【BL短編】お気に召すまま(後編)
ポップで楽しいラブコメを目指して始めたBL約15,300字の後編(約7,000字)です。
前編はこちら↓
ポップで楽しい、とは…?
という状況で終わってしまった前編、果たしてどうなるのか!?
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「なんか調子悪いですか?」
「いや、別に」
「そっすか、ハンコください」
軽薄に流して、後輩は書類を差し出す。内容を確認して検印欄に押印して返した。
「部署名抜けてるぞ」
「ほんとだ。すみません」
「社内便って13:00締めじゃないか?総務に一声かけたほうがいいぞ。この後、部長まで回してから送るんだろ」
「そっすね、そうします」
あざっす、と軽薄な返事をした後輩は、そのまま机の前から動かない。
「…なに」
「櫻井は調子悪そうですよ」
「は?」
「気になってるかな、と思って」
一声、かけたほうがいいんじゃないですか。それだけ言うと、後輩は軽薄に笑って去っていく。意図を確認する時間を与えないままに。
櫻井は調子悪そうですよ。何の感情も含まれていない言葉に、胸が痛む。…今日はまだ、まともに顔を見ていない。
櫻井は外訪中だ。戻り予定は夕方になっている。その頃、俺は会議予定。たぶんそのまま終業時間になって、今日は特に接点もなく帰ることになるだろう。
一声かける時間などない。それを残念だと思っているのか、ホッとしているのか。
「…さすがに卑怯だな」
ホッとしている、間違いなく。櫻井が俺を避けて予定を組んだだろうことは察しがつくし、それすら俺のためだろうこともわかる。彼が予定を変えなければ、俺が変えたはずだからだ。
合わせる顔なんてない。そんな俺が、何を言える?『調子を悪く』させた本人が。
このまま時間が経つのを待つしかない。正確に言えば、彼が吹っ切れるのを待つしかない。卑怯すぎる考えにいっそ笑えてくる。
胸の痛みさえ卑怯でしかない。彼がなぜあんなにも真剣に、こんな人間を求めるのか。俺にはどうしてもわからない。
と、感情的な気分で考えていたものの。
「おいこら、いい加減にしろ」
「うわぁ小森さん!?」
書庫で捕まえると、櫻井は端正な顔を崩してびたんと壁に張り付いた。その前に立ちふさがって、逃げられないように壁に手をつく。見上げる形になるのは格好がつかないが、しかたない。
前にあったな、同じ状況が。
「ちちち近い!」
「うるさい、おまえもやったろ」
「やったけど!うわこれは無理、離れてください!」
「ふざけんな、自分は『退かないですよ』とか平気で言ってたくせに」
「言ったけど!僕と小森さんじゃダメージが違うでしょ!?」
「はぁ?」
櫻井は眉をハの字にして、手で顔を覆う。乙女か。
「好きな人からの壁ドンは無理」
乙女だった。
「好きな人ね、じゃあ喜べこの状況を。おまえの大好きな至近距離だ。俺がどんなに離れろって言っても聞かなかったよな?」
「うわあのやりとりの後でその発言します?」
「おお、幻滅したか?俺は割とこんなんだぞ。いつも自分のことしか考えてないからな」
「は?するわけないでしょ、僕がそんな軽い気持ちで好きになったと思ってるんですか?」
噛みつくところがおかしい。
「まずは『小森さんはそんな人じゃありません』が相場だろ…」
「あ、ごめんなさい…つい」
「つまりおまえは、俺のことを酷い人間だと思っていると」
責め立てるとぐっと詰まって、それから挑むように真っ直ぐに見返してきた。
「はい。でも、ズルいところも、酷いところも、全部含めて小森さんだし、…全部含めて、好きです」
挑発的な表情を裏切って、その頰は燃えるように赤い。言い切って唇を噛みながら、それでも逸らさない瞳。
全身から力が抜けていく。
なんて強くて、真っ直ぐなんだろう。そんな彼が、
「…なんで俺を好きなんだよ…」
もっとふさわしい人間がいくらでもいる。イケメンで、スタイルが良くて、優しくて楽しくて優秀。押しが強いくせに、相手を尊重することを忘れない。
完璧すぎる。何をとち狂ったら、そんな人間が俺なんかを好きだと言い出すのか。絶世の美女に見える呪いでもかけられたんじゃないか?
