敗戦国モデル III |語ることを失った国家──言葉、教育、そして未来の空白

※この記事は約10500文字です。

🔹序章|「敗戦は終わっていない」ことの意味


かつての戦争は、終わったことになっている。

だが「敗戦」は、いまだこの国に根を張って続いている。

それは、かつての戦闘の記憶や国際的地位の話ではない。

むしろ、それ以降に施された「制度」と「言語」の設計が、
現在の日本の“語れなさ”を生み出しているという構造の問題である。

憲法、安全保障、教育、国際協調、あるいは歴史認識。

これらを語ろうとすると、私たちはどこかでつまづく。

まるで、「語ってはいけない領域」に触れてしまったかのような、
薄い膜のような沈黙が、社会の随所に張り巡らされている。

たとえば「憲法を変えるべきか」と口にしたとき、
「右傾化だ」「戦争を望むのか」と即座にラベリングされる。

逆に「日本は被害者だ」と主張すれば、「歴史修正主義だ」と断じられる。

つまり、“語ることそのもの”が危険視される空気が、制度化されている。

この空気こそが、「敗戦の続き」である。

それは占領期の制度設計と、語彙の削減によって形作られた。

GHQによる統治は、日本に民主主義をもたらしたが、
同時に「語れる主体」を育てる土壌を、意図的に未成熟なまま残した。

国家は、戦争の記憶を終わらせたがっている。

だが、その記憶を語れぬままにしたことで、
むしろ「語れぬ国家」という形で、敗戦は持続しているのだ。

この論考は、そうした語れなさの構造──

「主権とは何か」という問いを、
“言葉”と“教育”と“物語”の側から捉え直す試みである。

この国の“主権”とは、本当に存在しているのだろうか?

もしそれがあるならば、なぜ私たちは、語れないのか?

そして、語ることは、この国家にどのような倫理を取り戻しうるのか?

その問いの再開こそが、「敗戦国モデルIII」の出発点である。

第1章|独立とは何か──アメリカの傘と、自立の言葉の不在


「日本は独立国家である」

そう信じて疑わない人は多い。だが、その言葉に違和感を覚えるのはなぜか。

形式的に見れば、日本は主権を持ち、国会を開き、自衛隊を有し、外交も行っている。

しかし、その「独立」は、どこまで本物なのだろうか。

真に独立した国家とは、「語れる国家」である。

自らの防衛、自らの倫理、自らの未来について、
自分の言葉で語り、選択し、責任を負うことのできる国家のことだ。

だが現在の日本は、そうした「言語的実践」を持ち得ているだろうか?

