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【中学受験小5】(序章)昨日の息子、今日の息子

息子の家庭学習で、たまに「あ、こう伝えればすんなりわかるんだ」と手応えを感じる瞬間があった。

算数の文章題でつまずいていた息子と、まず一緒に図に描いてみた。
すると、驚くほどすんなり式が立てられた。
それどころか息子は「図を書いたらわかったし、面白い!」と笑顔になった。
息子の笑顔を見て、私は「これだ」と思った。
息子は耳で聞くより、目で見た方が理解しやすいタイプだと確信した。
中学受験を始めてから、ようやく息子の取扱説明書を手に入れた気分になり、心まで軽くなった。
自分はちゃんと息子を見てきたという手応えを感じ、その日は枕を高くして寝られた。

そして翌日。
昨日と同じ単元の文章題でつまずいた息子に、私は自信満々に「図に描いてみよう」と声をかけた。
しかし、息子の手は止まったままだった。
息子は首を斜めに傾け、その目にはみるみる涙が溜まっていった。
もう何度も見た光景だ。
「昨日はこれでいけたよ?」
私が軽く言った瞬間、息子が鉛筆を机に放り投げた。
癇癪一歩手前だ。
昨日あれだけ手応えを感じたのは、私の幻だったのだろうか。
息子は問題をわかったつもりになっていただけなのか。
そして、私もそんな息子を、理解できたつもりになっていただけだったのか…。
自分が見つけたと思っていた「取扱説明書」が、たった一日で崩れ去ってしまった気がした。

しかし、よく考えてみれば、すべてが間違っていたわけではないのかもしれない。
出来ない問題に直面すると、息子はまず気持ちが乱れる。
首を傾けて目に涙を浮かべ、癇癪寸前という状態になる。
出来ないことそのものより、「出来ない自分」が悔しくて、その現実を受け止められずに動けなくなっているのかもしれない。
そこへ私が下手に声をかけると、火に油を注ぐように癇癪へ一直線だ。
塾ではぐっとこらえられても、母親の前だと簡単に崩れてしまう。
きっと私には甘えていいと、心のどこかで思っているのだろう…。
だとすれば、今日つまずいたのは問題が難しかっただけではなく、私が声をかけるタイミングにも原因があったのかもしれない。
出来ない問題に直面して感情が乱れてしまった息子の様子を、まずはそっと見守る必要があったのかもしれない。

確かに手応えがあったと感じると、次の瞬間またなくなってしまう。まるで、蜃気楼を追いかけているような感覚になる。

明日もまた「今日こそ、わかった」と思うかもしれない。そして、その答えはきっと翌日にはまた書き換わっているのだろう。
息子は小5だ。揺れて当然だ。
それでも私は、息子の成長を信じている。
それと同時に、親としての自分自身の成長も、性懲りもなく信じてみようと思うのだった。


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