「今のはまじでつまんないんで、聞かなかったことにします…」
「うるさい。質問に答えろ」
恥ずかしくて無駄に高圧的になってしまうではないか。いらんことを言うな。
あれから1週間、櫻井は俺を避け続け、調子は狂いっぱなしで細かなミスを連発している。顧客に迷惑をかけないのはさすがだが、元がしっかりしている分、様子がおかしいことは周囲にもすぐに気づかれた。最初こそ珍しいと微笑ましく見ていた同僚たちも、今ではさすがに心配している。
「仕事に支障が出るのはいただけない。何より、そんなことじゃおまえが自分を責めるだろ。この際、はっきりさせるしかない」
「うわ、人が頑張ってるときはあんなに逃げ回ってたくせに。この状況でそっちから攻めてくるのほんとズルい」
「我ながらそう思うが、しかたない。諦めろ」
「あーもーそういうとこなんだよな…ほんと無理…」
「いいから質問に答えろ。おまえ、絶対何か勘違いしてるぞ」
「してません」
無駄にはっきり言い切って、櫻井は睨むように俺を見る。
「小森さんは優しい。いつも自分よりも他人を優先して、でもそれを感じさせないようにしてる。自分の配慮が、相手の負担にならないように。優しさの出し方まで優しい。そんなところが好きです」
「…勘違いだ」
いいえ、と強く否定して、櫻井は言葉を続ける。静かに、でもはっきりと。
「僕、こんな見た目だし仕事得意だから、いつだってできて当たり前です。ほとんどフォローなんてしてもらえないし、誰のものでもない仕事は大抵僕の担当になる。雑用なんかは、単に気づいちゃうからやることになるし。学生のときからそうだったから、もう別にそんなもんだって思ってますけど」
まるで他人事のように淡々と語られる笑顔の裏。きっと誰にも言ったことはないのだろう。愚痴と言うにはあまりに淡々としすぎていて、語り慣れていない。
「ズルいな、と思うこともあるけど、なんか全部めんどくさくて、ヘラヘラしてればいいならいいか、って思ってました。でも、小森さんと同じチームになってからは、ひとりじゃない時間が増えて」
「たまたまだろ」
「違います。小森さんが僕に気づいてるからです。ひとりでやってた雑用は気づけばふたりでやってるし、今日終わらないかな、って思うときには『引き取る』って言われるようになった。僕の残業時間、明らかに減ってます」
「俺じゃなくて、課長の指示かも」
「そんなわけない。だって僕が抱えてる仕事、他部のもあったもん。引き取れって指示が出るわけないです」
「いや、それはまじでやめろ。普通に越権行為になるだろ」
「すみません、もうしてません。僕が何でも引き受けちゃうと、そのシワ寄せが小森さんにいっちゃうって気づいたから、断るようになりました」
しょんぼりと謝る姿は、年次相応の頼りない後輩だ。華やかに、軽やかに、堂々と仕事をこなすいつもの姿からは想像できない。
「…もっとそういう顔すればいいのに」
「嫌です、自分に優しくない人の前で弱さを出すのは危ない」
「なんだその闇を感じる発言は」
「それはいいです。とにかく、僕は小森さんと一緒に働くようになってからすごく楽になりました。でも小森さんはそんなこと気づいてないだろうし、関係が崩れちゃうのは嫌で…単なる仲のいい後輩でいたかったんだけど」
苦しそうに眉が寄る。その表情に、俺の胸も鋭く痛む。
あの日、櫻井が言ったことだ。
「あんなふうに言われたら、もう我慢できなくて。ああ俺、この人の傍にいたい。俺だってこの人のために、ちゃんとできることをしたい、って思っちゃって。…それくらい小森さんに救われてたんだって、初めて知ったんです」
そうだ、ささいな傷は目に見えない。あからさまな加害ではなく、期待の裏返しならなおさら。櫻井が今まで愚痴にすらできなかったのも、相手を間違えば攻撃の対象になることがどこかでわかっていたからだ。
攻撃にならなくても、きっと普通ならこう返される。『いいじゃないか、期待されてるってことだ。負担が多いなんて、仕事ではむしろご褒美だよ』。
そんな返しは、気づかれないことよりもずっと辛い。辛いという感情を否定されることになるから。
受け取ってもらえないことは、差し出した分だけ自分を余計に苦しめる。だから彼は、黙って笑っていたのだ。それが一番、自分を傷つけないとわかっていたから。
だからそのときの俺の発言は不用意に過ぎる。彼が必死で守っていた足場を、俺の言葉が崩してしまった。受け取ってもらえるという期待を抱かせてしまった。
受け取ってほしかったのだと、彼に気づかせてしまったのだ。
