の煩悩)に対応するとされています。
🔹十二神将の名称
新薬師寺の公式解説などによれば、十二神将の名称は以下の通りです。
宮毘羅(くびら)、伐折羅(ばさら)、迷企羅(めきら)、安底羅(あんてら)、頞儞羅(あにら)、珊底羅(さんてら)、因達羅(いんだら)、波夷羅(はいら)、摩虎羅(まこら)、真達羅(しんだら)、招杜羅(しょうとら)、毘羯羅(びから)
🔹十二支との対応
後世になって、十二神将は十二支(干支)と対応づけられるようになりました。
一日24時間を、十二神将が2時間交代で守護し、常に衆生に目を向けて守っている
このように理解されています。これは、薬師如来の救済が昼夜を問わず継続していることを象徴しています。
また、十二神将は薬師如来の十二大願を守護する存在でもあります。それぞれの神将が一つの誓願を守り、その実現を助けているのです。

5.四国八十八箇所に薬師如来が多い理由
🔹弘法大師空海との深い結びつき
四国八十八箇所霊場を巡ると、本尊が薬師如来である寺院の多さに気づかれることでしょう。
これには、弘法大師空海と薬師如来信仰の深い結びつきが関係しています。
空海が開いた真言密教において、薬師如来は国家鎮護・国土安穏の本尊として重視されました。『覚禅抄』などの密教文献では、薬師如来は大日如来と同体であるという教えも説かれています。
🔹東方=再生・蘇りの象徴
薬師如来が住まう「東方」は、太陽が昇る方角です。
太陽が昇ることは、闘病からの回復、困難からの再生、新たな始まりを象徴します。四国遍路という「死と再生」の巡礼において、薬師如来が重要な位置を占めるのは、このような象徴的意味があるからです。
🔹現世利益と遍路の目的
四国遍路は、単なる観光ではなく、自らの人生を見つめ直し、心身を浄化する修行の旅です。
その道中で、現世の病や苦しみを癒し、生きる力を与えてくださる薬師如来の存在は、遍路者にとって大きな心の支えとなっています。
6.薬師如来を本地仏とする神々|神仏習合の世界
🔹本地垂迹とは
本地垂迹とは、中世日本で発達した神仏習合の思想です。
神は仏・菩薩が衆生を救うために、日本の地に現れた姿(垂迹)であり、その本来の姿(本地)は仏であるという考え方です。
薬師如来は「現世利益」を与える仏として、同様に現世の願いを叶える神々の本地仏とされることがありました。
🔹少彦名命と薬師如来|医薬の神仏習合
少彦名命(すくなひこなのみこと)は、大国主命とともに国造りを行った神であり、医薬・酒造の神として広く信仰されています。
『古事記』『日本書紀』において、少彦名命は医療や薬草に関する知識を持ち、大国主命とともに人々の病を治したと伝えられています。この「医薬の神」としての性格が、「医薬の仏」である薬師如来と習合する土壌となりました。
少彦名命の本地仏として「金剛蔵王権現・薬師如来」が挙げられています。
🔹大己貴命(大国主命)と薬師如来|特定の伝承として
大己貴命(おおなむちのみこと)、すなわち大国主命については、一般的な本地垂迹では「阿弥陀如来」を本地仏とすることが多く見られます。
しかし、特定の地域や伝承においては、薬師如来を本地仏とする例も存在します。
<特定伝承例:大洗磯前神社・酒列磯前神社>
茨城県の大洗磯前神社と酒列磯前神社は、斉衡3年(856年)の海中出現伝説で知られています。
『文徳実録』によれば、大己貴命と少彦名命が海中から出現し、この地に祀られたと伝えられています。神仏習合の時代、大洗磯前神社は「大洗磯前薬師菩薩明神」の神号を持ちました。
これは、大国主命が『古事記』の「因幡の白兎」説話において薬の知識で白兎を救ったように、「医薬の神」としての側面を持つことと、配祀の少彦名命が薬師如来と習合しやすかったことが重なり、この地において独自の伝承が形成されたものと考えられます。
