見出し画像

アイツはFZRで

 エンジン音がこだまする。
4サイクルの250CCの2台のバイク、FZRとZXRが並んで、夜の国道2号線(ニコク)を走る。

 私とタカは、同じ年齢。
2人は小さい頃からの幼馴染だった。
四年生で、転校してきたタカ。
そのときは、目が大きくてよく笑うやつ。
そんな印象しかなかった。
中学になってもそんなには仲良く遊んだりしなかった。

 高校になった途端、距離が縮まり、一緒に遊ぶようになった。背格好もほぼ同じ。少し私が、痩せてはいたが近所で一緒のバイト。
タカに誘われてスーパーの魚屋さんをするようになった。

 その中でも、二十歳くらいのときの思い出が一番記憶に残っている。
悪いことは大体タカから教わった。
タバコやバイク、女の子のナンパの仕方……。
酒だけはタカは飲めなかった。
兄貴の影響か、大体タカは進んでいた。

 ある日、
「まこっちゃん、バイク乗らへん?」
タカが乗ってる原付バイク。
もちろん免許は持っていたが、人のバイクに跨るのは抵抗があった。
「やめた方がいいって、オレが転けたらバイクも壊れるから」
と、心配そうに言う私を抑えて、
「大丈夫! 絶対こけへんから」
と、楽天的なタカ。
結局乗ることになった。
しかし、当時のジョグというバイクは予想以上にパワーが出て、尚且つタカの魔改造。
私は一気に体を持っていかれ、ジョグだけが1人で走っていってしまった。ジョグどころじゃなかった。ダッシュで……

 道端に転がったジョグを見てタカは悲しそうにしていた。
「やっぱ、ニーハン買うわ。ニーハン」
と、志を新たにしていたが、それとは裏腹に、転がったジョグの車輪は虚しくカラカラ音を立てて回っていた。

 その後、タカはYAMAHAのFZR250を先輩から購入していた。格安で10万くらいで買えたらしい。
私は、タカの影響で、カワサキのZXR250を50万円"おかんローン"で中古で買った。

 その「バイクたち」で、どこにでもいった。
南港、北港、須磨海岸。
大体出かけるのは夜で、海が多かった。
カップルが夜景を見にきているのを横目に2人でケタケタと笑っていた。
あの頃はバイクに乗ってるだけで良かった。

 ネオンがピカピカする大阪の街を2台のバイクが独特な高いエキゾースト音を出しながら走る。
闇を切り裂く2台のバイクは仲良く縦に並んだり、ときどき抜かしたりして走った。
お巡りさんの前では優等生。法定速度遵守。
60キロまではアクセルを全開に振り絞って、フォーン、フォン、フォーンとバイク乗りしか分からないかっこいいアクセル音を鳴らしながら……

 ある秋の夜、いつもの緑地公園のジャングルジムの上でヘルメットを片手に2人で缶コーヒーを飲んだ。
「こうやって、なぁ、マコト。
いつまでもバカやってたいな」
と、甘ったるいコーヒーを飲みながらタカは言った。
「なんやー。急に気持ち悪いなー」
そう言いながらも、私は何だかタカが急に遠くに行ってしまう気がした。
「いや、そう思っただけ。深い意味ないから」

 雲一つない空に、満月が怪しく光っていた。
コオロギの鳴き声が、静かな夜に響き渡っていた。風が強く吹きつけ、肌寒くなってきたので、尾崎の歌を2人で歌いながら帰った。

 翌朝、タカから一本のメールが入っていた。
「マコト、おれバイク降りるわ」
その一言が、私の心に重くのしかかった。
2人だったから、乗ったバイク。
2人だったから、走ったニコク。
2人だったから、行けた緑地公園。
その全てへのさよならに思えた。

 私はバイクに乗り続けた。
その後、何年も何年も。
おっさんになった今も乗っている。
タカはあれから就職して、車の運転を仕事にし始めた。
免許の大事さに気づいたらしい。
でも、あれほどの楽しいキラキラした夜たちを私は知らない。

 今は、相棒はXJR(ペケジェー)に変わった。排気量も増えて400CC。でも、この心強い相棒を持ってしても、あのZXR250の思い出には及ばない。

 バイクは好きだけど、あの夜走ったニコクが忘れられない。FZRの魔改造マフラーから奏でられるタカのアクセルミュージックを今も私は探している。
タカにはあの道では二度と会えない。
アイツはあの日、バイクとさよならしたから……。

おれ、置いてかれたんかな。
アイツはいつも先に走るからな。

今、どのへん走ってんだろう?


いいなと思ったら応援しよう!