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風のモノローグ Vol. 17

WINDY PEOPLE 藍さん

 
 「藍さーん、お客様ですよ」
 次の教習まで時間があって休憩室で休んでいた俺に、ドアを開けて顔だけのぞかせた受付の女の子が声を掛けてきた。
 「お客さん? 誰? 生徒さん?」
 「さあ・・・、ナカシマ,さんって仰ってましたけど」
 「ナカシマ? 知らんなあ・・・」
 俺は首を捻る。
 「生徒さんだった人とか? 免許取れたって報告じゃないんですか? バイクウェアにヘルメット持ってたし」
 ねえ、君。俺らがどれだけの人教えてるのか知ってるでしょ。昔教えた生徒の名前までいちいち覚えてられる訳無いでしょうが。
 彼女の言葉に、俺は心の中で苦笑する。
 「とっても綺麗な方ですよ」
 軽くウインクすると、受付の子はそう言い残して去っていった。
 女?
 女性ライダーとかいう流行りなのか、ウチでもバイクの免許を取る女性も増えてきている。
 余計分からなかった。
 ナカシマ、ナカシマ、ナカシマ、と。
 受付ロビーに続く廊下を歩きながら、思い出せる限りこれまで教えた生徒さん達の顔を思い浮かべていた。
 しかし、顔と名前が一致しない。
 ダメだ、思い出せん。
 俺は潔く諦めた。
 受付ロビーに出た俺は、ぐるっと見回す。
 うん、どの女性ひとだ?
 ロビーの受付カウンターは、次の教習の受付をする生徒さんや予約を申し込む生徒さんらで、少し混み合っていた。
 俺に声を掛けてくれた受付の子も、生徒さんの対応に忙しそうにしている。
 ヘルメットを手にした生徒さんもそこそこいる。
 会社の看板にも掲げている通りウチのメインは自動車教習だが、昨今のバイクブームもあって自動二輪の教習の比率も上がってきている。会社も力を入れていて、福利厚生の一環として近所の会社へも売り込みしているようだ。
 まあ、そういう訳で、俺もメシが食えてるってコトだ。
 俺は受付の子をもう一度見る。
 そんな俺に気付いた彼女が、右手を挙げて指先で正面モニターを指し示してくれた。
 俺は講習の予定などを表示している大型モニターの方へ目を向ける。
 そして、モニターを見上げている、黒いジャケットを着たショートヘアの人物に気づいた。
 後ろ姿は確かに女性のようだ。
 「・・・えっと、ナカシマ、さん?」
 大型モニターを見ている女性の後ろ姿に近づいて声を掛ける。
 「・・・お久し振りです、先生」
 俺の声に振り向いた女性が、少し首を傾げて笑顔でそう応えた。
 俺の前に立つ女性のその仕草で、彼女がかつての自分の教え子だったことを、その時ようやく思い出した。
 あの頃、髪はロングだったよな。

教習車両

 「藍沢さん、この生徒さん、お願いします」
 事務の中年女性から手渡された受講簿を見て、俺は僅かに顔を歪めた。
 「中島美沙子。22才」
 学割使ってるということは、大学生か。
 俺の頭に、ここから北に上がった四条通りにある、私立わたくしりつの外国語大学の名前が浮かぶ。
 確かあそこの学生生協にはうちのパンフレットが置いてあったな。生協を通すと講習代が少しお得になったはずだ。
 「藍沢さん、顔に出てるわよ」
 事務の女性が俺を見て軽くたしなめる様に言った。
 俺が女性のバイク受講生を快く思ってないのは、ウチでは周知の事だった。
 だが、俺も無闇矢鱈に女性ライダーを毛嫌いしている訳じゃあない。
 「彼氏が乗っているから」
 「彼氏がどうしても一緒に走りたいって」
 「今、女の子がバイクに乗ってるのが流行りだから」
 最近バイク免許を取りに来る女子の口からよく聞く理由の数々。
 バイクの免許を取ろうとしている女の子が嫌いな訳じゃない。
 バイクをファッションとかと同じように考えてる奴が嫌いなだけだ。
 それは男女問わずだ。
 「最初だし、大事なお客さんなんだから、優しくしてあげてね」
 「へーへー」
 追い打ちのように掛けてくる彼女の言葉に、俺は曖昧に返事をする。
 「優しく教えてあげますよ、バイクの厳しさってやつをね」
 生徒が待つブースに向かいながら心の中でそう呟く。
 指定場所で髪の長い女の子が俺を待っていた。
 確かに、社会経験が少なそうで、見た目も学生っぽい。
 少し緊張してる様子も見て取れる。
 この時間は、この子だけだな。
 「えーっと、中島なかじま、美沙子さん?」
 俺は受講簿を見ながら、目の前に立つ彼女に声を掛けた。
 身長は160センチあるかないか位か。ヨンヒャクまでなら、乗るバイクをちゃんと選べば、まー、何とか「イケる」だろう。
 「あ、ナカシマ、です。すいません。濁らないんです」
 そう言って、彼女は首を少し傾げて小さく微笑んだ。
 間違えられるのは慣れている、と言った素振りだった。
 「あー、すまない。申し訳ないです」
 誰だよ、振り仮名間違えやがったの。
 いつものように厳しくいったると手ぐすねを引いていた俺は、出鼻をくじかれた思いで、いつもの調子が出せなくなってしまった。
 「えーと、ナカシマ、さんは、普通免許は持ってるようですから、座学は少しで済みますので、実車がメインになりますね」
 「はい、頑張ります。よろしくお願いします」
 俺を見返してくる真剣な眼差しが印象的だった。

