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獅子の仔 Ⅰ 010 マイア Ⅱ


マイア Ⅱ


1 抜擢


 マイアにとって、彼女は絶対的な存在だ。マイアだけではない。彼女は公妃の邸宅で働く侍女や乳母、宮廷付きの修道女セプタ、時には、衛兵長や家令にも指示を出し、公妃の筆頭護衛騎士である、甥のジェイソン=バーク卿にすら真向から意見する立場にあった。
 彼女の侍女服には赤銅の腕章が縫い付けられ、腰には鍵の束が下げられていた。痩せて小柄ではあるが、背筋は真っ直ぐ伸び、俊敏で、その目は常に周囲を見渡し、どのような些細な変化も見逃さない鋭さがあった。公妃が産まれた時から近侍し、常に公妃の側に仕えて生きてきた。

 その侍女長イェルマ=バークが病床に伏せていた。三十余年に及ぶ奉公において初めてのことだった。
 急遽、イェルマと同年輩の温和な侍女頭のオルデ=マーブランドが代理を担うことになり、マイアはその補佐に抜擢され、公妃の邸宅の差配に走り回った。
 マイアはオルデから、謁見の際の段取りや衛兵の配置の調整、鍵の管理や符号合わせなど、極めて重要な仕事を任せられた。
 今夜は、公妃が邸宅の離れの「獅子星の展望室」に出向く日だった。展望室は邸宅内ではあるが、長い廊下を通って行かねばならない外縁の低い塔にあり、内密の謁見に使われていた。昼には幾度も清掃のために立ち入っていたが、夜にこの部屋に足を踏み入れるのは初めてだった。

 「獅子星の展望室」は、四方の壁には群青瑠璃ラピスラズリ藍銅鉱アズライトをすり潰した塗料が青黒く塗られ、星々を模した宝玉が埋め込まれていた。天井は東方大陸エッソスの自由都市ミアの最高級の透過硝子ミア グラスが張られており、黒い鋼鉄の細い枠がそれを支えていた。闇夜になると、部屋に入った者は、星空に囲まれるような浮遊感に包まれる。

獅子星の展望室

 マイアは、星空に酔いそうになりながら、銀の燭台に蜜蝋を立てて明かりを灯して回った。密議の場の準備は、他の侍女は関わらせず、オルデとマイアだけで行わなければならなかった。
 部屋の中央に置かれた青白い明礬石アラバスターの円卓に、よく冷えた檸檬水が入った銀の水差しを三つ。温められた薄い白葡萄酒の入った薄赤い陶器の水差しを三つ。蜂蜜と異国の香辛料が練り込まれた薄焼き菓子ビスケットの載った白い陶器の小皿が六つに、干し無花果、干し苺、干し桃、干し葡萄などが載せられた青い陶器の小鉢を六つ。震える指で、数えるようにして並べた。

 準備を終えると、公妃邸宅に謁見の会談の準備が整ったことをボルテック衛兵長に伝えた。今夜の公妃の護衛は護衛騎士たちが担うため、衛兵隊は公妃邸の警備に留まることになっていた。
 三人の宣誓の盾がジェイン様を護衛して、ここにお連れするまでに、謁見者たちを展望室に案内しなくてはならない。既に、謁見者たちは、展望室の下階の待合室に待機していた。
 展望室の 張出台バルコニーから、吹きさらしの外階段を、透硝子の手燈ミア ランタンを持って降りる。マイアは高い場所は苦手ではなかったが、それでも手すりを持つ手に力が入る。下階の踊り場に着くと、待合室の扉を人差し指の甲で、控えめに二度叩いた。部屋の中からの応答を待ってから押し開く。待合室のなかには四人の男が待機していた。
 待合室の中は薄暗く、漆喰が塗られた黄白色の壁には、四つの巨大な影が写っていた。影の主である、四人の男は、蜜蝋の燭台を囲んで座っていたが、揃ってマイアを見つめた。

