回覧板
普段の暮らし。何を考え生きているのか。
ようさんの回覧板を受け取り、コメントで返信するには長くなりそうなので引用記事で書いてみようとする。
ワタシは普段何もない時、何を考えているのだろう。
平時の思考を思い返す。
ワタシはいつまで生きるのだろう。
この人生はどこに続いていくのだろう。
分岐があるとしたら、通らなかった方の道も見逃さないようにしたいけれど、およそワタシの人生に用意された分岐というのは後で振り返ってみて初めて「ああ、あれが分岐だったのか」と気づくから、きっとこれからも見逃し続けてしまうのだろう。
そんなことを考えていることが多い。
ワタシは多分、いついかなる時も『ワタシとは』みたいなことに思考を巡らせていて、そこに強弱があるだけなのかもしれない。
波が弱い時は今のようにうっすらと、そして強い時は溢れる感情と思考を記事にすると決めるほどに考えている。多分そんな感じ。
そう思うと、確かにワタシが『ワタシとは』みたいなことを漫然と考えている時間で、他の人はどんなことを考えているのか気になってくる。ワタシからの回覧板を受け取ってくれる方は、ぜひそのことを教えてほしい。
ようさんは仕事と家事をやっている人が羨ましいということを言っていた。
ワタシはどんな気持ちで仕事と家事をやっているのだろう。
仕事に関して、やはり会社組織という一つの生き物として社会貢献を果たしている以上、社員一人一人が「わぁ、今社会の利益を生み出しているなぁ!」と感じる機会は少ないと思う。
少なくともワタシは社会人というか労働者になってこの方、そう感じたことはない。
さらに踏み込むと、会社あるいは社会に利益を出したからといって何になるのだろう。という哲学が始まる。
会社や社会に利益を出すと他の人が喜ぶ。
ほう。
他の人を喜ばして、何になるのだろう。
自分が嬉しい。
ほう。
自分が嬉しくなって、何になるのだろう。
自分が嬉しくなるために、「仕事」という選択肢を選ぶことは最適なのだろうか。
そんなことを考えているが、多分これはワタシが『ワタシとは』的なことを常日頃頭に置いているからだと思う。
ワタシが仕事をするのは家族を養うために金を稼がなければならないからで、今のところ他に理由はない。
麻雀店を経営するなど、道楽で仕事する日が来たらまた考えは変わるだろう。
とにかく現在はそのようなスタンスであり、個人的には再び
家族を養って何になるのだろう。
食い扶持を稼いでワタシや家族の命を繋いで何になるのだろう。
などとまた思考の網に絡めとられるのであるが、少なくとも家族はそんなことを考えていないし、ワタシとしてもまだ理由は分からないが愛する家族との時間を可能な限り継続させたいと感じているため、命を繋ぐための金稼ぎとして仕事を続けている。
そして、『どうせやる以上は楽しくやろうぜ』というのがワタシの信条であるため、仕事に対しては結局意欲的に取り組んでいる。
人生の暇つぶしのような感覚。人生とは暇そのものではないのかという議論はあるが、ひとまず今回は感情だけで結論づける。
何を言いたいかというと、仕事をしている人が羨ましいという感覚はワタシには無い。
それは単にワタシが仕事をしている側の人間だからという話かもしれないけれど、個人的にはワタシが『人生の中核に来るものは仕事ではない』と認識しているからではないだろうかと思っている。
人生の中核に来るのは結局"自分"であり、これを全うすること以外に必要なことは何もないと感じる。
ああ、また"自分"だ。
思考が絡まってきたので一度ここで切る。
ワタシは
『生き延びていることに何の意味があるのだろう』
という思考と
『自分を全うしたい』
という思考を両方持っており、
それらが持つ大いなる矛盾に答えを出せず、いつも思考がここで止まる。
いつかこの先に進みたい。
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