◆「独立国」が持つべき語彙の不在


独立国家であれば当然持つべき語彙──

安全保障、軍事戦略、憲法改正、対中・対米外交戦略などの語彙が、
日本においては、常にどこか“遠慮がち”に語られるか、タブー視される。

それらを語ろうとするだけで、
「危険思想」「右翼」「憲法違反」「戦争準備」などと即座に処理される。

つまり、日本における“独立”とは、「語る主体の欠如を抱えたままの独立」である。

独立とは、単に他国から軍事的に支配されていないということではない。

「語り、決め、責任を負う」という三段構造を持ってこそ、主権であり独立である。

◆アメリカの傘と「議論の不在」の構造的セット


この語れなさは、単なる国民の無関心ではない。

むしろ、「アメリカの傘」という構造のなかで、意図的に生み出された沈黙である。

日本の戦後安全保障は、米軍駐留と日米安保に依存している。

表面的には「防衛のための協力」だが、実質は戦略思考の“外部化”である。

戦略を持たないということは、選択肢がないということ。

選択肢がなければ、語る必要もない。

こうして、「語らない国家」が制度的に形成されてきた。

その結果、日本の外交・安保議論は、常に
「アメリカの顔色を見る」ことを前提とした擬似的対話にとどまる。

これは言語行為としての“自立”が欠如している証左である。

◆主権=言語的実践であるという視点


主権とは、国土の保有や外交特権の問題ではない。

主権とは、本来 「語り得る能力」=「責任を引き受ける言葉」の能力である。

日本が語れないのは、言葉を奪われたからではない。

奪われた後、回復する努力を制度として設計されなかったからである。

「アメリカに守られているから仕方ない」という言葉は、
ある意味では正しい。だがその裏には、
「語る力を奪われたままでも、安定が保てる」という構造的従属がある。

それは単なる防衛の問題ではない。
この国が「語らないことで保たれてきた独立」であるという事実である。

第2章|教育は誰のためにあるのか──市民を育てぬ制度


「日本の教育は優秀だ」とよく言われる。

たしかに、識字率は高く、平均学力も国際比較で上位にある。

だが、それは“問いを立てる能力”を育てた成果だろうか。

“語る主体”を育てた証左だろうか。

答えは、おそらく否である。

戦後の日本教育は、「統治可能性を高めるための制度」として設計された。

そのために必要だったのは、
自ら考える市民ではなく、従順で効率的に管理できる国民だった。

◆語る主体を育てる教育が存在しない


民主主義において教育とは、「市民を育てる制度」である。

市民とは、国家の進路について議論し、選択に関与し、責任を負う存在である。

つまり、教育の本質とは、
「語る力」「判断する力」「他者と対話する力」を育てることにある。

だが日本の教育は、こうした能力の育成を目標にしていない。

むしろ、“正解のある問題を、静かに解く力”に特化してきた。

その結果、
憲法・安全保障・政治参加といった主権的主題について、
語る語彙も、語ろうとする動機も、育まれないまま卒業していく。

◆「受動性」「従順性」を再生産する学校制度


学校という制度は、単に知識を伝達する場所ではない。

そこには、無数の「ふるまい方の規範」が埋め込まれている

・集団登校、制服、号令、起立・礼・着席

・一律の時間割、静かに聞くこと、挙手して発言すること

・内申点や一斉テストによる評価システム

これらは、単なる形式的慣習ではない。

「黙って従うこと」が優等生の条件となる空間設計である。

つまり、日本の学校教育は、
“語らず、従い、評価される”という身体的様式を刷り込む構造になっている。

これは市民教育とは真逆の設計である。

◆戦後教育改革の“管理モデル”と民主主義の空洞化


このような制度が形成された背景には、戦後の占領政策がある。

GHQによる教育改革は

・軍国主義の否定

・民主主義的価値の導入

という大義のもとで行われたが、実際には「管理可能な国民の育成」が主眼だった。

戦後の日本は、急速な復興と統治安定が求められたため、
「語る国民」よりも「働く国民」「黙る国民」が必要とされた。

こうして、政治・歴史・倫理を語る力は、教育制度から徐々に剥落していった。

その結果、いまの日本には、「主権国家として語る市民」が育っていない。

教育は民主主義の基盤である。

だが、その教育が「語る力」を育てずにきたならば、
日本の民主主義は、制度だけが残された空洞体に過ぎないのではないか。

第3章|安全保障という無言の契約──語られぬ「抑止力」の正体


「日本は平和国家である」──

それは、誇りうる言葉であると同時に、語らぬことの言い訳でもあった。

平和憲法を持つ国が、
なぜ米軍基地を全国に展開し、
なぜ「集団的自衛権の行使容認」へと踏み出すのか。

その問いに明確に答える言葉は、この国には存在しない。

なぜなら、「安全保障」は長らく語られてこなかった主題だからである。

◆「非武装」と「従属」はセットであるという構造的平和


日本国憲法第9条は、「戦争の放棄」と「戦力の不保持」を謳っている。

この理念はしばしば、「高尚な平和主義」として語られる。

だが現実には、日本は軍事的にはアメリカの庇護下にある。

つまり、「非武装」は他国の軍事力とセットで初めて成立している。

これを裏返せば、日本の平和は「自律的な選択」ではなく、
「武力の代行を条件とする従属的平和」であるとも言える。

これは「理念による平和」ではなく、
「構造による沈黙」で維持されてきたものだ。

◆集団的自衛権・米軍基地・核の傘──議論されぬ現実


現代日本の安全保障は、実質的には以下の三本柱で支えられている。

1. 日米安保条約による米軍基地の常駐

2. アメリカの“核の傘”による戦略的抑止

3. 集団的自衛権の限定的容認(2015年 安保法制)