「皆様、お待たせいたしました。謁見の準備、整いました。只今よりご案内致します」
 マイアは笑顔をやや硬くしながらも、会釈して、上階への移動を促した。四人の男は揃って頷くと立ち上がった。
 マイアは、透硝子の手燈ミア ランタンを掲げて、外階段を先導して上がり、張出台バルコニーで、灯りを持って男たちを出迎えた。
 先頭を上ってきたのはハーウッド=エストレン卿だ。その岩のような体躯に、今日は真新しい群青色の鋲打防衣ブリガンダインに小綺麗な濃い緑色の羊毛外套、髭なども切り揃えて、それなりに身なりを整えていたが、腰に下げている、分厚い鉄板のような粗野な剣はそのままだった。
 続いてべリアン=ボウマ卿は、鋼鉄の歩行補助具を軋ませて、階段を上がってきた。灰色の外套に、キャスタリーロックの官吏が着る紅色の長衣ローブを纏い、冷や汗を滲ませながら黒い六角の棒杖を握りしめている。
 その背後からは、薄緑の外套を纏ったクレストル=ユー卿が、濃い灰色の目で崖下を見下ろしながら、階段を上ってきた。焦茶色の軍長靴は音一つたてない。
 最後に小柄な壮年の官吏が上がってきた。穏やかな目元に白髪の混じった髪、紅色の短衣チュニックに、上品な革の上着を纏っている。こちらは日頃から顔をよく合わせている家令のカサル=ドゲットだ。マイアを見て、目を細めて頷いた。

 全員が「獅子星の展望室」に上がると、決められた席にそれぞれを案内した。侍女頭のオルデが既に暖炉で部屋の温度を少し上げていた。晩夏とは言え、キャスタリーロックの夜は冷える。

 オルデと並んで、扉を開け、頭を下げて、公妃を出迎える。
 公妃を先導してきたのは、黒髪に分厚い胸板、長身で厳めしい表情をしたジェイソン=バーク卿だ。黒い羊毛外套に黒い長鎖帷子ホーバークを纏って、腰には二本の長剣を佩いている。

 続いて、ジェイン公妃が入室した。先に着席していた四人の男性は立ち上がり頭を下げる。公妃は、手を挙げて労い、バーク卿がひいた席に、微かな衣擦れの音と共に座った。身に纏っているのは、血のように濃い、暗紅色の天鵞絨ベルベットで仕立てられた夜長衣ガウンドレスだった。生地は分厚く、首元から手首までを隙間なく覆い、襟元や袖口には、夜の底冷えを凌ぐための黒貂の毛皮があしらわれていた。バーク卿は残された最後の空席、公妃の隣の席に座った。公妃の後ろからついてきた、残りの二人の護衛、長身の濃い灰色の目の剣士ウィムジ=バーリーと、中背で執事のような風貌のリアム=ヒル卿は、無言のまま部屋の扉の横に立った。侍女頭のオルデと二人で手分けして銀杯に檸檬水を差して回り、終わると、銀の水差しを扉の脇の台車に置いた。
 これで、ようやく役目を終えた。これから公妃の邸宅に戻り、会談後の公妃の寝床と湯あみの準備をしなければならない。

「マイア、後をお願いします」
 侍女頭のオルデはいつものように穏やかな目でマイアを見て微笑むと、公妃にむかって一礼して部屋を退出した。

「え?」
 呆然と立ち尽くす。密議の供応は侍女長の仕事だ。イェルマが不在のため、供応無しで行うということか。気を取り直して部屋を出ようとした。

「マイア、あなたはここに残りなさい」

 公妃の一言に、状況をすぐに理解できず、足が竦む。
 私が密議に立ち会うというのか。
 助けを求めるように一同を見渡すも、着席した五人の男たちは、誰も何も言わない。重鎮であるバーク卿は、こちらを見ようともしない。
 ボウマ卿が無遠慮な値踏みするような一瞥をこちらに向けただけだった。
 扉の横に待機していた、二人の護衛は音もなく退室した。
 今夜から侍女長の代理となったマイアの背後で、重たい扉が閉ざされた。