 「それで、今日は僕になにか用があったんですか?」
 受付ロビーの自販機前のテーブル席に座る彼女の前にコーヒーカップを置いて、俺はその向かいに座った。
 「今、嵯峨野に住んでるんです」
 彼女は軽く頭を下げて、紙コップを両手で包むようにして持つ。
 「最近京都こっちに引っ越してきて、この近くを通ったので、先生、どうされてるかなあって、懐かしくて、つい・・・」
 引っ越して来た・・・。
 ああ,そうか。そういえば、いずれは実家和歌山に戻るって言ってたな。
 「変わらんですよ。あの頃と一緒で、ビシバシやっちゃってます」
 「ふふ、そうなんですね。そう言えば私も先生に何度泣かされたことか。家に帰ったら、いつも枕をシバいてましたよ。コノヤローッ、て」
 彼女がおどけた素振りで、右腕を上げて見せる。
 すっかり大人びた雰囲気のなかに、あの頃の少女らしさがすこし顔をのぞかせる。
 「えー、そんな風に思ってたんですか。ちょっと悲しいなあ」
 「冗談です。厳しかったのは、先生のバイクに対する真摯な姿勢から出てるものだって分かってましたから」
 彼女が小さく笑う。
 「でも、枕をシバいていたのはホントですけど」
 「うん、中島さんは他の生徒さんとはバイクに向き合う態度が違ってましたから、僕の考えてること分かってくれてるかなと、そう思ってました。いい生徒さんでしたよ」
 「先生、今頃遅いですよ」
 彼女が少し頬を膨らます。
 そんな素振りもあの頃と変わらない。
 「申し訳ない」
 俺は両手をテーブルに突いて軽く頭を下げる。
 「でも、先生にそう言っていただけるとうれしいです」
 「それで、中島さん、その『先生』ってのは止めてくれますか。こっぱずかしくてかなわん。藍沢でいいですよ」
 俺は、先生って呼ばれる柄じゃない。
 言われるほど偉いとも思っていない。
 ただのバイク好きだ。
 「いーえ、私にとっては、オートバイの厳しさを教えてくれた人ですから、やっぱり、先生、です」
 キッパリと言う。
 そんなところも彼女らしい。
 「うーん、分かりました。中島さんだからってことで」
 「ありがとうございます。嬉しいです」
 笑顔を見せる彼女を前に、俺は彼女に教えてた頃に戻ったような、なんとも言えない穏やかな気持ちを味わっていた。
 俺たち二人は、久し振りに彼女に教えていた頃のことで盛り上がった。
 そういえば、Kawasakiに乗ってる彼氏がいたよな。
 俺はふと彼女がバイクに乗るきっかけになった彼氏のことを思い出した。
 こっちに越して来たってことは、結婚したのかな。
 あれから5年も経ってるしな、ないことじゃないか。
 「で、こっちに引っ越したってことは、あの時付き合っていた彼と結婚することになったってことですか?」
 俺は彼女の惚気話のろけばなしを期待してそう尋ねた。
 「あ、・・・い、いえ、結婚は、してないです」
 彼女の声音がふいに暗くなる。
 しまった、余計なこと聞いちまったか。
 彼女との会話が楽しくて、気持ちがすっかりあの頃に戻ってしまっていて、別れたかもしれんって可能性を失念していた。
 全くなんて間抜けだ、俺は。
 「じゃあ、彼とは、・・・あ、いや、すまない。プライベートなことに突っ込みすぎだな。申し訳ない」
 俺は両手をテーブルについて、今度こそ深く頭を下げた。
 「先生、大丈夫ですから、頭を上げて下さい」
 「中島さんとの話があの頃のように楽しくて、つい踏み込んだことを聞いてしまった。すまない」
 彼女の言葉に俺は頭だけ上げて、もう一度謝罪する。
 「先生は気になさらないで下さい。本当に気にしていませんから」
 彼女が腰を浮かせて、俺に声を掛ける。
 さっきまでと打って変わって、俺と彼女の間を居苦しい空気が包み込む。
 何か話さねえと。
 俺がそう思った時、講習が終わったのか、手に受講簿を持った生徒たちが三々五々俺たちのいるロビーに入ってきた。
 「ずいぶんお時間を取らせてしまって、すいませんでした」
 それがきっかけのように、彼女が俺に軽く頭を下げる。
 「先生とお話しできて良かったです。ありがとうございました」
 「ああ・・・、いや、俺の方こそ楽しかったです」
 俺は、彼女のさっきまでと変わらぬ口調に、少しだけ救われた様に感じた。
 「あの、つかぬ事をお伺いしますが、先生は、八条通りこの道路を西大路通りの方へ行ったところにある、オートバイ屋さんはご存知ですか?」
 椅子から立ち上がった彼女がヘルメットを手にしながら、俺にそう問いかけてきた。
 「ああ、吉祥院モータースですね。僕もお世話になっていましたから、良く知っていますよ。でも、今は店を閉めてますね」
 どうして彼女が吉祥院モータースのことを聞いてきたのか俺は少し気になった。
 「で、そのお店がどうかしたんですか? 何か用でも?」
 「い、いえ、なんでもありません。変なこと聞いちゃってすいません」
 彼女は恐縮したように頭を下げる。
 「あー、でも・・・」
 吉祥院モータースなら、いずれ京都南インター近くにリニューアルすることになっている。
 「お仕事中にお邪魔して申し訳ありませんでした。ありがとうございました。失礼します」
 俺がそのことを告げようとする前に、彼女はもう一度頭を下げて、そう言い残すと、俺に背を向けた。
 立ち去る彼女の後ろ姿を見送る俺は、訳も分からないまま取り残された子供のような、そんな思いに包まれていた。
 ・・・仕方ない。また会いに来てくれることを祈るしかあるまい。
 少しだけ楽しかった時間を思い出させてくれた彼女に感謝するとしよう。
 俺は次の教習準備のため、控室に足を向けた。
 その時、ある思いが不意にあたまをよぎった。
 俺の足が止まる。
 何かが俺の心に引っかかった。
 首をひねって、彼女が出ていった出入り口を振り返る。
 なぜ、彼女は吉祥院モータースあの店のことを知っていた? 気にしていた?
 誰か知り合いでもいたのか?
 そういえば、彼女の彼氏って、俺と同じKawasakiに乗ってるって言ってたよな。
 相良あいつ750RSKawasakiだった。
 俺の身裡に決して消し去ることのできない苦い記憶が蘇る。
 そして、さっき話していた時の、彼女の曖昧な態度と言葉。
 まさか、な。
 俺は踵を返して、彼女の後を追った。
 確かめねばならん。
 教習所かいしゃの事務棟を出た俺の目が、敷地から八条通りを右折しようとする黒いバイクの後ろ姿シルエットを捉えた。
 その後ろ姿シルエットに見覚えがあった。
 かつての吉祥院モータースの修理ピットで店長がいじっていたバイクの後ろ姿シルエット
 「ちょっ、まっ・・・」
 彼女の乗るバイクが隣のビルの陰に消えてすぐに、シフトアップしてゆく断続的な排気音が俺の耳に届く。
 「マジかよ」
 思わず俺の口から声が洩れた。
 「なんてこった・・・」
 相良さがら、お前はあの子になんて悲しい思いをさせてんだよ。
 あの頃の彼女の笑顔が目に浮かんで、俺はやりきれない思いに思わず空を仰いだ。


