"誰でもない記事"を、"私の記事"に書き換えた話|気づいたらGoogle検索1位になっていた
今回はいつもとテイストを変えている。
noteを書いていて、「もっとたくさんの人に読んでほしい」と思っている人に向けた話だ。それ以外の人が読んでも、たぶんつまらない。
5月からnoteを本格始動した。
毎朝、息子が寝ているうちに、他の人のnoteを開いている。「読まれている記事は、何が違うのか」をずっと考えている。答えが出ないまま、息子を起こす時間になる日が続いている。
そんなとき、別の人が「自分のnoteがGoogle検索1位になった」と書いているのを見た。"いいなあ"と思いながら、ふと、自分の記事の検索順位も調べてみた。
「日本三國 名言」で検索したら、自分のnoteが1位に出ていた。

スクロールせずに、いちばん上に自分の記事がある。不思議な気持ちだった。
念のため、シークレットウィンドウと、妻の別端末でも検索してみた。どちらも同じく1位だった。
書いているのは、育休13ヶ月目のIT営業(プログラミング未経験、営業歴7年、副業でゲーム解説のYouTubeを150本くらい)。
note1本で、いまの数字は以下のとおり。
ビュー:4,300
スキ:52
コメント:4
Google検索「日本三國 名言」:1位
これが多いか少ないかは人によると思う。ただ、最初に書いた頃の自分から見ると、明らかにべつものになった。
この記事は、その「書き直し」の話を残しておくものだ。同じように"誰でもない記事"を書いている人に、参考にされたら嬉しい。
最初の記事は、AIで書けそうな量産記事だった
最初のバージョンの構成は、こうだった。
アニメ『日本三國』に登場する名言9句
各句について:出典/登場シーン/意味/暮らしに活かすヒント
それなりに丁寧に書いたつもりだった。
でも、いまふり返ると、書き手の顔がどこにも見えない記事だった。「暮らしに活かすヒント」も、自己啓発本500冊に書いてあるような汎用論。ChatGPTで書けそう、と言われたら反論できない。
数字でも見えた。ビューはじわじわ伸びる。ただ、読まれた数と、押された数のあいだに、ずっと温度差があった。読まれているのに、感情が動いていない。
書き直したのは、たぶんこの3つだけ
そこから10回以上書き直した。変えたのは、たぶんこの3つだけだ。
① 解説記事をやめて、"私小説"にした
各句に「私の場合」というセクションを新設して、自分の失敗談を全句に書いた。
孫子の「先に戦場に着いて待つ者が楽だ」→ 営業時代、誰よりも早く出社する癖があった話
王陽明の「知行合一」→ 営業・SNS・YouTubeで何度も小手先でコケた話
老子の「千里の道も一歩から」→ 大手クライアントでぎりぎりまで動けず、先輩に大迷惑をかけた話
「名言の解説」を読みに来た読者には、思ってもいなかった寄り道だ。でも、ここに自分の話を入れたことで、「この記事は誰が書いたか分かる記事」に変わった。
汎用論を1行残らず削って、自分の失敗で埋め直した。これがいちばん効いた。
なぜ効くのか、書きながらだんだん見えてきた。
汎用論は、読者の脳に引っかからずに素通りしていく。「いいこと言ってるな」と思った瞬間に、文字だけが流れて消える。「自分には関係ない」と判断されるのが早い。
一方、失敗談は、読者の脳が「これ、自分にも当てはまるか?」と勝手に検証モードに入る。他人の話を読んでいるはずなのに、自分の過去を引っ張り出して比べはじめる。
そうなった瞬間、もう他人事じゃない。読者の頭のなかでは、自分の話を読んでいるのと同じことが起きている。だから記憶に残るし、スキを押す指が動く。
② 引用と、自分の解釈を、はっきり分けた
『日本三國』には、孫子や老子の原文がそのまま出てくる句もあれば、原典を踏まえて、アニメ用に作家が書き直した台詞もある。
最初の版では、これを区別せずに全部「出典:『老子』」のような同じ書き方で扱っていた。
書き直したとき、
【原典そのまま引用】
【※アニメ脚本の独自表現】
の2種類のラベルを、出典欄に付けた。
地味な変更だが、これをやると古典に詳しい読者からの信頼が変わる。「分かっている人が書いた記事だ」と感じてもらえる。逆に混ぜたままだと、知識がある層から一発で見抜かれて、離脱される。
事実と、自分の解釈や引用元の差を、書き手の側がちゃんと示す。これは記事の信頼性を支える、地味だが大きな要素だと思う。
これは古典の話だけじゃない。
事実と解釈を分けないでいると、書き手は気づかないうちに、引用の権威に乗っかって自分の意見を強く見せることができる。
「老子曰く○○」「専門家は○○と言っている」「ベストセラーが○○と書いている」。
こうした引用の流れで、後半にこっそり自分の解釈を混ぜていても、読者は両方とも引用元の言葉として受け取ってしまう。
ラベルで分けると、このごまかしが効かなくなる。「ここからは私の解釈です」と書いた瞬間、自分の言葉が裸で読者の前に立つ。
試されるのは、引用の重さではなく、自分の意見の質のほうだ。
事実と解釈の分離は、書き手にとっては怖い作業でもある。だが、ここを越えないと、自分の言葉として読まれる記事には、たぶん辿り着けない。
③ 放送に合わせて、毎週追記している
最初は5話まで対応の記事として書いた。
そのあと、6話・7話と放送が進むたびに、新しい名言を追記している。タイトル・リード・登場人物紹介・本文の章番号、全部更新する。
これがGoogle的にも効いている感覚がある。「鮮度のある記事」と判断されている。
それと同時に、リピーターが生まれる。