2 密談

 マイアは、立ちすくんでいたが、公妃は自ら議事を始めた。

「時間が惜しい。クレストル、報告を」
 公妃の穏かで、落ち着いた声が、静寂のなかで響き、我に帰った。
 いつもと同じ声だが、短く、一切の修辞のない言葉使いだ。

 展望室の温度は適切に保たれている筈であるが、満天の星空と周囲の青黒い玉壁に囲まれ、冷え冷えとしてくる。
 クレストル=ユー卿が、音もなく椅子から腰を浮かせ、短く一礼した。森林官は、緑色の外套を脱いだ下には紺色の詰襟の厚布防衣ギャンベソンを身に着けており、周囲の青黒い玉壁に半ば溶け込んでいた。

 クレストル卿は、淡々と調査の経過を報告した。
 「高き堆積岩の城」ハイスタックの若き後継者、エイモンド=スタックスピア卿の対応と、ウォルモン公の体調不良、現在はエイモンドが公務を代行していることなど、抑揚のない低い声が耳にはっきりと届いた。
 クレストル卿は懐から数枚の紙片を取り出し、赤革の手紙入れに挟むと、円卓に滑らせた。手紙入れは、青白い明礬石アラバスターの円卓の卓上を滑り、バーク卿の手元に届いた。バーク卿は、数枚の紙片を取り出して広げると隣に座る公妃に手渡した。

「確認が取れた点は二つです。一つは、銀山坑道にて浸水事故が起きたこと、もう一つは、スタックスピア家からの支援要請が、何者かによって握り潰されたことです」

 バーク卿が、即座に言葉を挟む。
「支援の要請だと、聞いていない」

「……続けて」
 公妃はクレストル卿の提出した文書に目を通しながら発言を促した。

 マイアは、耳を塞ぐこともできず、これらの報告が耳から入ってくるままに、銀の水差しを持って後ろに控えた。手が微かに震えるのを抑える。
 早くも檸檬水を飲み干したエストレン卿の後ろに周り、銀杯に檸檬水を並々と注ぐ。

 クレストル卿の報告は続く。
 「エイモンドは、『モレル殿が仲介してくれたにも関わらず、支援が却下された』と言いました」
 マイアには、その一言が何を意味するかは理解できなかったが、展望室の空気が張り詰めたのは感じとれた。

「では、あの金庫番を捻り上げて、吐かせるべきかと」
 獰猛な笑顔で紅衣の大男、ボウマ卿が述べた。
 その隣でエストレン卿が頷く。

「……お待ちください。相手は卑しくもキャスタリーロックの高官。一つ間違えば公妃様の名前に傷がつきます。あのモレルなら、どうとでも言い逃れをします」
 小柄な家令のカサル=ドゲットが、細いが、鋭い声で諫めた。

「一時間あれば吐く」
 ボウマ卿は歯を剥いた。
「爪を剥げば、誰でも口を割る」
 力みのない、平坦な声だった。

「…宮廷のことは、私を重んじると仰った筈ですが」
 臆することなく、カサル家令は鋭い視線で応じる。

 ボウマ卿は眉をしかめて目を逸らした。

 森林官は家令と輜重官の応酬が収まると、口を開いた。
「スタックスピア領では、銀山の管理と辺境での徴税などが、外部の「支援者」に握られています」

 マイアは、公妃の口元が引き締まるのを見た。公妃は、明らかに怒りを抑えている。

「代行しているのは「鉛の牡鹿」レデゥン スタッグ商会です。もとは毛皮商ですが、近年は金座を介した商会や農地の「乗っ取り」を生業としています」
 クレストル卿の報告に、一同は静まり返った。

 「…ラニスター家の旗主たるスタックスピア家が、家中の不義を突かれ、怪しげな商人どもに食い物にされているというのか」
 バーク卿が手にした銀杯はひしゃげんばかりに握りしめられていた。

