子どもに教えたはずのことを、大人になった私たちはなぜ守れなくなるのか


あの頃、当たり前だったこと


子どもの頃、こんなふうに言われませんでしたか?

悪いことをしたら謝りなさい

人の悪口を言わないこと

よそはよそ、うちはうち

人が話している時は、最後まで聞く

電話している人には話しかけない

あるいは、今まさに子どもにそう教えている人もいるかもしれません。

でも──ふと立ち止まって考えてみるんです。

大人になった今、私たちは本当にこれらを守れているでしょうか?


守れなくなる理由──言い訳と「ずらし」の構造


「仕事が忙しかったから」「イライラしていたから」「相手の方が悪かったから」──

そんな理由で、つい悪口を言ったり、話を遮ったり、素直に謝れなかったりする。

それらの言い訳は、ある種の「自己防衛」でもあります。

けれど、心理学者アーロン・ベックはこう指摘します(1)。

「人は、自分の行動と信念が一致していると信じたい生き物だ。だが実際には、そのズレを合理化するために多くの“思い込み”を生み出す。」


つまり、私たちは「自分はちゃんとしている」と思いたいがゆえに、ズレを正当化してしまう。

その繰り返しが、いつの間にか「誠実さ」をぼやかし、やがて見失わせていくのかもしれません。


教えることと、やることの間には断絶がある


不思議なことに、私たちは子どもにはちゃんと教えるんです。

「悪口はよくないよ」「話は最後まで聞こうね」──

でも、大人の世界ではどうでしょう?

SNSでの陰口、会議での遮り、自分のミスを謝らずに部下に押しつける光景……

自分ができていないことを、他人にだけ求めていないでしょうか?

発達心理学者ジャン・ピアジェは、こう述べています(2)。

「子どもが善悪を学ぶのは、大人が語る言葉以上に、大人が実際に取る行動からである。」

つまり、私たち自身の背中が、誰かにとっての“道徳教育”になっている。

その自覚が、社会における倫理の質を静かに支えているのかもしれません。


無責任とは「知らないこと」ではなく「応えないこと」


「無責任だ」と言われると、どこか攻撃的に感じてしまうかもしれません。

でもここでいう責任とは、「罰を受けること」ではなく「応えること」だと捉えてみたい。

心理学者ヴィクトール・フランクルは、人間の自由と責任の関係についてこう述べています(3)。

「人間には自由がある。しかし、それ以上に責任がある。自由は、自分自身に対する責任から切り離すことはできない。」

大人になるというのは、「知っていること」について応え直す機会を持ち続けること。

教わっていたのにやらない、気づいているのに行動しない──

それを問い直すことが、誠実さのはじまりかもしれません。


もう一度、始めることはできる


変わるのは難しい。

きっと何度も失敗する。

でも、不可能ではない。

そのことを、心理学者カール・ロジャーズは教えてくれます(4)。

「人は、自分が受容されたときに、はじめて変化しようとする勇気を持てる。」

まず、自分自身を責める前に、受け入れること。

「できていなかったけど、これからやっていきたい」

そう思えたとき、私たちはきっと変わり始める。


子どもに恥じない大人であるために


「悪いことをしたら謝る」

「人の話を最後まで聞く」

「人を陰で傷つけない」

──たったそれだけのことが、とても難しい。

だからこそ、それを選び直すことには意味がある。

私たちがもう一度、自分に応えようとするとき、
きっとあの頃教わった言葉が、今度は私たち自身を支えてくれるのかもしれません。


[参考・引用文献]


1. アーロン・T・ベック

 Beck, A. T. (1976). Cognitive Therapy and the Emotional Disorders. New York: International Universities Press.

 – 「人は、自分の行動と信念が一致していると信じたい…」に対応。

2. ジャン・ピアジェ

 Piaget, J. (1932). The Moral Judgment of the Child. London: Routledge & Kegan Paul.

 – 「子どもが善悪を学ぶのは…」の引用元。道徳判断の発達段階に関する古典的研究。

3. ヴィクトール・E・フランクル

 Frankl, V. E. (1946). Man’s Search for Meaning. Beacon Press.(邦訳:『夜と霧』みすず書房)

 – 「自由には責任が伴う…」はフランクルの価値観中心療法に基づく。

4. カール・ロジャーズ

 Rogers, C. R. (1961). On Becoming a Person: A Therapist’s View of Psychotherapy.

 – 「人は、自分が受容されたときに…」はロジャーズの来談者中心療法より。


この記事に関連した記事は以下になります▼

いいなと思ったら応援しよう!

谷博貴の哲学【フォロバ100】 応援よろしくお願いします!いただいたチップは研究費用に回します。