奈良のご縁はじまりは「蔵王権現」〜その流れを紐解き、見えた真実
なぜ、奈良へ導かれたのか 〜不思議なご縁の始まり〜
2020年春、新型コロナウイルスが世界中を覆い始めた頃。私の人生にも、思いもよらない転機が訪れようとしていました。それは、まさに「奈良」という土地、そして「蔵王権現」という存在との出会いでした。
その年の春、金峯山寺で「みんなようなれ!とも祈り疫病退散大祈祷会」が行われました。蔵王権現さまのもと、採灯護摩の秘法をもって厳修された祈りの場。ライブ映像を通じて、お経とご真言を唱えながら、私も心から祈りを捧げました。
その時感じたのは、「これは終わりではなく、はじまりである」という強い想いでした。


不思議な夢が教えてくれたこと
この出来事の後、私は不思議な夢を見るようになりました。山の中、霧に包まれた場所。そこに立つ青黒い姿の存在。最初は何なのか分からなかったのですが、後になってそれが蔵王権現さまだったのではないか?と気づくことになります。
夢の中では、何か大切なメッセージを伝えようとしているような感覚がありました。でも、その時の私にはまだ、その意味を理解することができませんでした。

2020年には、十津川村にも。
振り返ってみれば、熊野も
蔵王権現・役行者ゆかりの地です。
身近な場所に潜んでいた蔵王権現の存在
品川神社の御嶽神社 〜最初の気づき〜
そんな中、ふと思い立って最寄りの品川神社を訪れました。いつも参拝はしていましたが、「みたけ」ではなく「おんたけ」ですよね?と手を合わせながら通り過ぎていたのです。その直後、気になって調べることになります。
「御嶽?」「みたけ?」「おんたけ?」
✔️蔵王権現(ざおうごんげん)は、修験道の本尊とされる日本の神祇。総本社は金峯山寺蔵王権現堂である。分社は御嶽(みたけ)神社、金峰神社と称する。
中世に成立した縁起によると、白鳳年間に役行者が吉野の山上で仏の出現を祈願したとき、最初に釈迦が現れ、次に観音が現れ、後に弥勒が出現したが、役行者はいずれも拒否したところ、最後に岩盤より青黒忿怒の金剛蔵王が出現した。役行者はこれを歓んで、吉野蔵王堂(現在の大峯山寺)を創建したとされる。
✔️木曽御嶽信仰(きそおんたけしんこう)は、覚明・普寛を開祖とする、江戸時代後期に成立した木曽御嶽山に対する信仰。
木曽御嶽信仰では、蔵王権現も御嶽山座王権現とは別の神格として信仰されている。明治になり、神仏分離を契機に、御嶽山座王大権現は御嶽(おんたけ)大神と呼称されるようになった。
その名前に、なぜか強く心を引かれました。調べてみると、御嶽(みたけ)神社は蔵王権現をお祀りしていることが分かりました。つまり、私の身近な場所に、ずっと蔵王権現さまはいらっしゃったのです。
この発見は、私にとって大きな衝撃でした。なぜなら、遠い奈良の地にいらっしゃると思っていた存在が、実は日常的に参拝する場所にもいらっしゃったからです。
武蔵御嶽神社への導き 〜繋がりの深まり〜
2021年、初めての例祭日参拝
品川神社での気づきから1年後、2021年には東京都青梅市にある武蔵御嶽神社を訪れることになりました。しかも、偶然にも例祭日という特別な日の参拝となりました。
武蔵御嶽神社は、東京都内でありながら標高929メートルの御岳山山頂に鎮座する、まさに山岳信仰の聖地です。ここもまた、蔵王権現信仰の重要な拠点の一つでした。
山頂へと続く参道を登りながら、私は不思議な感覚に包まれました。まるで、何か大きな流れに導かれているような、そんな感覚です。

「御嶽蔵王大権現命柱」がありました。
大口眞神社祭での新たな展開
2023年には、武蔵御嶽神社の摂社である大口眞神社の12年に一度の祭礼にも参加することができました。大口眞神は、狼の姿をした神様で、修験道とも深い関わりがあります。
この頃になると、私の中で「点」だった出来事が、少しずつ「線」として繋がり始めていました。