<一般的な本地仏:阿弥陀如来>
なお、全国的に見れば、大己貴命(大国主命)の本地仏は阿弥陀如来とされることが一般的です。
これは、大国主命が「国譲り」の後に「幽冥(かくりよ)の世界」を治める神となったという神話に基づき、死後の世界を司る阿弥陀如来と結びついたものと考えられています。
このように、同じ神であっても地域や時代によって異なる本地仏が当てられることがあり、神仏習合の多様性と柔軟性を示す好例といえます。
🔹天満大自在天神(菅原道真公)
学問の神として知られる天満大自在天神(菅原道真公)にも、複数の本地仏が当てられていました。
十一面観音菩薩、不動明王、薬師如来、阿弥陀如来など、実に多くの仏菩薩が道真公の本地仏として挙げられています。
薬師如来との習合は、道真公の怨霊を鎮め、現世の災いを除くという信仰と、薬師如来の除災延命の功徳が結びついたものと考えられます。
7.春日大社との関係(春日曼荼羅における薬師如来)
🔹春日曼荼羅と本地垂迹
春日曼荼羅は、藤原氏の氏神である春日大社の神域を描いた神道曼荼羅図であり、平安時代末期から中世にかけて盛んに制作されました。
春日大社本社には四殿があり、それぞれに祭神が祀られています。神仏習合の時代、これらの祭神には本地仏(神の本来の姿とされる仏菩薩)が配当されました。
🔹春日大社四殿の祭神と本地仏
奈良国立博物館所蔵の春日宮曼荼羅の解説によれば、春日大社の本地仏に関する最古の記録は、承安5年(1175年)の「春日大明神御躰本地注進文」です。
この史料に基づく本地仏の配当は以下の通りです。
✔️ 第一殿(一宮)武甕槌命(タケミカヅチ・鹿島大明神)= 不空羂索観音(または釈迦如来)
✔️ 第二殿(二宮)経津主命(フツヌシ・香取大明神)= 薬師如来
✔️ 第三殿(三宮)天児屋根命(アメノコヤネ・藤原氏祖神)= 地蔵菩薩
✔️ 第四殿(四宮)比売神(ヒメガミ)= 十一面観音
✔️ 若宮 天押雲根命(アメノオシクモネ)= 文殊菩薩
🔹なぜ経津主命の本地仏が薬師如来なのか
第二殿に祀られる経津主命は、香取神宮(千葉県)から勧請された武神です。
経津主命と薬師如来の習合については、明確な経典的根拠は伝わっていませんが、春日大社と興福寺の神仏習合の中で、五尊の仏菩薩(釈迦・薬師・地蔵・十一面観音・文殊)を四殿と若宮に配当する形式が定着したと考えられています。
奈良国立博物館の解説では、この五尊配当は「藤原摂関家を中心とする興福寺南円堂本尊への崇敬を背景として」形成されたと指摘されています。
🔹春日鹿曼荼羅に描かれた本地仏
奈良国立博物館所蔵の重要文化財「春日鹿曼荼羅図」(鎌倉時代後期)には、神鹿の鞍上に立つ榊の枝先に、五尊の本地仏が描かれています。
向かって右から、文殊菩薩(若宮)、釈迦如来(第一殿)、薬師如来(第二殿)、地蔵菩薩(第三殿)、十一面観音(第四殿)
この図像は、神護景雲2年(768年)に春日明神が常陸国鹿島から白鹿に乗って御蓋山に影向したという伝説に基づいています。
このように、春日曼荼羅において薬師如来は、春日大社第二殿の祭神・経津主命(香取大明神)の本地仏として描かれてきました。
8.日本を代表する薬師如来像|国宝を巡る
🔹奈良・薬師寺金堂 薬師三尊像
奈良の薬師寺金堂に安置される薬師三尊像は、白鳳時代(697年頃)の制作と伝わる国宝です。
中央の薬師如来坐像と、脇侍の日光菩薩・月光菩薩からなるこの三尊像は、日本彫刻史上の最高傑作の一つとされています。特に、台座に施された精緻な文様は、当時の金工技術の高さを物語っています。

🔹奈良・法隆寺金堂 薬師如来坐像
法隆寺金堂の薬師如来坐像は、光背の銘文に「用明天皇のために造った」という趣旨が刻まれています。
飛鳥時代の様式を伝えるこの像は、日本における薬師如来信仰の古さを示す重要な文化財です。