しかし、これらはいずれも国民的議論の積み重ねによって形成されたものではない。

たとえば

• 米軍基地は沖縄をはじめとする“周縁”に配置され

• 核の傘はタブー視され

• 安保法制も「強行採決」により可決された。

これは、単に“議論が少ない”のではない。

語ること自体が奪われている/忌避されてきたという構造の表れである。

◆安全保障が語られないのは、語る力を奪われたから


なぜ、この国では安全保障が語られないのか。

その理由は明白だ。

「安全保障を語る語彙」が教育・制度・メディアの中で育成されてこなかったからである。

つまり

• 憲法を改正すべきかという議論は、「右翼」とレッテル貼りされ

• 戦争のリスクや抑止力の議論は、「戦争賛美」と曲解され

• 米軍依存からの脱却を論じれば、「現実が見えていない」と切り捨てられる。

これらはすべて、「語りの不在」を制度的に温存してきた証拠である。

そしてそれは、教育の問題でもあり、言論空間の問題でもあり、
「この国が敗戦以来ずっと、自らを語る力を奪われてきた」ことの延長線上にある。

平和を誇るのはいい。

だが、その平和が語られぬ“契約”のうえにあるならば、
それは「倫理的選択」ではなく、「言語的無力化」の結果である。

日本の安全保障とは、
守られていることではなく、語らないことの代償なのかもしれない。

第4章|ドイツとの分岐点──戦争責任と語りの装置


20世紀の戦争の記憶を背負う二つの国、日本とドイツ。

共に敗戦国であり、焦土からの再建を迫られた。
だが──

その後の「語り方」が、国家の倫理構造そのものを分岐させた。

◆ドイツは「倫理的再生国家」を志向した


ドイツは第二次世界大戦後、ナチスの戦争犯罪に真正面から向き合う道を選んだ。

• ニュルンベルク裁判を起点とする法的責任の明示

• 教育現場でのホロコースト記憶の継承

• 国家としての繰り返される謝罪

それは単なる「謝罪外交」ではない。

語ることを通じて、自らの倫理的主体性を回復するプロセスだった。

「二度と過ちを繰り返さない」という言葉は、
記憶に触れたうえで語られることでのみ、倫理となる。

ドイツが目指したのは、単なる経済復興でも、外交的名誉回復でもない。

“語る国家”としての再生だった。

◆教育・記憶・謝罪という語りの形式


この語りには、三つの装置がある。

1. 教育──記憶の制度化

 → 歴史教育において、加害の事実と倫理的省察を含めたカリキュラムを継続的に実施

2. 記憶──記念碑・資料館・追悼行事

 → 責任の所在を曖昧にせず、公共空間に「記憶の形」を残す

3. 謝罪──政治的言語行為としての継続的発話

 → “過去”を語ることによって、“現在”の倫理を位置づける

これらの語りは、ドイツを「被害者の国」ではなく、「責任ある再出発の国」へと変えていった。

◆日本は「記憶なき国家」──加害も被害も曖昧にした空白


一方の日本はどうか。

• 教育現場では「過去を繰り返さぬために」という言葉があるが、何が過ちだったのかは語られない

• 加害責任に言及すれば「自虐史観」と呼ばれ

• 被害について語れば「戦後レジームからの脱却」と切り捨てられる

つまり、日本では

• 加害の記憶は語られることを拒否され

• 被害の記憶は情緒化され

• 「歴史」という言葉がすぐにイデオロギー化する。

これを「政治的配慮の産物」として片づけるのは容易い。

だがその根底には、
語らぬことこそが「安定」として機能してきた国家構造がある。

ドイツとの決定的な違いは、
語ったことで過去を乗り越えた国と、
語らなかったことで“未来を語れなくなった”国という点にある。

記憶は、語られることで倫理となる。

語られなかった記憶は、単なる「風化」ではない。
それは“未来を設計する言語”の欠如を意味する。

第5章|なぜ日本は物語を持てないのか──敗戦が奪った未来の言葉


「この国には、未来を語る言葉がない。」

それは単なる政治的無策やビジョン不足ではない。

より深い、言語的・制度的・象徴的な構造に根ざした問題である。

日本は今、「語ること」が倫理であることを忘れた国家であり、
「未来を語ること」さえ、忌避される空気を育ててしまった。

◆国家の語彙の欠落──未来像を描く“言葉”がない


国家には、本来以下のような語彙が備わっているべきである:

