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高野山巡礼③奥社と呼ばれる荒神社──弘法大師が17日間祈った聖地で感じた祝詞の神秘

@Ricoです。

前回の記事では、高野山で外せない参拝ポイントとして、金剛峯寺の蟠龍庭、根本大塔の立体曼荼羅、宿坊体験、寳亀院、そして立里荒神社の概要についてお伝えしました。

今回は、その立里荒神社への参拝体験を詳しくお伝えしていきますね。

この神社は、弘法大師空海が高野山を開創するにあたって、最初に祈りを捧げた場所として知られています。また高野山の「奥社」とも呼ばれ、日本三大荒神の一つに数えられる霊験あらたかな聖地です。

参拝当日に起きた不思議な出会い、偶然の祝詞奏上、そして再訪時の御祈祷で感じた「みたまのふゆ」という神道の深い概念について、私自身の体験を交えながらお伝えしていきます。

第1章 立里荒神社とは──弘法大師が最初に祈りを捧げた聖地

1-1. 立里荒神社の概要

立里荒神社(たてりこうじんしゃ)は、奈良県吉野郡野迫川村の荒神岳(標高1260メートル)の山頂に鎮座する神社です。
正式名称は「荒神社」ですが、一般的には「立里荒神」「立里の荒神さん」の通称で親しまれています。

高野山からは南東約17キロメートルに位置し、高野山よりも約300メートルほど標高が高い場所にあります。西暦800年頃の創建とされ、空海が高野山を開創する際に修行し、三宝荒神を勧請したと伝わる、弘法大師ゆかりの聖地です。

橋本市の光三宝荒神、宝塚市の清荒神清澄寺、桜井市の笠荒神などとともに、日本三大荒神の一つとして全国的に知られています。

1-2. 御祭神と三宝荒神の意味

御本社の御祭神
・火産霊神(ほむすびのかみ)
・誉田別命(ほんだわけのみこと)

火産霊神は、『古事記』『日本書紀』に登場する火の神です。
伊邪那岐命と伊邪那美命の間に生まれた神様で、火を司る神として古くから信仰されてきました。
この神様の本地仏(神道の神に対応する仏)は阿弥陀如来とされています。

「三宝荒神」の「三宝」とは、仏教における「仏・法・僧」のこと
・「仏」は仏陀(釈迦)
・「法」は仏の教え(ダルマ)
・「僧」は僧伽(さんが)、つまり仏の教えを受けた修行者の集団のことです。

聖徳太子が制定したとされる「十七条憲法」の第二条には「篤く三宝を敬え」と記されており、三宝は仏教の根幹をなす概念です。
三宝荒神は、この仏・法・僧の三宝を守護し、不浄を厭離(おんり)する仏神として信仰されてきました。

また、火を好み不浄を忌むというところから、古来より「かまどの神様」「火の神様」として親しまれてきました。火を使う職業の方々や、商売繁盛を願う方々に篤く信仰されています。

1-3. 弘法大師と立里荒神社──17日間の荒神供

立里荒神社の起源については、『荒神ヶ岳鎮座三宝大荒神略縁起』という縁起書が残されています。

この縁起によると、弘仁7年(816年)、弘法大師空海が高野山に伽藍を建立するにあたり、伽藍繁昌・密教守護を祈願して、一枚の板に三宝荒神の御像を画いて本尊とし、17日間にわたって荒神供(こうじんく)を修行されました。

そして、壇上伽藍の鬼門(北東の方角)にあたるこの荒神岳に三宝荒神の社を勧請(かんじょう)されたのです。

縁起には次のように記されています。

「依て大師無二の信心を凝し、一枚の板に三宝荒神の御像を画きて本尊となし、十七日の間荒神供を御修行ありて、伽藍繁栄、密教守護の誓願を成し給うて壇上の鬼門に荒神の社を勧請あり。而して後に大伽藍を御建立ありけるに何の障りもなかりき」