「…しかし、いくら強欲とは言え、たかが商人風情が、大諸侯たる旗主家に手を出すことなどできますでしょうか」
 カサル家令が細い声で疑問を呈した。

「……後ろ盾がいる。金座派の商人ども以外に、ラニスター家を侮り、嘲る虫がいる。それも巨大な蟲だ。そいつらは、公妃様に忠誠を誓う陣営を削ろうとしている…」
 ハーウッド=エストレン卿は星空を睨んで、唸った。彼が誰のことを思い浮かべているのかわからなかったが、その目は普段とは違う獰猛な光を帯びていた。

「その結論を下すのは、まだ早いかと」
 苦笑するように、クレストル卿が低く言い、推論を抑えた。

 溜息とともに、バーク卿が目を閉じ、銀杯を軽く掲げた。マイアは薄赤い陶器の水差しを手に取り、銀杯に温かい薄められた白葡萄酒を注ぐ。エストレン卿は小皿の薄焼き菓子ビスケットを手に取って頬張った。

 クレストル卿だけは何も口にせず、低い声で報告を続ける。
「辺境の集落では、村人の数が減っていました。何処かへ連れ去られたと思われます」

 重苦しい空気が流れる。 
 マイアにも「人攫い」が重罪であることは理解できた。

「……これで、奴隷売買の疑いが立てられますな」
 慎重なカサル家令にしては踏み込んだ言葉だった。 

 クレストル卿は静かに頷いた。
「おそらくは、銀山での強制労働と思われます。確認したかったのですが――」

「噂の「虎」を見たのか?」
 バーク卿は身を乗り出して尋ねた。
 エストレン卿も同様に身を乗り出す。

「いえ。銀山に向かう途中で敵の待ち伏せの危険を感じたため、引き返しました」
 クレストル卿は口元を歪めた。この森林官が感情を見せるのは珍しい。

「無理する必要はありません。今は、ウォルモン老の回復を待つのが最善でしょう。夫を動かして、キャスタリーロックから学匠メイスターベルドンを治療の支援として正式に訪問させます」
 公妃は穏やかな声でクレストルの判断を肯定した。

学匠メイスターベルドンの使節には、誰か随行させましょうか」
 ベリアン卿は身を乗り出して言った。

「いえ、ウォルモン老公の体調には夫が大変関心を持つ筈です。ラニスター公の発案として進めます。私は一切関わりません。……学匠メイスターベルドンにも悟られないように進めます」

「?学匠メイスターを疑いで?」
バーク卿が驚いた様子で横の公妃を見つめる。
家令のカサルは頷いている。

「……何事も用心です。とにかく、しばらくは待機です。今、露骨に動けば、私たちが風下で伏せているのが相手方に悟られます」
 公妃は薄く笑った。マイアが普段見ることのない笑顔だった。

「カサル、モレルとボロスの動きを見張りなさい」
 小柄な家令は深く一礼した。
「べリアン、「鉛の牡鹿」商会を探りなさい」
 大柄な輜重官も深く一礼した。

「よく分かっているかと思いますが、貴方たちは連携して対応してください。しかし、直接、動いてはなりません。官吏や評議会、商会の繋がりを使って、網を張るのです」

「……動くのではなく、網に掛かるのを待つのです」

「クレストル、貴方は「お見舞いの特使」の仕事で些か目立った後です。しばらくキャスタリーロックを離れたほうが良いでしょう。森林局に、半島地方の植林の助言を求める要請が出されます。貴方が引き受けてください」
 クレストル卿は静かに頭を下げた。

 次に公妃は、岩のような巨漢へ顔を向けた。
「ハーウッド。この始末、軍を動かす訳には行きません。近い将来、手持ちの兵で「虎」を狩ることになるでしょう」

 エストレン卿は、小鉢と小皿を横によけて、円卓の上に太い腕を置いた。
「……実戦に耐えるのは十人ほどです」

 公妃は、逡巡するエストレン卿に構わず厳命した。
「命令を変更します。正規の軍は動かせません。バーク卿及びクレストルと協議して、相手の兵力を測定し、十分な兵の準備を進めなさい。詳細は貴方に一任します」