「…ご」
「謝らないでくださいね。惨めすぎるから」
容赦なく逃げ道を塞がれて苦笑するしかない。この状況に腹をくくったらしい櫻井は、俺に安易な罪悪感を許すつもりはないようだ。
「そのことはもう吹っ切れてます。僕を受け入れるかどうかは小森さんの自由だし、無理して付き合ってもらっても嬉しくないから」
でも、と声が小さくなる。逡巡の気配に言わなくていいと言いそうになるが、それも惨めにするだけなのかもしれない。そう思うと何も言えなかった。
もはや自分の何が卑怯で、何が彼への配慮なのかわからない。最初からすべてが卑怯だったのかもしれない、とぼんやり思う。
「小森さんにとっては、警戒の必要もないくらいどうでもいいことなのかなって思ったら、急に力が抜けちゃって…ただのワガママなんですけど、酷いって思っちゃって。自分を抑えられませんでした」
すみませんでした、と謝る声は、静かだがはっきりしていた。真っ直ぐな瞳は強く光っている。
「どんな顔すればいいのかわからなくて、この1週間もただ避けるしかなくて…だから、ありがとうございます。ちゃんと話せて良かったです」
「…勝手に綺麗に終わらせるな。俺が酷いってことになってるだろ」
俺の言葉に櫻井の表情が揺れた。眉がハの字に下がって、強い光を放った瞳は長い睫毛で伏せられる。
「だって…他にどうしようも」
「それはそうだけど。せめて言い訳くらいさせろ」
「ええ…フラれたのに言い訳まで聞かなきゃいけないのかわいそ過ぎません?」
「それはそうだけど!」
「いいですよ聞きますよもちろん。…小森さんのお望みなら、なんだって」
眉を下げて、ふわりと櫻井は笑う。困ったように、寂しそうに。
胸が痛い。そんなふうに感じる資格はないのに。
俺は壁についていた手を離し、櫻井と並んで壁にもたれた。
「ええ…人に言わせるときは正面だったのに?」
「う、…ごめん」
「そういう、ナチュラルにズルいとこも悪くないです」
趣味が悪い。
「…おまえの気持ちは嬉しいけど、他人と深く関わるつもりはない。俺の言動が考えなしだったのは、悪かったと思ってる」
「…はい」
「仕事では今までどおり、気づいたところはフォローするし、周りにもおまえに甘えないように注意する。それは先輩としての業務範囲内だから、特別な意味はない。だから…」
「はい。僕たちは単なる同僚。先輩後輩。今までも、これからも。…ですね」
櫻井が薄暗い天井を見ながら言う。口元に薄く笑みを浮かべて。
一番辛い言葉を当たり前に引き取るのは、無意識なのかあえてなのか。俺のためだとしたら、やっぱりこいつは趣味が悪い。
「他人と深く関わるつもりはない、ってとこ。…理由があるなら、教えてもらってもいいですか」
目が合う。寂しそうに揺れながら、それでも微笑もうとする瞳。
俺には、これを受け止める強さはない。
「…大した理由じゃない。疲れたんだ、いろんなことに」
櫻井は黙って続きを待っている。俺は自分のなかに言葉を探す。どこまでも俺に誠実な後輩に、少しでも見合う言葉を。
「おまえも言うとおり、俺は他人をよく見てる。無意識だからどうしようもないけど、見ていれば気づく、いろんなことに。こうしたほうがいいだろうな、って考える。考えたら行動する。その繰り返しで、俺はいつもほんの少し、他人のために自分を使う」
例えば自分が何かを飲むとき。
例えば自分が寒いとき。
例えば相手が眠そうなとき。
相手にしたほうが良さそうなことを、まず考えてしまう。
「頼まれたわけでもなく、相手はしてほしいと思ってるかもわからない、完全に俺の勝手な行動だ。だから相手に何かを求めるのはおかしいし、相手の無反応が嫌なら俺が行動を変えればいい。…でも無理なんだ。相手を見るのも、気づくのも、行動するのも無意識だからやめられない。…だからもう疲れた」
相手の無反応を寂しいと思ってしまうことに。
相手から、同じような好意が返ってくることを期待してしまうことに。
それが得られずに勝手に失望することに。
…失望してしまう自分を、嫌いになることに。
「人間関係は仕事で充分だ。仕事なら、俺の行動は仕事のために必要なフォローになる。評価という見返りを期待するのもおかしくない。だからプライベートで他人と関わるつもりはない。…悪いけど」
俺の言葉を、櫻井は黙って聞いている。瞳は少しだけ見開かれて、寂しさとは違う光が揺れているようだ。 唇が小さく、「それって」と呟いた。
「相手が無反応じゃなきゃいいってことですか?」
「え?」