つまり、弘法大師は高野山の大伽藍を建立する「前に」、まずこの荒神岳で17日間の祈願を行い、その後に伽藍建立に着手されたということです。
弘法大師にとって、立里荒神社は高野山開創の原点ともいえる聖地だったのです。

縁起にはさらに「故に大師御一生の間は毎月当山に参詣ありしとぞ」と記されており、弘法大師は生涯を通じて毎月この荒神社に参詣されていたと伝えられています。

奈良県観光公式サイト「祈りの回廊」に掲載されている荒神社禰宜の林正裕氏の講話によれば、「お大師さまが荒神社へ月詣りされたと言い伝えられ、今も月詣りされる方が絶えません」とのことです。

1-4. 神仏習合の歴史と明治の変革

立里荒神社は、明治初年まで「宝積院」と称し、高野山地蔵院末として神仏習合の宮でした。鐘楼堂を備え、仏体も祀られていたと伝えられています。

しかし、明治の廃仏毀釈によって宝積院は廃寺となり、仏体などは池津川へ移されました。以後、単に「荒神社」と称するようになり、現在に至っています。
現在でも、祭典の神饌(しんせん)には一切魚介類を用いず、匂いの少ない野菜と果物を供えるという特徴があります。これは密教的な伝統が今も受け継がれている証といえるでしょう。

第2章 初参拝──偶然が重なる不思議な出会い

2-1. 直感に導かれた参拝

高野山を訪れた翌朝、宿坊で朝のお勤めに参加させていただいてから、前日に観光案内所でいただいたパンフレットを片手に行動を開始しました。

パンフレットを広げたとき、ふと目に留まったのが立里荒神社でした。
高野山の「奥社」と呼ばれるその存在が、妙に気になったのです。

千手院バス停から立里荒神行きのバスを確認します。時間を見たら、現在9時20分。立里荒神社行きのバスは、千手院橋のバス停発が9時50分。

間に合う!

このタイミングの良さに、何か導かれているような感覚を覚えました。速攻で決断し、バス会社に急行バスの予約を入れて向かうことにしました。

出発前に時間があったので、金剛峯寺に立ち寄り、朝のご挨拶をしてからバス停へ戻ります。

2-2. 雲海のような絶景と清浄な空気

バスに乗り込み、いざ立里荒神さんへ。

バスはしばらく走ると、山並みをどんどん超えていきます。結構な急スピードで、写真を撮ろうとしてもブレブレになってしまいました。

バス停に到着すると、目の前には見事な絶景が広がっていました。雲海のように広がる景色。荒神岳は雲海の名スポットとしても知られており、季節の変わり目(9月末から11月中旬、6月初めから7月)の早朝に条件が揃えば、雲海から朝日がのぼる幻想的な光景を望むことができるそうです。

荒神社からは大峰山系の山々(金剛山、大天井ヶ岳、山上ヶ岳、大日山、稲村ヶ岳、大普賢岳、弥山、八経ヶ岳など)を見渡すことができます。

あまりに気がよくて、景色だけで、うっとりしてしまいました。

2-3. 偶然の出会い──Aさんとの道中

参拝のため山道を登り始めると、同じバスに乗っていた方(Aさんとお呼びします)と自然と話をする流れになりました。

Aさんは、家庭環境の悩みを抱えており、とある方から「こちらの神社がよい」と聞いて、名古屋からいらしたとのこと。ご両親の写真を持参して、一緒に参拝しに来られたそうです。

初対面にもかかわらず、今の流れとか、ある意味ぶっちゃけ話をしながら、お社までの道を歩いていきます。途中、社務所前に杖が置いてあったのでお借りして登りつつ、気分はまさにお遍路さん状態です。

駐車場から本殿までは、白木の鳥居が連続して並ぶ石段を10分ほど登っていきます。この木製の白い鳥居が連なる光景は、京都・伏見稲荷大社の赤い鳥居とは異なる、高野山と縁が深いお社らしい厳かな雰囲気を醸し出しています。

