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意思決定は点ではなく線である

BASE株式会社執行役員の柳川です。金融事業の事業責任者をしています。
私はエンジニア→PdM→事業責任者というキャリアを歩んできました。
現在は事業戦略、プロダクト戦略、組織戦略全ての責任を持ちながら、事業責任者を務めさせていただいています。

さて皆さんは意思決定という言葉を聞いたときにどのようなイメージを思い浮かべますか。
「あの時のあの決定が全てを変えた」というように意思決定をある瞬間、言い換えるととして捉える方が多いのではないでしょうか。
しかし実際にPdMや事業責任者やマネジメントとして意思決定を積み重ねてきた感覚としては、意思決定はです。

  • 意思決定は決定後固定されるものではない

  • 意思決定は決定をして終わりではない

  • 意思決定は結果を振り返らないと力にならない

という性質をとらまえて、意思決定は線であると考えています。それぞれ語っていきます。

意思決定は決定後固定されるものではない

意思決定は決めたらその後変わらないのでしょうか?いいえ、変わります。
意思決定して即座に実行されることって、仕事だとそんなにないんですよね。特にプロダクト開発などは意思決定の後、それを形にしてユーザーにデリバリーする必要があります。意思決定の後、形にしユーザーにデリバリーするまでの流れの中で、意思決定は不変ですか?いいえ、変化し続けるはずですし、変化して然るべきだと思います。
意思決定した後に、その後のアクションの結果で意思決定がブラッシュアップしていく過程、この変化こそがアジャイルであり、この変化まで含めて意思決定です。意思決定は不可逆なものでもありませんし、変化していくものですし、そのような変化していく過程こそに意味があります。

一旦決めて進み始めた後も悩み続けるものです。それでいいんです。その悩み続けることまで含めて意思決定の経験です。

意思決定は決定をして終わりではない

意思決定をしたらそれで終わりでしょうか?いいえ、続きます。
決定したら実現しなければなりません。選ぶだけで完結するならそんなに簡単なことありません。人生は恋愛ゲームではありません。選択肢から選ぶだけでなく、汗をかいて実現しなければなりません。
意思決定をして、その意思決定が有効に作用するかどうか。その意思決定を作用させるまでの試行錯誤。それも意思決定ですし、むしろそれが大事なのです。そしてその意思決定を成し遂げるまでにはたくさんの苦労があります。意思決定したことは、そのままの形で成し遂げられないかもしれません。ただ決めた後は何らか形にする必要があるのです。

あえて言いますが、ただ選択するだけの点の意思決定は単なる思いつきに毛が生えたものであり、そのような意思決定を何回しても実力はつきません。「この前決めたあれどうなったの?」とかは意思決定じゃありませんのでその辺りご承知おきいただきたい。

意思決定は結果を振り返らないと力にならない

意思決定をした後はそれで終わりでしょうか?いいえ、始まりです。
意思決定の結果が何が起きたかの振り返りまでしなければ、経験として積み上がりません。振り返りまで含めて意思決定です。
PdMの仕事は意思決定であるという言葉、よく聞きますよね。その意思決定という言葉が指すものは点の意思決定ではありません。線の意思決定です。
面接などでも、「その意思決定の結果どうなって、次にやるならどうしますか?」まで聞きます。「意思決定したことありますか?」とは聞きませんし、聞いてもそれで質問は終わりません。
しっかり自分の中で消化して、次の意思決定に生かしましょう。

意思決定は点ではなく線である

いかがだったでしょうか。意思決定は線であるというイメージ伝わりましたでしょうか。自分で始末をつけるのであれば、意思決定は線なのです。
そして僕は、自分で決めたことは自分で始末をつけるべきだと思います。
意思決定一つ一つはそんなに劇的なものではありません。ドラマチックではありません。本当に真剣にコミットしていればいるほどそうです。意思決定をし、その決定を成し遂げていく過程、その過程での葛藤、その結果意思決定の内容が変わっていくリアル。そういうものが意思決定の本質なのです。
実効性のない意思決定に意味はありませんし、経験にもなりません。

もう一度言います。「意思決定したら後が他人がどうにかしてくれた」は意思決定ではありません。意思決定したらどうにか実現するのです。自分が汗をかいて。それが意思決定です。
全部を自分でやれという意味ではありません。でも自分がラストマンのつもりでやり切ること、それができることが意思決定ができる人ということなのです。
意思決定は決定する力ではありません、実現する力です。


そう捉えると、みなさん振り返ってみたら意思決定していたなということあるんじゃないでしょうか。当番組ではみなさんの意思決定エピソードお待ちしております。

大事なのは意思決定ではなく意志

生成AIが前提の時代で、「大事なのは意思決定」とか「意思決定できる人しか生き残らない」とかなんとか言われていますが、僕には違和感があります。
大事なのは意思決定ではなく意志なのです。もう少しいうと、継続して意志を持ちながら進み続けることです。
意思決定だけが大事なのであれば、社長(ソース)とAIだけで完結でいいでしょ。それが一番シンプル。決めただけじゃどうにもならないから我々がいるわけで。
もちろん「意志の結果として意思決定があるんだ、だから間違っていない」という反論もあると思いますが、「意思決定が大事」だけだと、とにかく決めればいいんだな!という勘違いが広がりそのほうが害悪だと思うわけです。

編集後記

いやなんか思うんですよね。手を動かせる人が正義なんですよ。で、手を動かせる人が人も動かせると思うわけです。

エンジニアもプロダクトマネージャーも当然ながらプロダクトを作る仕事で、物作りする人。であれば物事の仕組みには解像度高くありたい。
仕組みに興味を持つこともだし、作れることが一番解像度が高いわけです。だから、作れない人がプロダクトマネージャーなのは、よくわからない。
作ると言うのはコード書くと言う意味だけじゃなくてね。

いや、スタートアップにおいてはプロダクト作るとかに関係なく、職種も役職も関係なく手を動かして作るのが最大の仕事だと思う。経営企画も営業でもマーケでもPRでもHRでもコーポレートでも。手を動かして現状を変更していける人が絶対正義で、それはスタートアップである限りは変わるべきじゃないと思う。会社の規模とかに関係なく、精神性の話として。

あくまでスタートアップにおいてはですよ。

それに関係あるようなないような話で、プロダクトマネージャーなのに転職エージェントのビジネスモデルがわからない人いるの?とか思うわけです。
転職エージェントにとって自分は在庫なんだ、と言う認知を持って挑むかそうじゃないかで立ち回り結構変わると思うのよ。
要するに常に自分が置かれている状況とか、世の中の仕組みとかに敏感になった方が良いと思うわけです。
作るってことは仕組みがわからないと作れないんだから、仕組みに興味を持つべき。

僕は仕組みに興味がある、ものづくりのマインドがある、手を動かせる人がパワーをつけていくのが健全だと思うわけです。信念みたいなものとして。

手を動かさない人に指示出されても気悪いし、わからないのに指示できる人の気持ちもわからない。
わからないのに指示したり、実現性無視した謎のハイボール投げられないと偉くなれないみたいな風潮に対して、いやそんなことないよと言っていきたいし証明していきたい。

手を動かせる人が正義なんですよ。で、手を動かせる人が人も動かせると思うわけです。それがスタートアップの精神でしょうと。そういう文化圏で僕たちは仕事していると思うわけです。別の考えがあってもいいと思う、でも僕たちはそうなんだと思うわけです。いつまでもスタートアップでいたいものです。


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