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閑爺のつぶやき 2026.07.18.:川施餓鬼

えー、本日アップした下町音楽夜話のリロードは2017年7月分でした。この月、カミさんのお母上が亡くなりまして、15年続いていた音楽夜話が初の "一週お休み" となりました。東日本大震災が発生しようが、狭心症で具合が悪くなろうが、父親が亡くなろうが、休まずアップし続けてきたものが、初めて途絶えたわけです。突然だったという事情やらいろいろありまして、仕方なかったのですが、やはり忘れられるものではありません。そして明日はお母上の命日です。お墓参りに行ってきましょうかね。

この前後、知人や常連さんも亡くなられて、随分寂しいおもいをしました。この年から深川仏教会の川施餓鬼に出かけて行って、何人かの人を偲んで手を合わせてくるようになりました。…灯籠流しのようなものですが、なかなか風情があってよいものです。今年は7月28日(火)19時〜20時です。

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ここしばらく、どういう事情かは知りようもないのですが、私の古い書き散らしてきた投稿を読んで "スキ" してくださる方がいらっしゃいましてね。有り難いことです。たまたま昨日気になって「何を読まれたのかな」とクリックしてみたところ、コロナ禍初期、最初の営業自粛期間が終わって営業再開した日のことでした。妙に懐かしくもあり、腹立たしくもあり…相変わらず複雑な心境になります。今となっては、面白く読み返せますけどね。

この投稿で気になったのが、「この記事は、英語でも読めます」という文言がアタマについていることです。AIの自動翻訳なんでしょうけど、つい気になって英語版を読んでみたんです。…よく翻訳できておりますね。2~3違って伝わるかも…という箇所があるものの、文体の雰囲気まで上手く翻訳されているようで驚かされました。

まあねぇ、限界はあるんですよ。最後の方で『とりあえず再開初日を無難に終えた安堵がどっと押し寄せてきて、ケンケン的笑いと同時にトム・ウェイツ的呻き声が出てしまいました。』としたところを『and the relief of having safely finished the first day of reopening all rushed in at once, and I let out a Tom Waits-like groan along with a Kenken-like laugh.』と翻訳しているわけです。チキチキマシン猛レースのケンケンですが、あいつ、オリジナルでは "Muttley" という名前なんですよね。AI翻訳、意外なところに弱点があるなというはなしですね。

本日の一曲

本日の一冊

「コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。1960-1973」片岡義男(光文社)

片岡義男さん、まだご存命ですね。80年代には随分読みました。面白いような面白くないような、好きなような、そうでもないような…。正直なところ、少し上の世代の皆さんにとてもウケた作家さんだと思います。全てにおいて、チョイと古く感じてしまいます。まあ程度のはなしでしょうが、村上春樹の文章も、最近は古さを感じるようになりました。

これは彼の自伝的な小説ですが、ドーナツ盤がいっぱい出てくるので買わないわけにはいかなかったものですが、やはり内容的には古さを感じるものです。もちろん私が生まれたのが1960年ですから、当然なんですけどね。ここで各章の終わりにドーナツ盤が写真入りで紹介されているのですが、20%程度は自分も持っているような盤ですから、内容的には十分理解できます。問題は残る80%程度の盤のテイストが強いということでしょうか。彼の文章からは想定外だったのですが、邦楽がもの凄く多いわけです。当時は洋楽も邦楽もなしに流れていたものでしょうから、これも当然なんですけどね。当時の世相も織り込まれており、先に指摘したような微妙なズレを承知の上で読めば、サブカル近現代史研究の結構貴重な資料にもなり得る一冊だったりします。

片岡義男の「珈琲三部作」すなわち「珈琲にドーナツ盤」「珈琲が呼ぶ」「僕は珈琲」ですが、最近の文庫化に際して、ドーナツ盤の紹介にQRコードを付してあり、読み込むことで曲が聴けたり追加情報が得られたりします。クロスメディアの最良のかたちかと思います。村上春樹は村上ラジオとか「村上さんのところ」とか、また別のかたちでクロスメディアでやっておりますが、それなりに楽しいものです。…いい時代ですねぇ。



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