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【企画SS#片想い文芸部】海風

(約2,000字)

「海風ですね、一番の気がかりは。やはり塩害対策は必須かと」
「塩害対策」
「はい。海沿いどころか、浜にあるわけですよね、海の家って」
「まぁそうですね」
「どんな塗料を使うものなんでしょう。施工段階から専門業者なのか、外壁だけ特注なのか、自分で対応することも可能なのか。言われてみれば気になります」
 瞳を輝かせる上司に、わたしは全身から力が抜けるのを感じた。
「言われてみれば、とおっしゃいますが、わたしが話題にしたのは海の家の塩害対策ではありません」
「え?」
「夏休み、海に出かける同僚も多いですが、木戸さんは海とか行かれるんですか。単にそうお尋ねしました」
「え」
「それが、口を開けば塩害対策。会話になっていません」
 その高速回転する頭のなかで、どんな連想ゲームな繰り広げられたのか。わかる気もするがわかりたくない。
 ぷりぷりと怒るわたしに、上司はしょんぼりと眉を下げる。ズルい表情。
 毎度律儀に痛む胸さえ、苛立たしい。
「すみません、間宮さんがせっかく雑談を振ってくれたのに」
「本当です。人生で初めて、塩害対策というワードにリソースを割いてしまいました。息抜きどころか逆効果です」
「え、塩害対策について……」
「考えたことはありません。住んでいるのは海辺でもないし、海に行った時は遊ぶか、気にするとしたら自分の日焼けです!」
 海に遊びに行って、海の家の塩害対策を気にかける女性などいるのだろうか。建設業界も女性進出著しい昨今、もちろんいないとは言い切れない。好きなものは人それぞれだ。
 でもたぶん、いやきっと、一般的な話題ではない。
 少なくとも好きな人との雑談で、「〇〇浜の海の家の塗料は特注らしいよ」「へー、●●県では一般的なのかな」なんて会話をしたい女性は、わたしの周りにはいない!
 怒り冷めやらないわたしに、上司は眉を下げたまま、機嫌を取るように微笑む。
 ズルい表情。胸の痛みに苛立つ。
「珍しいですね、間宮さんが私との会話でお怒りになるのは」
「そんなことはありません」
「いえ、業務を勝手に拾ってくることを諌められる、といったことはありますが。雑談でご気分を害されるのは初めてでは?」
「単に雑談の機会が少なかっただけでは。事例が増えただけです」
「そうでしょうか」
 上司の瞳がキラリと光る。
 ロジックの矛盾を突くワーカホリックの色でも、子猫の動画が好きだと言った柔らかな色とも違う光。
 なんだその瞳は。
 新規情報に脳が混乱する。塩害対策でリソースを使ったせいで、状況をうまく処理できない。
「先日もお伝えしましたが、私の言動が間宮さんのお悩みになるようなら、きちんと言ってください。できれば、具体的な改善策もいただけると助かります」
「か、改善策?」
「はい。例えば先程の話であれば、どうお返しするのが雑談としてスマートだったのか、など」
「雑談としてスマート……」
 力が抜ける。
「すみません、わたしの感情はわたしの問題であって、木戸さんのお答え自体に問題があるわけではありません」
「ですが」
「そもそも雑談ですから、どう返そうがお好きになさればいいんです。塩害対策がわたしの想定になかったとしても、別に悪いことでは」
 そうだ、悪いことではない。他の人ならせいぜい苦笑して終わりだ。「木戸マネ、色気ないなー」と。少し前なら、わたしだってそうだったはず。
 塩害対策に持っていかれて怒ってしまうのはわたしの都合。わたしが勝手に、がっかりしてしまっただけだ。
 木戸マネ、色気ないな、と。
 胸が痛む。苛立たしい痛み。
 この人にとって自分がただの部下でしかないなんて、充分わかっているはずなのに。
 感情はやっかいだ。どんなリソースをどう投入すれば、このやっかいものをコントロールできるのだろう。
 海風を毎日受けても劣化しないための、特殊塗料のように。
 この心にも、恋愛対策の特殊装備を施したい。
「え、なら塩害対策でもいいんですか?私の返答」
「どうぞお心のままに。残念ながら、その話題に対応できるリソースはわたしにはありませんが」
「ではやはりダメですね、塩害対策はやめましょう」
「なぜですか」
 上司は首を傾げて、こともなげに言った。
「間宮さんと楽しめない話題なら、雑談には不向きです。塩害対策は私が個人的に考えるとして、ふたりとも興味のある話題でなければ」
 何がよろしいですか、と微笑まれて、心にごぉっと海風が吹く。
 
 急募、恋愛対策特殊装備。

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よろしくお願いいたします。
#片想い文芸部
#海風

木戸マネにロマンチックトークは無理だよ間宮さん……

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