「…御意」
 エストレン卿の青い目は普段の眠たげな色彩は無くなり、深く沈んだ色を帯びた。

3 首の鈴

 一同は、次々と銀杯を軽く上げて酌を求めた。マイアは檸檬水や薄い白葡萄を注いで回った。エストレン卿の空いた小皿と小鉢には溢れそうになるぐらい薄焼き菓子ビスケット干し果実ドライフルーツを盛った。

「ボウマ卿、南西部港湾の整備状況の報告を」
 公妃の声は、淀みなく落ち着いていた。

 紅衣の輜重官は、着座のまま会釈すると、南西部港湾の状況をかいつまんで報告した。城壁修理の予算、港湾の立ち退き、岸壁の護岸工事、ラニスポート評議会との調整など、話のほとんどがマイアには理解できなかったが、この武骨な大男が見た目と異なり、緻密な思考をしていることは感じ取れた。

「ご苦労様。……無理し過ぎないように、時間をかけて進めなさい」
 公妃の含みのある労いに、ベリアンは深く頷いた。

 公妃は、全員に目をやって一息ついてから発言した。
「べリアンの骨折りもあり、南西港湾の整備は端緒についた、といっても良いでしょう。港という器の建設を進めると同時に、この港湾を取り仕切る「小評議会」の設置を進めます」

 展望室に異論の声はない。マイアも壁際で燭台の蜜蝋の灯を確かめながら、その「小評議会」が南西港湾の要だということぐらいは理解できた。

「ラニスポート評議会より「助言」が寄せられています。構成員の推薦が出されました」

「……「黒獅子商会」の商会長、メルヴィン=ラニスターです」

 その名が出された途端、展望室の空気が凍りついた。

 ジェイソン=バーク卿が、吐き捨てるように唸った。
「ジェイン様。あのような野良猫に港を任せると?「金座派」と繋がっている可能性すらありますぞ」

「誰がその野良猫の首に、鈴をつけるおつもりか」
 家令のカサルが、顔をしかめて、目を細めた。

 ボウマ卿だけは何の反応も見せず、押し黙っている。

「小評議会の構成は、聖数である「七席」とします」
 公妃は手を上げて異論を制し、ボウマ卿に説明を促した。

「古びた揚船場」オールド ドックを地盤にする評議会議員を一人、小評議会に加えるべきだ、との申し出がありました」
 紅衣の大男はラニスポート評議会からの手紙と思われる紙片を隣の席のエストレン卿に渡して、顎で回覧するように促した。

「…そもそも、ラニスポート評議会はこの南西港湾の整備計画には黙認という態度でした。従来からの「金座派」と「木炭派」との軋轢にも、静観を決め込んでいた。なのに、小評議会の構成員を「推薦」とは、厚かましいにもほどがありますな」
 エストレン卿は手紙に目を通しながら、顎を上げて、鼻を鳴らした。

「……まず、メルヴィン=ラニスター。その相棒である、寂れた波止場ダル ワーフの顔役、ダール=ピートポット。そして、彼らの舎弟であるヨルム=ラニスター、この三人を構成員に据える考えです」
 エストレン卿の不平に構わず、ボウマ卿は続けた。

