AIと労働 / 世界銀行「Future Jobs」 / 技術的実現可能性と経済的実行可能性 雑感
Ⅰ できると採算が取れるの乖離
技術の進歩が労働市場にどのような影響を与えるかという問いは、法学や経済学の分野で長らく議論されてきた古典的なテーマである。世界銀行が2025年に公表した報告書 Future Jobs: Robots, Artificial Intelligence, and Digital Platforms in East Asia and Pacific は、東アジア・太平洋地域(EAP)という「世界の工場」かつ急速なデジタル化が進む地域に焦点を当て、この問いに対する精緻な実証分析を提供している〔注1〕。
報告書を貫く視座の一つに、技術的実現可能性(technical feasibility)と経済的実行可能性(economic viability)の峻別がある。あるタスクがロボットやAIによって代替可能であること、すなわち技術的にできるかという問いと、企業がそれを実際に導入して採算が取れるかという問いは同義ではない。技術の導入は、品質調整済みの技術コストと労働コストの相対関係、および需要の価格弾力性に依存する〔注2〕。
EAP地域においては、先進国と比較して相対的に安価な労働力が存在するため、技術的に自動化が可能であっても、コスト対効果の観点から導入が見送られるケースが少なくない。報告書はゴム・プラスチック、電気機器、自動車の三つの製造業サブセクターを取り上げ、ロボット導入の経済的実行可能性が産業ごとに大きく異なることを示している。電子機器や自動車のように高度な製造工程を要するセクターで用いられるロボットの価格は、ゴム・プラスチックのそれの10倍に達する場合もある〔注3〕。しかし、中国やベトナムなどで賃金上昇が続く中、経済的実行可能性の壁は徐々に低くなりつつある。労働コストの上昇と技術コストの低下が交差する損益分岐点を超えた産業から、急速な勢いで技術導入が進んでいる。
1 ロボットによる規模効果と雇用の純増
産業用ロボットの導入は労働者を代替し、雇用を減少させると考えられがちである。EAP地域における実証分析の結果は、こうした通念とは異なる様相を呈している。
報告書によれば、EAP地域においてロボットの導入はむしろ雇用の拡大と相関している。自動化による生産性の向上とコストの削減が製品価格の低下をもたらし、世界市場での需要を喚起し、生産規模が拡大した結果である〔注4〕。技術による代替効果のマイナスを、規模効果によるプラスが上回った。ベトナムでは、ロボット導入が進んだ地域において雇用が約10%、労働所得が約5%増加したとの推計がある〔注5〕。
ただし、集計的な雇用の純増という結果は、分配面での不均等を覆い隠す。2018年から2022年の間に、ASEAN5か国においてロボット導入は推定200万人(熟練正規労働者の4.3%に相当)の雇用を創出した一方で、約140万人(低技能正規労働者の3.3%に相当)を置き換えた〔注6〕。恩恵を受けたのは主に若年の熟練労働者であり、置き換えられた組立ラインの高齢労働者の多くは、より低賃金で不安定な仕事に移行を余儀なくされている。集計的には雇用が増えていても、個々の労働者にとっては所得の低下と雇用の不安定化が生じており、この点を看過した楽観論は政策的に危険であろう。
世界全体を見ると、製造業の雇用シェアはロボット導入の初期段階で上昇した後に低下する傾向がある。しかし、EAP途上国はこのパターンに抗しており、ロボット導入が深化しても製造業の雇用シェアは上昇を続けている〔注7〕。この相違は、同地域が製造業に比較優位を有することと関連しており、規模効果の大きさが先進国とは異なることを示唆している。
2 AIへの曝露と補完性の非対称
ロボットが主に肉体的・定型的なタスクを代替するのに対し、AIは認知的・非定型的なタスクへとその射程を広げている。報告書が指摘するEAP地域の特徴として、先進国と比較してAIへの曝露が相対的に低いという点がある。ここでいう曝露(exposure)とは、ある職種が遂行するタスクのうち、AIによって代替または変容されうるタスクがどの程度の割合を占めるかを測定した指標であり、曝露が高いほどAIの影響を受けやすい職種であることを意味する。同地域の産業構造がいまだ農業や製造業などの肉体的タスクに多くを依存しているためである。
筆者はこの点をむしろ懸念すべき兆候と捉える。AIへの曝露が低いということは、裏を返せば、AIとの補完関係を活用できる職種もまた少ないことを意味するからである。EAP地域においてAIと高い補完関係にある職種の割合は約10%に留まり、先進国の約30%と大きな開きがある〔注8〕。AIを活用して生産性を向上させる機会を逸している可能性があり、中長期的な競争力の差として顕在化しうる。
AIへの曝露は労働者の属性によっても非対称的である。EAP地域では、女性および高学歴層のAI曝露度が高い〔注9〕。この知見は、AIの影響が既存の社会的格差とどのように交差するかを考えるうえで手がかりとなる。
(参考)
World Bank, "Future Jobs: Robots, Artificial Intelligence, and Digital Platforms in East Asia and Pacific" (2025).
