「よき侍になりよった」信長と秀吉、今生の別れ。笑えて切ない本能寺前夜【豊臣兄弟 第26話感想】
こんにちは。ごんごん夫です。
ああ、あと1話か・・・
そんな話です。
「よき侍になりよった」信長と秀吉、今生の別れ。笑えて切ない本能寺前夜【豊臣兄弟 第26話感想】
大河ドラマ『豊臣兄弟』第26話「信長を笑わせろ」を見ました。
ついに、運命のカウントダウンがゼロになろうとしています。
次回、第27話のサブタイトルは「本能寺の変」。
いよいよ、織田信長がこの大河ドラマの舞台から退場することになりそうです。
前回の私の予想通り、今回の本能寺編は3話構成になりましたね。
第25話「変事の予兆」
第26話「信長を笑わせろ」
そして第27話「本能寺の変」
今回はその2話目。
本能寺の変そのものではありません。
でも、もう完全に本能寺の変の「前夜」となる回でした。
派手な合戦があるわけではない。
大きく歴史が動くわけでもない。
けれど、画面の端々から、
「ああ、これが最後の別れになるんだろうな」
という空気がじわじわ伝わってくる。
笑えるのに、切ない。
そんな第26話でした。
前回の記事はこちら
▶︎ 第25話「変事の予兆」感想
謎のリズム「一献、二献、三献と」!信長を笑わせろ!
今回のタイトルは「信長を笑わせろ」。
その通り、本能寺直前だというのに、中盤では羽柴家臣団が信長を長浜城に招き、もてなす場面が描かれました。
ここ、良かったですね。
やっぱり『豊臣兄弟』は、こういう家臣団がわちゃわちゃしている回が強いです。
冷たく、厳しく、近寄りがたい信長。
その信長をなんとか笑わせようと、羽柴家臣団が一丸となって必死にバカをやる。
この空気が、なんとも温かいんですよね。
テンポの良いボケとツッコミ。
真面目にやっているのに、どこかズレている感じ。
でも、根っこには「みんなで何とかしよう」という思いがある。
こういう人間ドラマの回があるから、『豊臣兄弟』は見ていて楽しいんだと思います。
そして今回、個人的に脳内を支配されて離れないのが、あの謎のリズムです。
「一献、二献、三献と……!」
なんですか、あれ。
信長をもてなす酒席の掛け声のようにも聞こえますし、妙にリズムが良くて、ちょっと耳から離れません。
一献、二献、三献と。
本能寺へ向かう重い流れの中で、こういうコミカルな掛け声を全力でやる羽柴家臣団。
この明るさに救われました。
ただ、明るいからこそ、次回が余計につらくなりそうなんですよね。
本能寺直前なのに、しんみりしすぎない。
でも、その温かさがあるからこそ、次に待つ別れがより切なくなる。
このバランスが、とても良かったです。
信長が目指した「境目のない空」
そして今回、私が一番胸を打たれたのは、ラストの信長と秀吉の会話です。
信長が、秀吉に向かって、自分が作りたい世について語ります。
新しい世がどういうものなのか。
自分にも、はっきりとは見えていない。
そう言いながらも、信長は一つの考えを口にします。
この空のように、境目がない。
どこまでも一つであれば、争いは起きない。
そういう国を作りたい。
この言葉、かなり良かったですね。
前回の第25話では、前線の兵から「こんな地獄の先に、本当に良い世はあるのか」という重い問いが投げかけられました。
戦って、戦って、また戦う。
仲間が死んでいく。
その先に、本当に良い世の中なんてあるのか。
これは、戦の現場にいる人間からすれば、とても自然な問いだったと思います。
その問いに対して、今回、信長は直接答えたわけではありません。
でも、空を見上げながら語った「境目のない空」の話は、信長なりの答えのようにも感じました。
信長は、ただ領地を広げたいだけではない。
ただ権力を握りたいだけでもない。
国と国の境目。
人と人を分ける境目。
争いを生む境目。
そういうものをなくし、一つにつながった世を作りたい。
もちろん、そのためにたくさんの戦がありました。
多くの人が死にました。
だから、簡単に「信長は正しい」とは言えません。
でも、少なくともこの大河ドラマの信長は、その先に何かを見ようとしていた。
その大義のために、信長はあえて怖い存在であり続けたのかもしれません。
あの空を見上げる信長には、冷酷さだけではない、静かな願いのようなものがにじんでいました。
「よき侍になりよった」信長と秀吉、今生の別れ
そして、その言葉を受け止めた秀吉に、信長は上着をかけます。
バサッと、自分の上着を秀吉にかける。
そして静かに告げます。
「よき侍になりよった」
ここは、かなりグッときました。
最初は「猿」と呼ばれていた秀吉。