「相手が小森さんの好意をちゃんとわかって、優しくしてもらってることをちゃんとわかって、返してくれる相手ならいいってことじゃないですか?」
「…え?」
そうなるのか?そう言われるととんでもなく子どもっぽい、くだらない理由に思えて、自分でも呆れてしまう。
やっばり、俺は人間関係に向いていない。
「そう…なのか…?うわ、恥ずかしいなそれ。わざわざ言うなよ、そうですかって流すとこ…」
「だったら僕なら良くないですか?」
「は??」
がばっと壁から身体を離して、櫻井が俺に向き直る。その勢いに驚いて、壁にしたたかに肩を打った。
痛い。いや、それより。
「おまえ、今なんて…」
「僕なら良くない?だって僕、ちゃんと気づいてる、小森さんのフォロー。喜んでるし、応えたいって思ってる。小森さんがしてくれること、僕も返したいって。だから傍に置いてくれって言ってるんですよ」
「え?いやでも…」
「僕、小森さんを見てます。小森さんが何してほしいか、僕に何ができるか一生懸命考えてる。そりゃ、最初は知らないことばっかりだし、上手くできないだろうけど…でも知ろうとしてる、小森さんのこと。小森さんがしてくれることには絶対気づけます。ねぇ、僕なら、…僕なら、一緒にいられるんじゃないですか?」
「え?…え?いや、ちょっとまっ…」
「あれ?僕フラれてない?OKってこと?」
「いや待てそれは違う」
混乱している、ふたりとも。櫻井は素早く壁に手をついて、俺の前に立ちふさがった。
「ち、ちち近い!」
「さっきまで自分もやってたでしょ、逃がしませんよ」
「いやいやなんだ急にそのテンション」
さっきまで完全に傷心モードだったじゃないか。切り替えが早すぎてついていけない。
「だってフラれてなかったんだもん、傷心でいる必要ない」
「いやだから違うって」
「なんで?他人と関わりたくない理由、僕には当てはまらないって説明したでしょ。何回でも論破しますよ」
「いやいやなんでおまえのターンに!?」
「だから諦める必要がないからです、って。僕イケるもん絶対」
なんなんだその自信は。切り替えが早すぎてついていけない。
「むしろ僕を受け入れるべきです。小森さん、初めて自分があげる以上に渡される経験できるんですよ?知らなくていいの、それ」
「ええ?なんで急にそんな強気に…」
「ね、試してみましょう。僕を傍に置いてみて、今までとは違う他人との関係になるかどうか。やっばムリ、って思ったら言ってくれれば」
「ええ…やっぱムリとか言われて諦められんのかよおまえ」
「いえ、言ってくれれば直しますから」
「諦めるんじゃないのかよ!試しでもなんでもないじゃねーか!!」
「あ、そうか。まぁ気軽に、ものは試しって意味で?ねぇお願いします、いいよって言われなければさわりませんから」
「いやだからそういう、犬みたいな扱いは俺がムリ…」
「じゃあいいですか?普通にイチャついて」
「いや待て、まず傍にいていいとは言ってない!」
「ええーーー」
混乱している。櫻井が言うことが理解できない。…いや、理解できるから、理解したくない。
だって、理解してしまったら。
「ねぇ小森さん。先に言いますけど、今切り抜けても僕は諦めませんよ。困らせるだけなら諦めようと思ってたけど、むしろ小森さんは僕と一緒にいたほうがいいって思っちゃったもん」
「ええ…お、俺の気持ちは…」
「大丈夫です、元々小森さん面倒見いいし押しに弱いし、僕が求め続ければ絶対気が変わりますから」
「はぁおまえ人のことなんだと思って」
「いいから!もう一度言いますけど、僕は諦めませんよ。絶対に僕を認めさせます。だから」
意地張ってないで、早く認めちゃったほうがいいですよ?
妖艶に微笑んで、狡猾な強い瞳で、秘密を囁く距離感で、後輩はとんでもないことを言い放つ。
いったい、何が起こっている?
「考えといてくださいね。僕、頑張りますから。小森さんのお気に召すように」
これはちょっと、俺には受け止められそうにない。
(終)
お付き合いいただきありがとうございました。
ポップで楽しいBL…に、したかったんですが…あれ??
目指したことは嘘じゃないので…。
最後はなんか勢いあったし……櫻井が。
「ポップで楽しいBL」は向いていない疑惑が濃厚ですが、諦めません!
櫻井を見習って、次回こそ正真正銘のラブコメを……!!
そのときはまた、お付き合いいただけると嬉しいです✨
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