• 「国民とは何か」

• 「この国の使命とは何か」

• 「どこへ向かうのか」

• 「それを誰が担うのか」

しかし、日本にはこれらの語彙が制度的にも社会的にも未形成か、断絶されている。

例を挙げれば:

• 憲法の前文すら、日常で語られることはほとんどない

• 政策議論は「経済成長」か「福祉か」の狭い枠組みに閉じ込められる

• 歴史を語れば「左翼」、国家を語れば「右翼」とラベリングされる

この状態を、単に「政治的リテラシーの低さ」とするのは不十分である。

むしろそれは、敗戦以後の言語的トラウマと設計的欠落の結果である。

◆憲法改正を語るだけで「右翼」とされる空気の構造


たとえば憲法について。
「改正すべきか否か」という是非の議論以前に、

• 「憲法とは何か」

• 「誰が書くべきか」

• 「いつ、どのように見直されるべきか」

といった構造的な議論の出発点すら拒絶される空気がある。

これは、戦後の「改正=軍国主義復活」といった記号論的反応により、
語ること自体が“危険視”されるという異常な構造である。

このような空間において、
「未来を語る」とは政治的リスクであり、
「語らないこと」が安全保障になるという、
逆転した言論倫理が支配している。

◆国家とは「語られる未来」である


国家とは、制度ではなく物語である。

• 国民がどのような未来を共有し

• どのような価値観でつながり

• 何を「選び直す」意志を持っているか

これらは語られなければ、存在しないのと同じだ。

ドイツは「語ること」によって倫理を再生した。

韓国は「民主化の物語」を通じて自らの主体を回復しようとした。

では日本は?

• 「高度経済成長」も

• 「失われた30年」も

• 「安定した中流社会」も


すでに物語としての力を失っている。

そして新たな物語が、まだ語られていない。

◆語れない国に、希望はあるのか


希望とは、未来が選べるという感覚である。

だが

• 国家のビジョンが語られず

• 教育は問いを育てず

• 政策は「現状維持」以外を排除し

• メディアは対立構造を演出し

• 国民は「語る者」を笑い、「黙る者」を賢いとする──

この構造のなかで、
私たちはどこへ向かおうとしているのか。

語られない未来に、
語る主体が不在のまま進む国家に、
倫理は宿るのだろうか?

第6章|語ること/語らないことの暴力──沈黙が制度になるとき

「語ることは暴力である」──

この逆説的命題が真となる空間がある。

それは、「語られないこと」が制度となった国において、
語ろうとする者が制度の外側に追いやられる構造である。

ここでは、「語る自由」が不在であるとき、
いかにして沈黙が制度化された暴力として機能するのかを論じる。

◆国家が語らないとき、暴力は制度化される


国家は、本来「語る存在」であるべきだ。

• 自らの理念を語り

• 市民と対話し

• 歴史と倫理を共有し

• 未来を設計する

この語りを欠いたとき、
国家は“暴力的でないように見える暴力”を振るう。

たとえば:

• 植民地支配の反省が曖昧なまま終わるとき、過去は傷のまま制度に残る

• 安全保障の枠組みを語らないまま基地を維持すれば、合意なき従属が続く

• 教育が語りを教えなければ、思考停止が再生産される

こうして語られないこと自体が、
制度化された暴力として作用し始める。

◆「語る自由」が奪われた場では、語ること自体が暴力と見なされる


現代の日本社会では、
政治や制度の中核を語ること自体が「危険視」される現象が散見される。

• 憲法を語れば「極端」

• 教育を語れば「思想的すぎる」

• 戦争責任を語れば「不謹慎」

• 公共空間での発言は「迷惑」

これは、「語ること」が民主主義の核心であるという

市民的規範の欠如を意味する。

さらに深刻なのは、
語らないことが「中立」や「賢明」として賞賛される構造だ。

• 「沈黙は美徳」

• 「無色透明が望ましい」

• 「波風立てるな」

──こうした文化的コードの中で、
語ることが「暴力的」とされ、
沈黙が「安全保障」となる。

これは暴力の逆転構造であり、
語らなさによって暴力を隠蔽し、語ることに罰を与えるという構図だ。

◆体制による“暴力の独占”と、“語らない暴力”の循環構造


民主国家においては、本来

• 暴力の独占(警察・軍)は

• 言語的説明責任とセットである。

だが敗戦国日本では、このセット構造が崩壊している。

• 暴力(安全保障・統治権)は存在する

• だが、それがどう語られるか、誰に向かってどう説明されるかが欠如している

その結果

• 権力は“語らず”に機能し

• 市民は“語れず”に従属し

• 一部の批評者だけが“語ることで暴力を受ける”

