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重たい日も、暮らしは静かに続いている

ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣ごきたゆたかです。

このnoteでは、心と体と思考のズレをやさしくととのえる話を、日々書いています。

体が重い日があります。

何か大きなことがあったわけではない。
特別に落ち込んでいるわけでもない。
はっきりした理由があるわけでもない。

でも、なんとなく重い。

起き上がるまでに時間がかかる。
体の奥が少しだるい。
頭の中がぼんやりしている。
気持ちが前に出てこない。
やることはあるのに、動き出すまでに少し間がいる。

そんな日があります。

前回の記事では、
体が重い日は、思考を深掘りしすぎない
という話を書きました。

体が重い日に、
原因を探しすぎない。

自分を分析しすぎない。

「どうしてこうなんだろう」と掘り続けて、
かえって自分を責める方へ進まない。

まずは、体に戻る。

そんな話でした。

今日は、その続きとして、
もう少し静かな話を書いてみようと思います。

重たい日にも、
暮らしは静かに続いている。

そんな話です。



重たい日にも、朝は来る

体が重たい日にも、朝は来ます。

カーテンの隙間から光が入る。
外の音が少し聞こえる。
誰かの生活の気配がある。
お湯を沸かす。
顔を洗う。
水を飲む。
洗濯物を見る。
机の上に置いたままのものに気づく。

特別なことではありません。

でも、暮らしはそうやって、
静かに続いています。

心が軽い日だけ、暮らしがあるわけではない。

元気な日だけ、朝が来るわけではない。

何かを達成できる日だけ、
一日が始まるわけでもありません。

体が重い日にも、
心が少し沈んでいる日にも、
考えがまとまらない日にも、
暮らしは、淡々とそこにあります。

そんな、ありふれた日常の生活が、
自分を救ってくれることもあります。


大きく変えようとしなくていい日

重たい日は、
大きく変えようとしなくていい日です。

生活を立て直そうとしなくていい。
気持ちを切り替えようとしなくていい。
原因を全部見つけようとしなくていい。
前向きになろうとしなくていい。
ちゃんと整えようとしなくていい。