「……ろくでもない面子ですな。どのような担保をお考えで?」
 カサル家令が詰めるように問う。

「ヨルムという男に、南西港湾で商会を立ち上げさせることにします」
 紅衣の輜重官は、事もなげに言った。

 ボウマ卿の説明にバーク卿が苛立ったように詰める。
「自らの商会すら持たぬ若造なのか?」

「……ヨルム=ラニスターは、ラニスポート評議会会頭ジョゼ=ラニスターの息子です」
 べリアンが眉を上げて付け足した。

一同は押し黙った。展望室のどこかで、蜜蝋が小さく爆ぜた。

「……輜重官殿も人が悪い。「黒獅子」を押し付けてきた評議会の提案を逆手に取って、主流派を引き摺り込む算段ですな」
 カサル家令が顔をしかめて、苦笑した。

 マイアは扉の傍らで水差しを持って立ちながら、空いた杯が無いか円卓を見渡した。含み笑いを交わしている輜重官と家令長の銀の杯は、まだ檸檬水が満たされたままだ。

 ボウマ卿は続けて説明した。
「もう一つ。ダール=ピートポットは「泥炭の鉢」ピート ポット商会の商会長ですが、故人である先代ほどの器ではない。姉に頭が上がらない男です。その姉こそが、メルヴィンを牽制できる数少ない人物です」

「……とは言え、あの傭兵あがりと、その二人は友人。小評議会を壟断されないために、あとの四人は、絶対に裏切ることのない、確実な手駒が必要ですな」
  クレストル卿が低い声で指摘した。

「ふん、「絶対に裏切ることない」商人を探すのか?金目当てに、あくせくする奴らに何を期待できる?」
 バーク卿は横を向いて吐き捨てた。

「……木材や毛皮を扱う「木炭派」を招聘しないのは何故ですか。公妃様とも近い」
 カサル=ドゲットからの質問にボウマ卿は渋い顔で頷いた。

「実は迷っております。「木炭派」を招けば、「金座派」を刺激する」
 ボウマ卿は溜息をついて付け加えた。
「今はまだ、「城壁の補修工事」に過ぎない。表立った動きを、もう少し抑えておきたい」

 公妃は頷いて決裁した。
「小評議会の設置は急ぎません。先ほどの三人は既定路線として、その重しとなる構成員の候補は、時間をかけて見極めましょう」

 ボウマ卿は深く一礼した。
「南西部港湾と今後、取り引きをする地方の商会もあたります」

 カサル家令は応じた。
「評議会はいい顔はしないでしょうが、諸侯の分流の商会を引き込むことも可能かと」

「……後は、曇天の埠頭クラウディ ピアの代表がいませんな」
 エストレン卿が太い指を折って数えて発言した。

「ハーウッド、曇天の埠頭クラウディ ピアの代表なんぞ招いてどうする。メルヴィンという何するかわからん輩を縛るための話だぞ」
 バーク卿は燭台に照らされて青白く光る明礬石アラバスターの円卓を指で叩いた。

「第一、あそこには、まともな商会がありません。鼠と呼ばれる小規模業者ばかりです」
 カサル家令が応じる。

「鼠でも船を動かせるなら使い道はある筈です」
 エストレン卿はとにかく、船乗りを手元に集めておくべきと言い張った。

「確かに、猫の首に鈴をつけるのは、鼠の役割だがな」
 バーク卿は半ば投げやりに言った。

「………そういえば、思い出しました」
 べリアン=ボウマ卿が含み笑いを浮かべた。

「鼠を一匹捕まえたままでした」 

(010 マイア Ⅱ 完)


煤けた石 第一部 獅子の仔 第一編 ゆりかごの宣誓 
010 マイアⅠ(010 星空の密議)
248 AC・夏(末期) / 西部 キャスタリーロック
POV:マイア=ヒル (Mya Hill)


【本作は「氷と炎の歌」のファンフィクションです】
原作者のジョージ・R・R・マーティン氏、および関連する出版社・映像製作会社等の権利者様とは一切関係がありません。
本作は「氷と炎の歌(A Song of Ice and Fire)」の世界観をベースにした非公式のスピンオフ作品であり、原作の五十年前の時代(征服暦248年以降)の七王国西部ウェスターランズを独自の解釈で描いています。


▢ 次の話 011 ノエル Ⅱ(011 鼠の宣誓)

▢ 前の話 009 べリアン Ⅱ (009 猪の貴公子)

▢ 設定資料・目次はこちら


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