いよいよ奈良へ 〜蔵王権現さまとの対面〜
2021年秋、金峯山寺での御開帳
2021年の秋、ついに奈良・吉野の金峯山寺を訪れる機会が訪れました。ちょうど秘仏である蔵王権現さまの御開帳の時期でした。
金峯山寺の蔵王堂は、東大寺大仏殿に次ぐ木造建築として知られ、高さ約34m、檜皮葺き(ひわだぶき)の、東大寺大仏殿に次ぐ木造大建築です。
そして、その中に祀られている蔵王権現像は、中尊は約7mもあり、普段は非公開(秘仏)であることから「日本最大の秘仏」とも称されるという、まさに圧倒的な存在感を持つ仏像です。
脳天大神さままで走る!
金峯山寺参拝の後、時間の関係もあり、走らざるを得ない状況になります。修行っぽいけど、結構楽しい!そして、気がつけばあっという間に脳天大神さままで到着しています。脳天大神は、金峯山寺の奥之院に位置し、首から上の病気に霊験あらたかとされる神様です。
その後、再び「脳天大神」さまと再会したのは、女人大峯と呼ばれる場への登拝の前でした。
この「走る」という行為も、後から思えば修験道の「駆け」の修行に通じるものがあったのかもしれません。
(意外と、どこでも走ってるかもですが笑)



紅葉の季節に作ってみた!
蔵王権現とは何者なのか 〜その正体を探る〜
役行者による感得の物語
ここで、蔵王権現という存在について、もう少し詳しく見ていきましょう。
白鳳時代に役行者が金峯山の山頂にあたる山上ヶ岳で、一千日間の参籠修行された結果、金剛蔵王大権現を感得せられ、修験道のご本尊とされました。
その感得の様子は、実にドラマチックです。役行者は、全国の霊山を御開山になった後、熊野から大峯山脈の稜線伝いに吉野に修行されること33度を重ねられ、最後に金峯山(大峯山)山上ヶ岳の頂上で、一千日間の参籠修行をされました。
そして、苦しみの中に生きる人々をお救いいただける御本尊を賜りたいとの役行者の祈りに応えて、先ず「釈迦如来、千手千眼観世音菩薩、弥勒菩薩」の三仏がお出ましに成られました。
しかし、役行者はこの三仏の姿を見て、このお姿のままでは荒ぶる衆生を済度しがたいと思われて、さらに祈念を続けられました。
すると、天地鳴動し、山上の大盤石が割れ裂けて、雷鳴と共に湧き出るが如く忿怒の形相荒々しいお姿の御仏がお出ましに成られたのです。

日本独自の神祇
蔵王権現の最大の特徴は、インドに起源を持たない日本独自の神祇であることです。
その姿は独特で、激しい忿怒相で、怒髪天を衝き、右手と右脚を高く上げ、左手は腰に当てるのを通例とするというものです。右足を高く上げているのは、虚空を踏んでいるのだという解釈もあるといいます。

三仏の統合体
さらに興味深いのは、蔵王権現が釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩の三尊の合体したものとされることです。つまり、過去(釈迦如来)、現在(千手観音)、未来(弥勒菩薩)のすべての時間軸における救済を担う存在なのです。
さらに、登拝と参拝は拡がる〜奈良・蔵王権現信仰
2022年春、桜の吉野再訪
2022年の春、私は桜の時期に再び吉野を訪れました。吉野山の桜は、単なる観光名所ではありません。実は、蔵王権現と深い関わりがあるのです。
役行者が蔵王権現を感得した際、そのお姿をヤマザクラの木に刻まれて、山上ヶ岳の頂上と山下にあたる吉野山にお祀りしたのです。つまり、吉野の桜は、蔵王権現への信仰の証として植え続けられてきたものなのです。
如意輪寺の蔵王権現
この時の吉野再訪での参拝では、如意輪寺も参拝しました。ここにも権現堂があり、蔵王権現が祀られています。如意輪寺は、後醍醐天皇の勅願寺としても知られ、南朝の歴史とも深く関わる寺院です。
喜蔵院の発見
さらに喜蔵院では、本堂内に蔵王権現が祀られていることを知りました。吉野山には、金峯山寺だけでなく、多くの寺院に蔵王権現が祀られているのです。
修験道の広がりを実感
日光・古峰ヶ原への旅
蔵王権現信仰は全国各地にあり、愛媛県の石鎚山、長野県の御嶽山、宮城県の蔵王、東京都青梅の武蔵御嶽山、鳥取の三徳山三仏寺などが有名です。
私も2022年から2023年にかけて、栃木県の日光や古峰ヶ原を訪れました。修験道のゆかりの地としては、日光・古峰ヶ原が知られます。また、日光は観音信仰に深い関わりを持つ地でもあります。