2-4. 山頂での不思議な体験──五人参拝と祝詞奏上

そして、到着。

見事な絶景と清い空気に包まれた山頂。赤い前かけが可愛らしい狛犬さんがお出迎えしてくれます。

かなりの浄化があってか、身体が軽い。この体験は初めてでした。

早速お参りをしようとすると、同じバスに乗っていた三人組(おじいちゃんとおばあちゃん二人の組)が後ろからやってきました。私たちは少し後ろに下がり、邪魔にならないよう後ろから手を合わせていると……

まさかの展開が。。。

おじいちゃんが祝詞を奏上し始めたのです。

しかも、おそらく三種類の祝詞をきっちりと奏上されていました。
そして、Aさんを含めて、なんと五人で一緒に参拝する流れになりました。

おじいちゃんは神主さんだったのかしら、と思うほど見事な祝詞奏上でした。

後でAさんが教えてくださったのですが、五人というのがとても良いのだそうです。男2人女3人、あるいは2人と3人の組み合わせ。まさかここでそれが叶うとは思っていなかったそうです。

おじいちゃんたちは四国からいらしていて、お土産の母恵夢をお裾分けしていただきました。見ず知らずの者同士が、偶然同じ時間に参拝し、祝詞を共に聴き、お土産まで分け合う。
不思議なご縁を感じずにはいられませんでした。

第3章 摂社・五社神社と帰路の不思議

3-1. 五社神社への参拝

本殿での参拝を終えた後、五社神社へもお詣りしました。

五社神社は立里荒神社の摂社で、御祭神は次の五柱です。

  • 天照大神(あまてらすおおみかみ)

  • 大山祇命(おおやまつみのみこと)

  • 保食命(うけもちのみこと)

  • 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

  • 素盞嗚命(すさのおのみこと)

おじいちゃんが先導してくれたので、後をついていって迷わずお詣りできました。

3-2. 帰路で遭遇した車のお祓い

ご挨拶もきちんとできたことだし、帰りのバスに間に合うように降りていきます。お札と御朱印を授かりました。

そして坂道を降りる途中で、またもや祝詞が聞こえてきました。

何だろうと思っていたら、車のお祓いをお願いしていた方がいらしたようで、その現場に遭遇したのでした。
なるほど。これで旅の帰りも安全だな、と勝手に解釈してしまいました。

名残惜しいけれど、この景色を胸に刻んで、帰路につきます。

第4章 祝詞と三宝荒神──神仏習合の深い意味

4-1. 祝詞とは何か

初参拝のときのおじいちゃんの祝詞奏上がとても印象的で、その意味を深く考えるようになりました。

神社本庁の公式見解によると、

祝詞とは「祭典に奉仕する神職が神さまに奏上する言葉」のことです。その内容は、神饌(しんせん)・幣帛(へいはく)などを供え、御神徳に対する感謝や称辞(たたえごと)を奏し、新たな恩頼(みたまのふゆ)を祈願するというものが一般的な形とされています。

日本は古くから「言霊(ことだま)の幸(さきわ)う国」とも称されるように、言葉には霊力が宿り、口に出して述べることによってこの霊力が発揮されると考えられてきました。

祝詞には、こうした言霊に対する信仰が根底にあるため、一字一句に荘厳かつ美しい言い回しを用いて、間違えないよう慎重に奏上されます。

4-2. 荒神様と祝詞の特別な関係

再度参拝することを決めた際に色々と調べていたところ、興味深い記述を発見しました。

荒神様は普段は本殿にいらっしゃらず、祝詞なり(お経なり)をお唱えして、はじめていらしていただける──という伝承があるというのです。

(真偽は判りませんが、なんとなく気になったのです)

荒神社の禰宜である林正裕氏も、奈良県観光公式サイトのインタビューで「信心して祀れば良いことを、そうでなければ災いを起こすとされていて、ご参拝くださる方々には『怖い神様』とよく言われています」と語っています。