信長に見出され、使われ、試され、時には無茶も言われながら、ここまで来た秀吉。
その秀吉が、ついに信長から「よき侍」と認められる。
これはもう、信長から秀吉への最大級の承認だったのではないでしょうか。
しかも、次回は本能寺の変です。
おそらく、これが二人の今生の別れになるのでしょう。
そう思うと、あの上着をかける仕草も、ただの優しさではなく、
「次の時代を、お前に託す」
というバトンタッチのようにも見えました。
信長の言葉。
信長が見ていた世。
そして、信長からの承認。
第26話は、それらを秀吉が受け取った回だったと思います。
この関係を第1話からずっと見続けてきたからこそ、あの「よき侍になりよった」はかなり沁みました。
そこに「小一郎」がいなかった意味
ただ、この最高の場面を見ながら、私は一つ気になることがありました。
そこに、小一郎はいなかったんですよね。
信長が未来を語る。
信長が、自分の作りたい世を言葉にする。
秀吉が、その言葉を受け取る。
かなり大事な場面です。
でも、そこに小一郎はいない。
前々回、小一郎は「わしは変わっておらぬか」と、自分自身に問いかけていました。
そして前回は、「戦いの先に本当に良い世の中があるのか」という問いを突きつけられていました。
戦のない世を作るために戦っている。
でも、その戦の先に本当に良い世はあるのか。
この矛盾を、小一郎はずっと抱えているはずです。
だからこそ、私は今回、信長の「境目のない空」の言葉を小一郎も聞くのかなと思っていました。
信長が何を目指していたのか。
天下一統の先に何を見ていたのか。
その言葉を聞くことで、小一郎の迷いも少し救われるのではないかと。
でも、今回は信長と秀吉だけでした。
ここは、あえてそうしたのかもしれません。
信長の大義を直接受け取ったのは秀吉。
一方で、小一郎はその場にいなかった。
この差は、今後の豊臣兄弟にとって大きな意味を持つ気がします。
信長の言葉を胸に、さらに前へ進んでいく秀吉。
戦の痛みや虚しさを抱えたまま、その秀吉を支える小一郎。
この二人の間に、少しずつ考え方のズレが生まれていくのかもしれません。
タイトルが『豊臣兄弟』だからこそ、この小一郎の不在はかなり気になります。
信長の見ていた「境目のない空」のような世。
それを秀吉がどう受け止め、小一郎にどう伝えていくのか。
そして小一郎は、それをどう受け止めるのか。
ここは、今後の大きな見どころになりそうです。
やっぱり人間ドラマの回が面白い
今回改めて思ったのは、『豊臣兄弟』はやっぱり人間ドラマの回が面白いということです。
派手な合戦よりも、誰が誰に何を言ったのか。
誰が誰に何を託したのか。
誰がその場にいて、誰がいなかったのか。
そういう細かいところに、かなり引き込まれます。
今回で言えば、信長と秀吉の会話。
信長を笑わせようとする羽柴家臣団。
そして、その場にいなかった小一郎の存在。
歴史的な大事件である本能寺の変を前にして、合戦ではなく、人と人との関係をじっくり描いてくれた。
だからこそ、第26話は本能寺前夜として、かなり満足度の高い回でした。
凄まじい「小栗信長ロス」がやってくる
そして次回、第27話。
ついに「本能寺の変」です。
ここまで来ましたね。
大河ドラマでも、歴史小説でも、歴史漫画でも、織田信長はいろいろな描かれ方をしてきた人物だと思います。
冷酷な魔王として描かれる信長。
革新的な天才として描かれる信長。
実はかなり家臣思いだったのではないか、と描かれる信長。
作品によって、信長像は本当にさまざまです。
その中で、小栗旬さんが演じてきた『豊臣兄弟』の信長は、かなり王道の織田信長だったように感じます。
怖い。
厳しい。
近づきがたい。
でも、その奥に、人間らしさがにじみ出ている。
ただの冷酷な人物ではなく、天下一統の先にある新しい世を見ようとしていた人。
そして、その道のりの中で、孤独や苦悩も抱えていた人。
そういう信長が、ここまでしっかり描かれてきたように思います。
そんな信長も、いよいよあと一話。
これは、かなり大きな信長ロスが来そうです。
次回、第27話「本能寺の変」。
小栗旬さん演じる織田信長が、どんな最期を迎えるのか。
そして、秀吉と小一郎はその報せをどう受け止めるのか。
中盤最大の山場を、しっかり見届けたいと思います。
※次回27話の感想記事はこちら
▶︎ 第1回「二匹の猿」の感想
また懲りずに、こんな記事を書いていきます。
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