金剛童子との関係
また、修験道では蔵王権現の信仰は、金剛童子の信仰と同一視されます。金剛童子は、修験道で重きを置かれる明王で、その著名なお寺としては、醍醐寺や三井寺が挙げられます。
2025年には三井寺にも参拝することができ、この繋がりを実感することができました。

2025年、室生寺での新たな発見
金堂の蔵王権現
2025年、私は奈良の室生寺を再訪しました。室生寺は「女人高野」として知られ、女性の参拝を受け入れてきた真言宗の古刹です。
驚いたことに、室生寺の金堂にも蔵王権現が祀られていました。これまでにも訪れていたにも関わらず、今回初めてその存在に気づいたのです。

見落としていた身近な存在
渋谷・金王八幡宮での気づき
振り返ってみると、私は多くの蔵王権現の存在を見落としていたことが分かります。例えば、東京・渋谷の金王八幡宮。2019年に参拝した時は全く気づかなかったのですが、その後に久しぶりに参拝した際、境内に御嶽神社があることを認識します。
参拝した際の気づきとメモとしての参拝記事を書いた時、改めてこの「見落とし」について考えさせられました。

御本社は、武蔵御嶽神社です。
悟った真実 〜必要なタイミングで気づきは訪れる〜
すべては必然だった
これまでの道のりを振り返ると、すべてが必然だったように思えます。2020年のコロナ禍での祈りから始まり、身近な神社での気づき、そして奈良への旅。点と点が線となり、やがて大きな絵を描いていく。
私が学んだのは、「ご縁というのは間違いなくあり、気づくか気づかないかはタイミングと心次第」ということです。品川神社の御嶽神社も、渋谷の金王八幡宮の御嶽神社も、ずっとそこにあったのに、私が気づく準備ができていなかっただけでした。
素直な気持ちの大切さ
もう一つ大切なことは、「素直な気持ちに従って進んでみよう!」ということです。なぜ走りたくなったのか、なぜその神社に行きたくなったのか。理由は分からなくても、その直感に従うことで、新たな発見があります。
初めての奈良への巡礼遠征も何かに後押しされるように、タイミングも合致していたのでしょう。
神仏からのメッセージ
そして最も重要な真実は、「神仏は間違いなく、必要なタイミングで気づきを与えてくださる」ということです。早すぎても遅すぎてもない、ちょうど良いタイミングで、私たちに必要な気づきを与えてくださるのです。
どこに参拝したらいいか悩む方へ
もしあなたが「どこに参拝したらいいか分からない」と悩んでいるなら、まずは身近な神社仏閣を訪れてみてください。そこに、思いもよらない発見があるかもしれません。
(さらに、深掘りして自身とのご縁繋がりを紐解きたい方へ↓)
蔵王権現は、全国各地に祀られています。東京なら品川神社や金王八幡宮の御嶽神社、武蔵御嶽神社。関西なら金峯山寺をはじめとする吉野山の寺院群。
ただし、これは個人的な例であって、あなたが「縁」を感じる神仏はまた異なっているはずです。
実際に参拝を重ねていくと、なんとなく「離れがたいな」「いつもとは違う感覚になるな」とか「予定していなかった善きタイミングでの参拝になったよ」等々、気づきのポイントはあるはずです。
大切なのは、「今」のあなたに必要な場所に導かれるということ。焦る必要はありません。心を開いて、素直な気持ちで歩んでいけば、必ず道は開けます。
私の奈良巡礼も、まだ続いています。これからも、新たな発見と気づきがあることでしょう。でも、それもすべて必要なタイミングで訪れるはずです。
必要なメッセージは必ずある。
そう信じることが第一歩であり、それに気づくかどうかは、あなたの心次第。素直な気持ちで、一歩を踏み出してみてください。きっと、素晴らしい出会いが待っているはずです。

では。
いつも、ありがとう^^
@Rico
幸せは自分のために
世界が平和であるために