🔹奈良・新薬師寺 薬師如来坐像
新薬師寺の本尊薬師如来坐像は、眼病平癒のご利益で知られています。
この像の最大の特徴は、周囲360度を十二神将像が取り囲んでいることです。現存する十二神将像のうち11体が天平時代(奈良時代)の作で、国宝に指定されています。
🔹福島・勝常寺 薬師如来坐像
東北地方を代表する薬師如来像として、福島県会津の勝常寺像があります。
平安時代初期の作で、徳一菩薩が開創した会津仏教文化を今に伝える貴重な存在です。国宝に指定されており、東北の仏教文化の深さを物語っています。
🔹奈良・法隆寺西円堂 薬師如来坐像
法隆寺西円堂に安置される薬師如来坐像は「峯の薬師」と呼ばれ、眼病平癒の霊験で広く信仰されてきました。
お参りする際は、それぞれの像が持つ歴史と、込められた人々の祈りに思いを馳せてみてください。
9.インド神マータンギーとの関係性|真言の秘密
🔹薬師如来の真言を解読する
薬師如来の真言として広く知られているのは、
「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」です。
この真言をサンスクリット語(梵語)で分析すると、興味深い構造が見えてきます。
oṃ huru huru caṇḍāli mātaṅgi svāhā
(オーン フル フル チャンダーリー マータンギー スヴァーハー)
🔹センダリ(チャンダーリー)とは
「センダリ」は梵語の「caṇḍāli(チャンダーリー)」に由来します。
古代インドの社会において、チャンダーラとは最下層の身分を指す言葉でした。チャンダーリーはその女性形です。
🔹マトウギ(マータンギー)とは
「マトウギ」は「mātaṅgi(マータンギー)」に由来します。
マータンギーはインドの女神で、被差別民の守護神とされていました。密教においては、十大明妃(じゅうだいみょうひ)の一尊に数えられることもあります。
🔹真言に込められた深い意味
田久保周誉師の『梵字悉曇』などの研究によれば、これらの存在は元来「悪」とされていましたが、仏の教えによって転化され、守護者となったとされています。
つまり、「不浄」「卑しい」とされたものでさえも、仏の教えに触れることで浄化され、守護神となりうる。
この真言は、薬師如来の癒しの力が、いかなる者をも差別なく救済するという、仏教の根本的な平等思想を体現しているのです。
🔹真言の唱え方
薬師如来の真言を唱える際は、心を静め、薬師如来のお姿を心に思い浮かべながら、ゆっくりと三度、七度、または二十一度と唱えます。
「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」
一音一音に意識を向けて唱えることで、薬師如来との縁がより深まることでしょう。
おわりに|薬師如来信仰の真髄
ここまで、薬師如来さまについて様々な角度から見てまいりました。
病を癒す仏さま、現世利益の仏さまとして知られる薬師如来ですが、その本質は単なる「病気治し」ではありません。
薬師如来のご誓願の核心は、病を癒し、命を延ばした先に、仏道修行の機会を与えることにあります。
病苦から解放された私たちが、その恵まれた時間をいかに使うか。
自分のためだけでなく、周囲の人々のために、そして真の悟りを求めて歩むことができるか。
薬師如来は、そのような問いを私たちに投げかけているのではないでしょうか。

御縁日に薬師如来さまをお参りされる際は、単に病気平癒をお願いするだけでなく、いただいた健康と命をどのように活かすか、その決意を込めて手を合わせてみてください。
きっと、薬師如来さまは瑠璃の光で、私たちの心を照らしてくださることでしょう。
では。
いつも、ありがとう^^
@Rico
幸せは自分のために
世界が平和であるために