つまり、荒神様は誠心誠意お祀りする者には恵みを与え、そうでない者には厳しく当たられる、という性質をお持ちなのです。

初参拝のときに偶然居合わせたおじいちゃんの祝詞奏上は、ただの偶然ではなく、何か深い意味があったのではないか。そう感じずにはいられませんでした。

今回は自分でお唱えをして、ちゃんと感謝をお伝えするときなんだ、と思いました。

4-3. 三宝荒神の像容と神秘

三宝荒神は、日本特有の仏教における信仰対象の一つです。
インド由来の仏教尊像ではなく、日本仏教の信仰の中で独自に発展した尊像であり、日本古来の荒魂(あらみたま)に、古代インドに源泉をもつ夜叉神の形態が取り入れられ、神道、密教、山岳信仰などのさまざまな要素が混交して成立しました。

その像容は、三面六臂(さんめんろっぴ)または八面六臂(はちめんろっぴ)で、怒りの形相を示すことが多いとされています。不浄を忌み、火を好むというところから、近世以降、かまどの神として各家庭で祀られるようになりました。

日本全国に荒神を祀る寺院や神社は約300社あり、その中でも三宝荒神を祀る社は10社程度といわれています。立里荒神社は、その中でも特に霊験あらたかな聖地として知られているのです。

第5章 再訪──霧の中の参拝と御祈祷

5-1. 霧と雨の中の参拝

前回の記事でご紹介したように、再度参拝させていただく機会をいただきました。
この日は、霧の景色に包まれる体験をしました。初参拝のときとは全く異なる、幻想的な雰囲気です。

午前中はびっくりするぐらい雨風が強くて、こういった天気の参拝って何か意味があるのだろうなぁ、と感じました。
しかし、参拝客の足は絶えず。悪天候にもかかわらず、多くの方が参拝に訪れていました。

頂上の本殿前が大行列になりそうだったので、先に御祈祷をお願いすることにしました。

5-2. 奉納と御祈祷の準備

奉納酒に準備してきた熨斗をセットして、御神前にお願いいたします。
奉納の際には、御神饌を授かりました。

御祈祷の用紙に記入し、待っていると、しばらくしてご案内していただけました。御祈祷の待ちは一人だけでした。

5-3. 御祈祷の中で感じた「みたまのふゆ」

いよいよ、御祈祷の場所へ。

静かな時間が流れ、神職さまがいらっしゃり、拝礼と祝詞と……ありがたく拝聴していると、目の前で丁寧に読み上げられる祝詞に、よく分からない想いが込み上げてきました。

「みたまのふゆ」

この言葉が頭の中でグルグルと響きます。

神恩感謝。このときにハッキリと感じました。

5-4. 「みたまのふゆ」の深い意味

「みたまのふゆ」とは、漢字では「恩頼」または「恩賚」と書き、
「神さまの尊い神秘な御神徳」のことで、「神さまの神秘な働きや恵み」を表す言葉です。

「ふゆ」は「振(ふ)ゆ」または「殖(ふ)ゆ」に繋がる言葉とされています。つまり、「神様の力や霊威にふれることによって自分たちもその力に恩恵を受ける」という意味になります。

