味園ユニバースと建築物の音響的保存
日本中どこへ行っても、古い建物が経済的な理由で解体されています(もちろん、老朽化が原因の建物もあります)。文化的に価値のある歴史的な場所でも、再開発の流れは容赦ありません。天然木を使った渋谷の文化村スタジオだってあっさり潰れてしまいました(幸いにも建物は健在)。渋谷の一等地でレコーディング・スタジオの経営など、床面積から考えれば経済効率が悪いことは理解できます。しかし、このような素晴らしいスタジオはどう考えても2度と作れないことを考えると、大きなため息が出ます、なんという損失かと。
需要の低下もあるので、前述したように商用スタジオの場合は致し方ないところがあります。予算の縮小というよりは、規模や予算が二極化しているのかもしれません。セールスに従って、富と機会が偏在してしまいます。中間の層の分厚さがこうした規模のスタジオを支えていたのではと想像します。一部のトップミュージシャンの現場数では、こうしたスタジオを埋めるほどの時間にはなりません。
機材や音楽は絶えず変化していて、たった20年でも現場の変化は目まぐるしく、スタジオを使用しないで音楽を完成させるクリエイターも増えました。手持ちの機材と技術でどうやって面白い音楽を作るのかという努力が、ボトムアップ的に音楽を変えてきた側面もあるので、大きなスタジオだけが「音楽文化」ではないのも事実です。こうした場所を優先的に守るのが、フェアな文化保護だとは言えません。
時流とは別に、それぞれのスタジオに、それぞれ閉鎖の理由があるでしょうから、一般化はできません。しかし、渋谷の商業地には及ばないけれど、都内の高級住宅地のような地域に建てられたロンドンのRAK STUDIOを、オーナーが守っているという話を現地で聞きました。儲かりはしないが、歴史あるスタジオを潰すわけにはいかないという考え方だそうです。単純な比較はもちろんできないですけれど、正直に言って羨ましいと思いました。
こうした状況について、指を加えて眺めているだけというのも、なんだか居心地が悪いなと思うようになりました。何かできることはないかと考えたとき、簡単に言えば買い取ってしまうというのが手っ取り早い解決策ですけれど、悲しいかな、そんな財力はありません。それで思いついたのが、なくなってしまう建物を音響として収録、保存できないかということでした。
数年前に、新宿のグリーンバードというスタジオ(アジカンの1stアルバムもここで録音しました)が潰れるときに、有志のエンジニアたちがIR(インパルスレスポンス)を収録してくれました。IRは「ある空間やシステムが、瞬間的な音にどのように反応するか」というデータで、このデータを使うとまるでその場にいるような残響を再現することができます。数年の月日を要しましたが、音楽ソフトのメーカーのプリセットに登録され、録音した音にグリーンバードの響きを付加することができるようになりました。
こうした技術とは縁が遠いと思う人もいるかもしれないですけれど、映画など映像分野ではよく使われています。例えば、あるシーンが屋外から屋内に切り替わるとき、その建物のIRによるデータが音響調整に活用されています。その場所や部屋によく似た特性の響きを選んで、それらしくミックスしないと、例えばトンネルや洞窟での会話はそれらしく聞こえません。IRは映画を中心に使用され発達してきた技術だとも言えますね。
そうした技術を使って、何を残すのか。どんな場所の響きを収録して保存していけばいいのか。そんなことをずっと考えていました。味園ユニバースの閉店を知ったとき、この技術を活かせないかと考えました。去年のツアーの味園ユニバース公演のときに、自分のマイクとスピーカーを使って、個人的に使うためのIRのデータは収録することができました。そのあと、エンジニアの古賀健一君に相談して、グリーンバードと同じように、「Altiverb」というソフトのなかに公式データとして味園ユニバースの残響を残すことができないかと国内の代理店に相談してもらいました。

作業の甲斐もあって、味園ユニバースの閉店の翌日、発表は1日ずれましたが7月7日、正式に「Altiverb 8」のプリセットのなかに味園ユニバースが追加されたことが発表されました。AUDIO EASE社と交渉してくださったフォーミュラ・オーディオの小倉さん、収録に協力してくださった味園ユニバースのマネージャー竹原さんにも感謝します。そして、下記のクレジットに記載したエンジニアの皆さんにも。彼らなくしては達成できない仕事でした。

AUDIO EASE Altiverb 8のリバーブ・ライブラリに、大阪の味園ユニバースが加わりました。グリーンバードに続いて、国内施設の公式IRリリースです。最大9.0.6ch出力に対応。多くの業界関係者から惜しまれて😢失われる施設の音響が、今後も"イマーシブ"で使用していただけます。https://t.co/EkzBiIuFW3 pic.twitter.com/rces1YSqiG
— (株)フォーミュラ・オーディオ (@FormulaAudio) July 8, 2025
味園ユニバース
大阪 ミナミ
味園ユニバースは、大阪ミナミの繁華街、難波千日前に位置する多目的イベントホールです。もともとは1955年に大規模なキャバレーとして開業し、有名歌手による歌謡ショー及び生演奏やダンスショーなど、連日1,000人超えの集客で盛り上がりを見せていました。
その長い年月の中で一時期は利用が減少しましたが、その後幾度となくスクラップ&ビルドを繰り返し、レトロな雰囲気を活かしたライブイベントやパーティー会場として再び人気を集めました。独特のヴィンテージ感ある空間は、アーティストや映像作品にも好まれており、2015年には映画『味園ユニバース』(海外タイトル:La La La at Rock Bottom)の舞台にもなっています。
しかしながら、長年にわたり多くの人々に親しまれてきたこの会場は、2025年7月7日(七夕の日)に惜しまれつつも閉館されました。
以下の方々を中心に、音響特性(IR)を収録しています。
古賀健一:lit.link/xylomaniastudio
田中修一:imdb.com/name/nm4832740/
小黒健太郎:imdb.com/name/nm3898433/
後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)
吉井大希:lit.link/hannazone


こうした音響特性の保存自体、僕らのような音響オタクやエンジニアたちにとっては興味の対象そのものですけれど、どうかこうした活動を通じて、建物が壊される時に同時に失われるのは建物の響きでもある、ということを理解していただけたらと思います。思い出の場所には、思い出と共にその場の響きがあったということ。それが建物と一緒に失われます。
響きに特化して建造されたスタジオが失われることの意味は、僕たちのような興味を持ったり、録音の仕事をしたりする人間にとっては、とても大きいのです。また、最近取り組んでいる静岡県藤枝市でのスタジオ建設では、そうした響きの獲得にとても大きな費用がかかることを現在進行形で学んでいます。新築でも大変に難しい。そして経年で変化した音響の特性は、どれだけお金を注ぎ込んでも完全再現できません。資材の高騰もありますが、金銭では測れない価値がその響きには含まれています。
これからも失われてしまう場所(引越ししてしまう友人宅のリビングなどの気軽な場所も含めて)の音響的保存活動を続けたいと考えています。機材のレンタルや交通費を考えると簡単なことではありませんが、楽しみながらも、ある種の問題提起として、失われる、あるいは損なわれた音響を記録し、それを使える皆さんには開いていきたいと考えています。文化的遺産からフォークロアとしての記録まで、響きを手渡していくというプロジェクトです。
藤枝の土蔵スタジオは工事前の土蔵の響きも保存してあります。こちも、そのうち、何らかの方法でお届けできましたら。
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https://www.applevinegarmusicsupport.com