この三者構造が、語ることと語らないことの暴力の循環構造を形成する。

◆「沈黙の制度化」に抗するために


語らなければならない。

• 教育は、語る力を育てる装置でなければならない

• メディアは、語らなかった歴史を再び言葉にする回路でなければならない

• 国家は、語られなかったことを語る責任主体でなければならない

沈黙の制度化は、
語る主体が育たない限り、更新されない。

終章|「主権」という虚構から、語る主体へ


「国家は誰のものか?」

それは、単に“領土”や“法”によって定義されるものではない。

むしろ──語る力によってこそ、国家は国家たりうる。

本章では、日本における主権の「形式的な保有」と「語る力の欠如」との乖離を明らかにし、
その修復としての“語る主体”の生成という倫理的課題を提起する。

◆主権とは「力の保有」ではなく「語りの正当性」である


主権とは、単に外的干渉を受けない「形式」ではない。

むしろ本質は、「自らの価値観・制度・歴史・未来を、自分の言葉で語る正当性」にある。

• 安全保障を語れない

• 憲法を語れない

• 教育を語れない

• 歴史を語れない

──このような状況において、日本は形式的主権国であっても、実質的には語れぬ国=主権未成立国とすら呼びうる。

国家の主権とは、言語的行為である。

語れぬ国に、国家としての倫理的自立は存在しない。

◆日本の“虚構の主権”とその更新可能性


戦後日本の主権は、しばしば“空洞”として語られてきた。

• 憲法は他国によって与えられたものであり

• 安全保障は他国によって保証され

• 思想的枠組みも欧米モデルの借用にすぎない。

つまり、日本の主権とは「与えられたフィクション」として存続してきた。

だが、ここに一つの可能性がある。

それはこの“虚構”を破棄することではなく

──“語り直す”ことで更新するという選択肢だ。
• 歴史を、自らの倫理として語る

• 憲法を、未来の構想として議論する

• 安全保障を、対話と選択の言葉に置き換える

これこそが、“主権の再構築”である。

◆言葉を奪われた国家に、言葉を取り戻すという倫理的跳躍を


国家とは、制度であると同時に、語られる物語でもある。

その物語が他者によって語られる限り、自らの国家とは言えない。

日本は今、語ることを失った国家から、
語る主体を育てる国家への跳躍を求められている。

• 教育が語りの技法を教え

• メディアが語りの場を保障し

• 市民が語る主体として立ち上がるとき

ようやくこの国は、「敗戦」という断絶を越え、
未来の設計者として、自らを語り始めることができるだろう。

そしてその最後の問いが、次の一章である──

結語|暴力とは、権力なのか

沈黙とは、中立ではない。

それは、暴力であることがある。

そして、語ることもまた、時に暴力とされる。

この章では、国家と暴力の関係、そして“語ること”をめぐる倫理的立場を再定義する。

◆暴力の定義を更新する:語れないこと=暴力、という構造


私たちは、暴力を物理的な力の行使と考えがちだ。
しかし近年では、以下のような非物理的暴力が注目されている:

• 言葉による暴力(ハラスメント)

• 制度的暴力(制度による抑圧)

• 沈黙の暴力(語る権利を奪うこと)

