ハッピー・ピンク・ベアー 〜頑固ジジイVSロマンス詐欺師〜(後編)
ロマンス詐欺師・千恵と私は、まるでテニス史におけるフェデラーとナダルのようなラリーを続けていた。
千恵が球速の速い球を打つと、私も同じく速い球で打ち返し、私がサイドに振ろうとすると、華麗なスライスで千恵が立て直して来た。
相手はロマンス詐欺師、と頭ではわかっているが、女性に縁遠い私は、毎日女性からメッセージが届く、という状況に心が弾んでいた。当初、チャーハンのレシピを聞き出してやろうと息巻いていたはずが、逆に私が自分のチャーハン論を詐欺師に熱く語っていた。情けない。
しかし千恵は私の返信が滞っていると、カラフルなハートが周囲で弾け、ピンク色のクマが手足を広げてジャンプするスタンプで追撃して来る。ちょっとやり過ぎではないかと笑ってしまった。なんと積極的なのだ、千恵よ!
残念だったのは私の方では千恵さん、と語りかけているのに、千恵の方では私の名前を一向に呼んで来ず、一貫して“あなた”としか呼ばない点である。戦いの舞台はインスタのDMからLINEへと移っており、私のLINEは本名フルネームなのだから、苗字でも下の名前でも呼べるはずなのだ。千恵よ、あえて相手の名前を呼んだ方がポイントは高いのだぞ?
それにしても日本語が異常に上手い。GO羽鳥氏の記事では、基本的にこの手のロマンス詐欺師は日本語がカタコトであり、上手いにしてもどこかしら破綻していた。だが千恵のメッセージはどうだろう。以下はLINEへの誘導メッセージ全文である。
「このような誠実な表現を本当にありがとうございます。私もあなたとここで交流できて、とても嬉しいです。あなたが私のことをこんなに理解してくれて、本当に心が温かくなりました。誰にでもそれぞれ独自の魅力があります。あなたにもきっと、たくさん称賛に値する場所があります。私の母から伝わったレシピについて、喜んであなたと共有します!私たち、LINEを追加して交流を続けませんか。もしLINEを使っている中で、何かおかしいと感じることがあれば、いつでも私をブロックして構いません。それであなたに何か損があるわけではありません。私はただ、あなたと良い友達になりたいだけです。(にっこり照れ笑い絵文字)」
2段落目の“場所”は“箇所”などの方が良いかとは思うも、おそらく最も巧拙が出やすいであろう、助詞の使い方ひとつ、おかしいところがない。これが全メッセージそうなのである。
じゃあもう日本人なのでは?とも思うが、お読みいただいた通り、日本人だとするには表現が固過ぎて、不自然なのである。AIを使って、いくらそのAIが進化しているからと言っても、ここまで欠陥のない日本文が書けようか。
そこに矛盾を感じていたが、それを解く鍵となる内容を千恵自身が送って来た。いまは日本住みだが、海外生まれ・英語育ちなので日本語は勉強中らしい。Google翻訳も使っているそうだ。なるほど。
翻訳を使うのはもちろん構わないが、こんなにガチガチに整った日本語を書いて寄越すより、多少間違おうとも自分の生きた言葉で伝えようとした方が勉強になるのではないか。千恵の言うことが本当であればの前提だが...
そんなこんなで2週間以上やり取りを重ねていたが、千恵が私にしてくれるように、私が千恵にも質問をしたことに対して、「それはまた時間があるときに話しましょう」と逃げられる機会が増えてしまった。
それはちょっとないだろう。かかってこんかい、千恵。「時間があるとき」とは一体いつなのだ。それほど踏み込んだ質問でも、複雑な説明を要する質問でもない。私はもっと千恵に自分自身のことを語って欲しかった。これでは私も萎えるし、もはやロマンス詐欺として成立していない。
ついに私を詐欺にかけようという決定的な証拠が出ぬまま、私はそれ以上千恵に返信するのをやめてしまった。萎えたのもあるが、この先で千恵に詐欺の話などして欲しくなかったのかもしれない。
私のLINEには「最近、忙しいですか?」で止まった千恵のトークが消せずに残っている。何とも切ない幕切れとなり、久々に寅さんでも観たくなったのであった。
追伸、その後何日かしてLINEを開くと、LINE名の Chie が Emi に変わっていた。はい、ロマンス詐欺師確定!!!