1回読んだ人が「次の名言、追記されたかな?」と週に1回戻ってきてくれる。ブックマーク化されているのを感じる。
更新の手間はある。でも、1記事を10倍に育てている感覚なので、新しい記事を量産するより断然コスパがいい。
新記事を5本書いて、それぞれが100PVずつしか伸びないより、1本を5回更新して500PVに育てるほうが、Googleからの評価が1本に集約されて伸びやすい。
読者にとっても、追記が来る1本はまた戻ってくる動機になる。書き手にとっても、5本書く労力より楽だ。
「量産より、1本を育てる」発想は、note運用のうえで、わりと裏ルートだと思う。
before / after で実際に見せると
たとえば「知行合一」という3番目の名言。最初のバージョンの「暮らしに活かすヒント」は、こうだった。
本やSNSで仕入れたまま手をつけていない知識を、一つだけ"今日"行動に移してみる。それが本当の意味で「知る」ことの第一歩であり、行動の質を変える最小の習慣になります。
無難な、誰でも書ける一文だ。
書き直し後、ここに「私の場合」セクションを追加した。
「本気でやることが大事」。これくらい当たり前のことを、私は学生時代から"知って"いた。口に出すのも恥ずかしいくらい当然のことだ。
なのに最初に手を出したのは、いつも小手先だった。営業では、クライアントに会えてもいないのに、日報の数だけを稼いで体裁を整える。SNSでは、思ってもいない強そうなワードを並べて投稿する。YouTubeでは、誤解を生むと分かっていながら、極端な表現で視聴回数を狙う。 全部、コケた。何度も何度もコケて、ようやく「本気の重要性」が"知っている"から"動ける"に書き換わった。
同じ「知行合一」という名言を扱った文章なのに、読者の頭のなかで起きることが、まったく違う。
前者を読んだあと、読者は「いいこと言ってる」で記事を閉じる。
後者を読んだあと、読者は「自分も似たこと、したな」と過去を思い出している。
この『記事と読者の距離』が、スキの数を変える、地味だが最大の差だと思う。
振り返り:再現したいなら、これだけ
3つ並べたけど、本当に効いたのは①だけだったかもしれない。
②と③は、信頼性と鮮度の補強だ。これだけだと「真面目だけど印象に残らない記事」になる。①の"私小説"が、記事の中身を別物にした。
逆に言うと、「私小説」にする一手だけで、量産記事は脱出できる。
これは、書き手のキャリアの長さも、文章力の高さも、フォロワー数も関係ない。「自分の話を、固有名詞のレベルで書く」というだけ。
私は営業7年、育休13ヶ月、プログラミング未経験のIT営業だ。それだけだ。それでも「私の記事」は書けたし、検索1位は取れた。
特殊なスキルはいらない。要るのは、自分の過去のカッコ悪い場面を、隠さずに文字にする覚悟くらいだと思う。
長く書いたが、要点は1行で済む。
「誰でも書ける記事」を、「自分にしか書けない記事」に書き直す。それだけ。
具体的には、
「暮らしに活かすヒント」みたいな汎用パートを、自分の失敗談に書き換える
引用情報の正確性を、ラベルで担保する
鮮度を、追記運用で維持する
の3点。
ただ、書き直しは思った以上にしんどい。最初に書いた自分のテンプレを破壊する作業だ。「これでいいや」を何度も乗り越える必要がある。
私の場合は、書いたあとにClaudeに読ませて、「ここは何が言いたいか分からない」「ここはどこかで読んだような表現だ」と容赦なく指摘してもらった。それで気付かなかった甘さに気付けた。
書き直す機会がない人は、自分の記事を、誰か他人の目で読み返してみるところからでいい。「これ、誰が書いた記事か分かる?」と自分に問う。分からなければ、書き直しのスタートラインに立っている。
おまけ:あとから気づいた裏付け
書き直しが落ち着いてから、ふと、深津貴之さん(noteのCXO)が書いた「noteの推しアルゴリズムについて」という記事を読んだ。
そこにこう書かれていた。
noteでは「一次情報」と「生の体験の記録」「私の気づき」の発信を、今後より積極的に応援していきたい
その下に、推したい記事の特徴として並んでいたのが、
実体験、レポ
失敗談からの学び
具体的なケーススタディ
作者固有の観察・表現・経験の共有
これは私がやった「① 解説記事をやめて、私小説にした」と、ほぼ同じ話だった。
さらに、構造として推されやすい要素にも、こう書いてあった。
意見と事実がしっかり区別されている 専門性のあるコンテンツについて、適切な引用が行われている(出典が追える)
これは私がやった「② 引用と、自分の解釈を、はっきり分けた」と、同じことを言っている。
つまり、私がやった書き直しは、知らずに「note側が推したい型」へ寄せていく作業だった、ということになる。
これから書く人は、まずこの記事を読んだほうが早い。
おわりに
検索1位を取ったからといって、何かが激変したわけではない。
ビューは増えた。スキは思ったほど増えなかった。コメントは、初めて知らない人からもらった。1位を取った実感は、思ったより小さかった。
ただ、「誰でもない記事」を書いていた頃と比べると、書き終わったあとに残るものは、確かに違う。
次に書く記事も、「これ、誰が書いた記事か分かる?」と自分に問いながら書く。
最後まで読んでいただきありがとうございました。 「日本三國 名言」の記事はこちらです。
※2026年5月27日追記
細かい修正点、具体的なものをこちらでまとめました。
参考になった方がいたら、スキで教えてもらえると次の励みになります。
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