あとがき

 フォローさせて頂いているクリエーター様と、記事のことについてやり取りをさせて頂いている内に、美沙子さんのエピソードがポンポンと出てきて、こちらのお話が先にできてしまいました。
 私も、こんな風に美沙子さんが「WINDY PEOPLE」のメンバーさんと絡んでくるとは思ってもいませんでした。
 「物語の登場人物が作者の意志とは関係なく勝手に動いてしまう」と私の好きな作家の先生がどこかでおっしゃってましたが、本当にそんなことがあるんだな、素人の私が作るお話でも起こるんだな、と少し驚いています。
 でも、ひとつだけ気掛かりなのは、どうして美沙子さんのエピソードはいつもやるせない終わり方をするんだろう、ということです。
 きっと私のせいなのでしょう。
 美沙子さんにも楽しいエピソードが書けるようにしたいです。

 今回のお話とは関係ないですが、ずいぶん前に好きだった曲をアップさせていただきます。 
 Debbie Gibson - Lost In Your Eyes (Official Music Video)

 そして、こちらが私のお話とクロスオーバーする、「藍さん」のモデルとなったクリエーター様の記事です。もしかしたら、そのうち美沙子さんが楽しくバイクの練習をする風景がクリエーターさまの記事で見られるかもしれませんね。


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