「配偶者は神が選んだ人である」と結婚20年ほど経ってようやく分かりかけてきた件
別記事で祝福結婚(合同結婚式)について書いた。そこでは結婚に至るまでの経緯を書いた。本記事ではその後から今に至るまでの振り返りを書いてみたい。
祝福を受ける時は「祝福の相手は神が選んだ方である」と教わる。私が祝福を受けたのは200X年だったが、昔の先輩たちもそう教わったはずだと認識している。今の若い子たちはどう聞かされているかはよく知らない。
あと数か月で結婚20年となるので、ここで「祝福の相手は神が選んだ方」は本当だったのかなと振り返ることにした。
結論から言うと「Yesと言って良い」となる。若干煮え切らない答えではあるが、自分自身の率直な思いなのでご容赦願いたい。
以下、その根拠を述べる。
煮え切らない理由
いきなり煮え切らない理由から述べるが、これはひとえに私が鈍感だからである。
そもそも祝福を申し込むときも、自分はお見合い感覚でいた(上掲記事参照)ので、あまり神秘性を期待したわけではなかった。
また結婚生活約20年の間に「お嫁さんは神が選んだ方」とはっきり痛感できる出来事も特に起こらなかった。もしかしたら起こっていたのかもしれないが、鈍感ゆえに気づかなかっただけということはありうるが。とにかく「この瞬間、お嫁さんは神様が選んだ方なのだとはっきり悟ったのだ!」という体験が今のところない。
そして、明確な根拠がなければ断定は避けたいという自分の性格があるので、「明らかにYes」ではなく「Yesと言って良い」と多少ヒヨって結論することにしたい。
今でもお嫁さんが好き
「何を当たり前のことを...」と思う読者もいるかもしれない。ただ私はかなり飽きっぽい性格で、例えば職場に飽きて3回転職をしている。職種は一貫してシステムエンジニアをやっているものの、関わるプロジェクトに飽きるなどして転職を3度したという意味である。
そんな私が家内のことを20年経っても好きでいられるというのは、私にとっては実は奇跡なのである。
ただしずっとラブラブということではない。
出会ったばかりのころはお互いを知らないので、初々しくも不器用な接し方しかできなかった。
慣れてくると「この人はいい人だな」から始まり、徐々に恋愛感情が芽生えてくる。
子供が生まれると忙しくなり、恋愛感情はどこかしらに吹っ飛ぶ。
子供が成長し少し余裕ができると、再び夫婦で向き合う時間ができるようになる。しかしその時には相手の欠点が目に付くようになった。ただ相手を嫌いとはならない。そこは不思議なのである。
今はお互いの欠点は認識しつつも、それでも好きでいる。欠点自体はさすがに好きにはなれないが、人としては好きでいるという意味である。
本来飽きっぽい私が、飽きがこない家内に出会えたという意味では奇跡であり、これは神様が与えてくださった方なのかなと思える。
いろいろ助けてくれる
私が仕事やら教会のイベントやらであまり家のことをやれないことがあるのだが、そんなとき家内が不平も言わずに代わりにやってくれる。しかも、あっけらかんとした感じでやってくれるので、こちらは申し訳ないという感情が湧いてこない(感謝はしなよという声がどこからか聞こえてきそうだ。)ただこちらも気を使わなくてよいというのは、ありがたいことなのかなと思う。
また私がどうしようか決断しかねるという場面で、家内が自分の考えを述べたり、背中を押してくれたりする。いつの間に貯めてたのか分からないが、ヘソクリを出してくれることも幾度となくあったのだった。
結論として、私を手伝ってくれる人ということで神様は家内を選んでくださった、と言えるかもしれない。
自分を磨ける
逆に私が家内を助けるという話である。
家内の欠点だと思っているところだが、とにかく家内はルーズなのである。包丁やまな板を使ったまま放置だとか、残り物のおかずを冷蔵庫に入れてないとか。仕方がないので私が代わりにやるしかない。ちなみに土日祝は私が料理+食器洗い当番、平日は家内が当番。ただ先述のように家内がやり残した分を私がやることもある。
教会からは「人を変えることは難しいので、自分から変わるしかない」と教わっているので、家内がやれなかった分(やらなかった分)は私がやることにしている。
それでどうなったかだが、若いころに比べて几帳面さを持てるようになった。職場ではだいぶ仕事を丁寧にやれるようになった。昔は雑な仕事ぶりだったが、今はかなり正確に仕事をできるようになった。
家内は今もルーズなままだが、まあ家内の性格なのかと思えば性格なのかもしれないし、逆に家内が几帳面な性格だったら今ごろ小言とか言われているのかもしれないので、一概に悪いとも言えない。
結論として、神様は私を成長させるために家内を選んでくださった、と言えるだろう。これはかなり確信している!!
また相手の欠点が見えてくるのは決して悪いことではなく、相手への理解が深まってきた証拠でもあるし、そこからが自分磨きのスタートであるとも言えると思う。
みなさんの配偶者も...
ここまで読んでいただきありがとうございます。
「自分は無宗教だよ。でも配偶者とは長年連れ添っているし、今でも大事な存在だよ」という読者もいるかもしれません。もしかしたらその配偶者の方も実は神様が選んでくださったのかもしれませんよ!!