ただ、今日の暮らしを、
少しだけ続ける。
淡々と過ごす。

それでいい日があります。

水を飲む。
窓を開ける。
歯を磨く。
服を着替える。
温かいものを飲む。
洗濯物をたたむ。
台所を少し片づける。
少しだけ外の空気を吸う。

それくらいのこと。

でも、重たい日には、
それくらいのことが、ちゃんと意味を持ちます。

何かを大きく変えなくても、
暮らしの小さな動きが、
自分を少しだけ今に戻してくれる。

体が重い時ほど、
大きな答えではなく、
小さな暮らしに戻ることが大切です。


暮らしは、心と体を置いておける場所

暮らしには、不思議な力があります。

考えすぎている時も、
お湯を沸かす。

心がざわついている時も、
洗い物をする。

体が重い日も、
布団を整える。

何かが解決したわけではない。
悩みがなくなったわけでもない。
気持ちが急に軽くなったわけでもない。

それでも、手を動かしているうちに、
少しだけ呼吸が戻ることがあります。

暮らしは、
自分を責めずに戻れる場所です。

「どうしてできないのか」と問い詰めなくても、
ただ手を動かす。

「何が原因なのか」と考え続けなくても、
ただ今あるものに触れる。

コップを持つ。
布に触れる。
床に足をつける。
水の音を聞く。
外の光を見る。

そういう小さな感覚が、
思考でいっぱいになった自分を、
少しずつ体に戻してくれます。


重たい日を、失敗にしない

私たちは、重たい日をすぐに失敗にとらえがちです。

今日は何もできなかった。
予定通り進まなかった。
思ったように動けなかった。
また立て直せなかった。
また同じように重くなった。

そうやって、
重たい一日を「ダメな日」として閉じてしまう。

でも、重たい日にも、
ちゃんと起きていたことがあります。

体は知らせてくれていた。
心は何かを感じていた。
思考は少し先に行きすぎていた。
暮らしは、それでも続いていた。

たとえ大きなことができなくても、
一日を過ごした。

水を飲んだ。
何かを食べた。
誰かの言葉を読んだ。
少し休んだ。
少しだけ動いた。
窓の外を見た。

それだけでも、
その日は完全に止まっていたわけではありません。

重たい日は、失敗の日ではなく、
少し、力加減を変えてみる日なのです。


ちゃんとしようとしすぎない

体が重い日に、
「ちゃんとしよう」とすると、
さらに重くなることがあります。

ちゃんと、起きなきゃ。
ちゃんと、動かなきゃ。
ちゃんと、戻さなきゃ。
ちゃんと、整えなきゃ。
ちゃんと、前向きにならなきゃ。
ちゃんと、自分を管理しなきゃ。

その「ちゃんと」が、
心と体を少しずつ追い込んでいく。

本当は、
ちゃんとする前に、
少し休みたいだけかもしれない。

本当は、
整える前に、
今の重さをそのまま受け取ってほしいだけかもしれない。

本当は、
変わる前に、
少し安心したいだけかもしれない。

重たい日に必要なのは、
ちゃんとすることではなく、
やさしく戻ること。

その日の自分に合う力加減まで、
少し下げてあげることです。


できることを増やすより、減らす

重たい日には、
できることを増やすより、
やることを減らすことが助けになります。

予定をひとつ減らす。
返信を急がない。
買い物を明日にする。
考える時間を短くする。
スマホを見る時間を少し減らす。
今日は完璧な食事を目指さない。
部屋全体ではなく、机の上だけにする。

できることを増やそうとすると、
体がさらに重くなることがあります。

でも、
少し減らすと、
呼吸が入る余白が生まれます。

重たい日は、
足すより、引く。

埋めるより、空ける。

進めるより、滞らせない。

そんな日があっていいんです。


小さな暮らしが、体を支えている

暮らしの中には、
小さな支えがたくさんあります。

朝の一杯の水。
温かいお茶。
窓から入る光。
洗いたてのタオル。
少し片づいた机。
足裏に触れる床。
湯気の立つ味噌汁。
雨の音。
風の通る部屋。
お気に入りのマグカップ。

どれも、
大きなものではありません。

ごくごく普通に、日常にあるもの。

でも、体が重い日には、
こういう小さなものが、
思っている以上に支えになります。

何かを変えられなくても、
小さな暮らしに触れる。

自分を変えようとする前に、
自分のいる場所を少しだけ整える。

それだけで、
心と体と思考のズレが、
少しだけやわらぐことがあります。


重たい日は、浅くやさしく過ごす

前回の記事で、
体が重い日は、思考を深掘りしすぎない
と書きました。

今日の言葉で言うなら、
重たい日は、
浅く、やさしく、過ごす。

深く考えなくていい。
大きく変えなくていい。
原因を見つけなくていい。
意味をつけすぎなくていい。

浅く、やさしく。

朝の光を見る。
水を飲む。
少し息を吐く。
肩をゆるめる。
部屋の空気を入れ替える。
一つだけ片づける。
少し横になる。
今日は少しゆっくりにする。

そのくらいでいい。

重たい日に、
重たい思考を重ねなくていい。

重たい日は、
暮らしの小さな動きに、
自分を預けてみる。

そこから少しずつ、
戻っていけばいいのです。


暮らしは、待ってくれている

暮らしは、急かしません。

でも、自分の思考は、急かしてきます。

早く、戻らなきゃ。
早く、整えなきゃ。
早く、変わらなきゃ。
早く、ちゃんとしなきゃ。

でも、本来、
暮らしというものは静かなものです。

お湯は、沸くまで待っている。
洗濯物は、乾くまで待っている。
植物は、少しずつ伸びている。
空は、ゆっくり明るくなる。
雨は、いつか上がる。

暮らしは、
私たちに、少し待つことを教えてくれます。

重たい日も、
すぐに軽くならなくていい。

今すぐ答えを出さなくていい。

少し暮らしの中に、戻ってみればいい。


重たい日も、暮らしは静かに続いている

重たい日も、
暮らしは静かに続いています。

体が重い日。
気持ちが前に向かない日。
思考が少し曇っている日。
何をしてもすっきりしない日。

そんな日にも、
朝は来て、
水は飲めて、
光は入り、
湯気は立ち、
足は床に触れています。

その小さな現実に戻ること。

それは、
とても静かなととのえ方です。

大きく変わらなくていい。
深く掘らなくていい。
ちゃんとしようとしすぎなくていい。

今日は、
暮らしの中に少し戻る。

水を飲む。
息を吐く。
窓を開ける。
ひとつ片づける。
温かいものを飲む。
少し休む。

それだけで、
心と体と思考は、
ほんの少し同じ場所に戻ってきます。

重たい日も、
あなたの暮らしは静かに続いている。

その静けさの中に、
戻れる場所があります。

ととのえるとは、がんばることではありません。

今日は、そっと、浅く、やさしく過ごしてみてください。

また、次の記事でお会いしましょう。

ととのえ職人
五木田穣


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