このうち、もっとも不可視で、かつ深刻な暴力が「語れないことそのもの」である。

• 教育の沈黙

• 報道の沈黙

• 市民の沈黙

この沈黙の連鎖が社会に張り巡らされるとき、
語ろうとする行為が“逸脱”となり、暴力の標的となる。

◆国家暴力は“力”だけではなく、“沈黙”としても働く


戦後日本では、国家の暴力は「力の行使」よりも「沈黙の強制」として現れた。

• 憲法を語るな

• 戦争責任を語るな

• 教育を疑うな

これらは明示的な命令ではない。

しかし、制度・空気・言論空間の中で機能する沈黙の圧力は、国家的暴力そのものである。

そしてこの暴力は、誰の手によっても行使されていないように見えるが、
まさにその匿名性ゆえに、深く、広く、社会を蝕む。

◆語ることこそが、権力に対する倫理的抵抗である


暴力に対する最も強い抵抗は、「語ること」である。
しかもそれは、怒りや糾弾ではなく──

• 物語としての語り

• 倫理としての語り

• 未来を創る語り

でなければならない。

沈黙が制度化された国家において、
語ることは政治であり、倫理であり、未来そのものである。

私たちは、語らなければならない。

この国を、この時代を、この未来を。

誰かの言葉でなく、私たち自身の声で。

補章①|比較教育制度の構造──教科書検定と「語らせない制度」


◉ 教育は国家の“記憶装置”である


教育とは、単なる知識の伝達ではない。

それは、国家がどのような過去を語り、未来を描くかを決定する装置である。

したがって、歴史教育における制度設計は、その国の「語る主体性」を左右する。

◉ 日本の教科書検定制度──語る内容の事前調整


日本の歴史教科書は、文部科学省による「検定制度」を通じて内容が精査される。

これは表向きには「学術的正確性の確保」とされるが、実質的には以下のような効果をもたらしてきた:

• 加害の明記が“自虐的”とされ、修正される

• 政治的に敏感な事件(南京事件・慰安婦等)が削除・薄文化される

• 教科書間の差異は“縮約”され、語りの多様性が封じられる

この構造は、国家による「語らせない」教育の制度化を意味している。

◉ ドイツの分権的教育制度──語る主体の地域的多様性


対してドイツでは、教育が「各州(ラント)」の権限で運営されている。

その結果:

• ナチスの加害責任について詳細に扱う州もあれば、少し異なる視点を取る州もある

• しかしその違いが議論と対話を生み出す契機となっている

• 教師の裁量も大きく、歴史教育は一元化されていない=生きた語りとして存在する

つまり、ドイツでは「語りを多様に許す設計」が、民主主義と倫理の成熟に資している。

◉ 日本の一元管理と「語りの均質化」


日本では、“公教育の平等”という理念のもとに、一元管理が是とされてきた。
だが、その実態は:

• 国家が語るべき歴史を定める

• 教師は教科書以上のことを「語らない/語れない」

• 生徒は“正解のある過去”を習い、対話の力を奪われる

この教育制度こそが、語る力の喪失をもたらしている。

補章②|公共記憶の象徴──語る装置としての記念館


◉ 記念施設とは、“公共の語り”である


歴史は記録されるだけでは継承されない。

それは、公共空間に刻まれ、身体を通して再体験されるとき、倫理的な意味を帯びる。

記念館・資料館・慰霊碑は、まさにその「語る場」である。

◉ ドイツ:ユダヤ人記念館と「加害を語る国家」


ベルリンの「ユダヤ人犠牲者記念館」は、地下に記録文書を、地上に抽象的な石柱を配置する構造となっている。

• 訪問者に能動的な思索を促すデザイン

• 国家が「加害者としての記憶」を公然と提示

• 記憶=倫理の出発点として再帰的に語り続ける装置

これは国家が自らの「過ち」を語りの中心に据えることを選んだ例である。

◉ 日本:原爆資料館と「被害の語り」


一方、日本の「原爆資料館」は広島・長崎を中心に、「被爆の悲惨さ」と「核の非人道性」を伝えている。

• 世界に向けての平和アピール

• だが、加害の記憶には踏み込まない

• 日本が「被害者としてのみ語る国家」にとどまる構造が見える

これは国家の記憶が「選択的に編集されている」ことの象徴でもある。

◉ 記憶の不在は、語りの不在を招く


公共記憶の場は、国家が何を語り、何を語らないかの意思決定の痕跡である。
そして日本では:

• 慰安婦の碑や沖縄戦の記録などが政治的争点化され

• 記憶そのものが「語られることを恐れる」対象になっている

この現象は、「国家が語れない=市民も語れない」構造を反復する。

補章の総括:

国家とは、語られる物語の総体である。

教育が語る力を育てず、公共記憶が偏在するとき、
その国家は、語る力を失ってゆく。

敗戦国モデルIIIにおける「語りの喪失構造」は、こうした制度・象徴・公共空間を通じて静かに内面化されてきた。

補章はそれを具体的に可視化し、より精緻な問いを引き出すための「考察のレンズ」である。

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