毒親育ちという物語から出る
ふと思った。
わたしがわたしの物語を生きているように、親も親の物語を生きているのだと。
わたしは毒親に育てられて、ありのままの自分を受け入れられた経験がなく、自分の価値を認めることができず、妹に嫉妬し、親に愛されているという実感を持てないまま、生きにくさを抱えて大人になったという物語を生きていた。
おそらく親もそれに似た物語を生きてきたのだろう。
親もその親からありのままの自分を認められた経験がなく、きょうだいに嫉妬し、親に愛されているという実感を持てないまま、生きにくさを抱えて大人になり、その物語を更新することなく、そのまま老年期に入っているのだろう。
わたしが「傷ついた子供」であるのと同じように、親もまた「傷ついた子供」だったんだよな。
そしてわたしが親からされたことを子供にしてしまったのと同じように、親もまた、親にされたことと同じことを私にしただけなのだ。それしか知らなかったから。
それに特に疑問を持たず、内面と向き合うことも、自分の傷に気づくことも、もちろん傷を癒すこともなく、ただ「傷ついた子供」のまま、子育てして歳をとったのだ。そして今もなお「傷ついた子供」のまま生き続けている。
そう。
親もわたしと同じ、ひとりの「傷ついた子供」なんだよな。
そう思えば、親を責めることなんてできないな。
親は親の物語を生きて、その物語を全うすべく、今もまだ、その物語の中に生き続けている。
ただ当たり前に。自分の生きてきた物語の続きを生きているのだ。
みんなそれぞれが物語を抱えている。
その物語の中を生きている限り、苦しみはなくならない。
だってそこはドラマの中だから。
ドラマの中ではドラマが巻き起こるのが当たり前だから。
もうそれが嫌ならドラマから出るしかない。
自分が大切に紡いできた可哀想な自分物語の外へ出るのだ。
物語の中にいたときには、激しい感情が渦巻いて、悲劇のヒロインになっていたけれど、ひとたび物語の外に出れば、そこでは何も起こっていない。そこはただ静寂の場所。
本当は何も起きていなかった。
ただ出来事が起きては通り過ぎていっただけ。
すべては通り過ぎて今ここには何もない。
静寂で安心の場所が広がっている。
もう物語はいらない。
ドラマはもうたくさんだ。
毒親に育てられたアダルトチルドレン物語はもうお終い。
これからはドラマの外へ。
静寂の場所に居続けよう。
その場所で、起きる出来事をただ眺めていよう。
それは起こって、そして通り過ぎていく。
物語の外側からそれを静かに眺めている。
これからは、そんなふうに生きていく。
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