神様から供給があるとき、私たちの御霊は「殖える」のだそうです。
だから「ミタマノフユ」と申すのだと。

祝詞では「みたまのふゆをかがふらせたまへ」という表現がよく使われます。これは「神様の恵みをお与えください」という祈りの言葉です。

さらに興味深いのは、「フユ」は季節の「冬」に通じ、まさに季節の冬は「御霊が殖ゆる」時期と解釈されることもあるということです。

「ミタマ」とは、私たちの体の奥の奥にある霊魂や生命力のこと。

その内在する御霊を、暖かな春がくるまで、じっくりと心身を清め、しっかりと育て大きくするタイミング。

まさに、冬の時期に相応しい教えではないでしょうか。

第6章 本殿での祈り──祝詞を自ら奏上する

6-1. 感動の御祈祷を終えて

感動の御祈祷を終えてから、いよいよ頂上の本殿へ向かいます。

縁起の一部を改めて確認すると、弘法大師が「日々夜々に参詣し願にまかせて求願すなわち成就すれば神威霊光日々に新たなり」と記されています。

この遥か昔から、高野山と壇上伽藍と密教守護に大いなるお力を発揮された荒神さま。そのお力と、絶え間ない祈りの力に対して、感謝をお伝えしたいと思いました。

6-2. 本殿前での祝詞奏上

いよいよ、本殿の前へ失礼いたします。

般若心経、祝詞。そして、間違えたら失礼だと思い、持参した祝詞の本を出して大祓詞。さらに、ご真言を唱えました。

傘は最初さしていたけれど、途中で面倒になって、雨に濡れながらのお参りです。

一旦失礼してから、ぼーっと本殿の方を拝見していたら、誰もいなくなるタイミングができて、さらにお参りしました。

このとき、静寂と風とこの場所を包み込むような不思議な感覚があって、「きっと、今がスペシャルタイムなんだ」と感じました。

6-3. 御神木と本殿の秘密

立里荒神社の本殿には、一つの特徴があります。

本殿の軒が円形に繰り抜かれており、そこから杉の木が貫通しているのです。生命の力を感じられるパワースポットとしても有名です。

荒神社の禰宜である林正裕氏によると、「祖父の時代から『木は大切に守り育てなければならない』として植樹も行っています。この教えは本殿の建て替えの際も生かされ、境内で育った杉を伐採せずに屋根を貫通させ、そのまま育つようにしました」とのことです。

自然を大切にする心が、建築にまで反映されている。これこそが、日本の神道と仏教が融合した神仏習合の精神ではないでしょうか。

第7章 御祈祷の授かりもの──剣の意味

7-1. バスの車窓から見えた眼力大明神

バスの到着まであと少ししか時間がなかったのですが、めっちゃお腹が空いていて、珍しく草餅をいただきました。
参籠所ではうどんなども召し上がることができるそうです。

バスに乗っている車窓から、眼力大明神が拝見できました。

7-2. 御祈祷で授かった御供物──剣

御祈祷で授かった御供物を確認すると、なんと剣が入っていました。

剣です、剣。

荒神様は三面六臂の姿で、その手には宝剣などを持っておられることが多いとされています。剣は邪気を払い、不浄を断ち切る象徴です。

この御供物は、荒神様からの「邪気を払い、清浄な道を歩め」というメッセージなのかもしれません。

結び──「高野山の奥社」が教えてくれること

立里荒神社への二度の参拝を通じて、多くのことを学びました。

初参拝での五人参拝と祝詞奏上の偶然。
再訪時の御祈祷で感じた「みたまのふゆ」の深い意味。
雨の中で感じた静寂のスペシャルタイム。
そして、御供物として授かった剣。

これらすべてが、弘法大師空海が1200年以上前にこの地で祈りを捧げた、その祈りの力の延長線上にあるように感じます。

弘法大師は高野山の大伽藍を建立する前に、まずこの荒神岳で17日間の祈願を行いました。伽藍繁昌・密教守護を祈願し、その後に伽藍建立に着手された。

つまり、祈りが先にあり、その祈りの力によって現実の建築が実現した、ということです。

私たちの人生においても、同じことが言えるのではないでしょうか。

何かを成し遂げたいとき、まず祈りから始める。
神仏に感謝し、導きを請う。
その祈りの力が、現実を動かしていく。

「みたまのふゆ」
──神様の力や霊威にふれることによって、
自分たちもその力に恩恵を受ける。御霊が殖える。

立里荒神社は、その「みたまのふゆ」を実感できる聖地なのかもしれません。

高野山を訪れる機会がありましたら、ぜひ立里荒神社まで足を延ばしてみてください。高野山からバスで約40分。土日祝日に運行される予約制の急行バスで向かうことができます。

雲海の絶景、連続する白木の鳥居、山頂の清浄な空気。そして、1200年以上前から絶えることなく続く祈りの力。

弘法大師が「御一生の間は毎月当山に参詣ありし」と伝えられる聖地で、あなたも「みたまのふゆ」を感じてみてはいかがでしょうか。

次の機会には、火焚祭に伺いたいです!


では。

いつも、ありがとう^^


@Rico

幸せは自分のために
世界が平和であるために

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