https://hdl.handle.net/10986/43040
Ⅱ デジタルプラットフォームの二面性
ロボットやAIと並んで、デジタルプラットフォームの拡大も労働市場を変容させている。EAP地域において、プラットフォーム経済の規模は2023年時点でGDPの5〜7%に達している〔注10〕。
デジタルプラットフォームは、労働市場への参入障壁を引き下げた。これまで労働参加が難しかった女性や若年層、地方在住者に対して、柔軟な働き方と所得機会を提供している。インドネシアの事例分析によれば、デジタル集約度の高い仕事に従事するインフォーマル労働者の賃金が、非デジタルなフォーマル労働者の賃金に匹敵するケースが確認されており、正規・非正規間の賃金格差を縮小させる回路が存在する〔注11〕。
しかし負の側面も看過できない。プラットフォームが既存のフォーマルな雇用を浸食し、労働のインフォーマル化を促進している可能性がある。ベトナムの配車サービスに関する分析では、バイクタクシーの運転手(もともとインフォーマル)はプラットフォーム参入後に約20%の所得向上を得た一方で、既存のタクシー運転手(フォーマル)は競争激化に直面し、賃金への持続的な正の効果は確認されていない〔注12〕。
プラットフォームはマッチング効率を高め生産性を向上させる反面、雇用の安定性や社会保障の欠如という問題を突きつけている。報告書はマレーシアにおける自営型ギグワーカーの調査を引いて、労働者が失業保険や年金のための拠出と引き換えにわずかな所得減を受容する用意があることを報告しており、制度設計の現実的な手がかりとなっている〔注13〕。
Ⅲ むすびにかえて
本報告書を通じて浮き彫りになるのは、技術進歩が自動的に繁栄をもたらすわけではないという事実である。ロボットによる規模効果の恩恵を受けてきたEAPの製造業モデルが、AI時代においても持続可能かは判然としない。
筆者が注目するのは、報告書が提言する資本と労働の相対的課税の是正である〔注14〕。多くの国で、減価償却や投資減税などを通じて資本コストが労働コストよりも相対的に低く抑えられている結果、社会的に最適な水準を超えた過度な自動化が選好されている可能性がある。報告書の分析によれば、複数の先進国・途上国において、産業用ロボットの導入密度と資本・労働の相対的税負担の間に負の相関が認められる。税制が技術導入の経済的実行可能性を人為的に引き下げているとすれば、それは法制度設計の問題にほかならない。
技術的実現可能性と経済的実行可能性の枠組みは、AI規制の設計にも示唆を与える。法規制によるコスト増は技術導入の閾値を引き上げ、補助金や税制優遇は閾値を引き下げる。したがって、ある規制がどの産業のどの技術の経済的実行可能性をどの方向に動かすかを予測することなしに、AI規制の適否を判断することはできない。EAP地域の経験が示す技術と雇用の関係は、先進国のそれとは異なっており、欧米の文脈に引きずられがちなAI規制論に対して、実証的な視座の多様化を迫るものであるといえそうである。
〔注1〕 Omar Arias, Daisuke Fukuzawa, Duong Trung Le, and Aaditya Mattoo, Future Jobs: Robots, Artificial Intelligence, and Digital Platforms in East Asia and Pacific, East Asia and Pacific Development Studies (Washington, DC: World Bank, 2025), doi: 10.1596/978-1-4648-2199-8. ライセンスはCreative Commons Attribution CC BY 3.0 IGO。全文は https://hdl.handle.net/10986/43040 にて公開されている(最終閲覧日2026年2月12日)。
〔注2〕 Id. at 23, 28-32.
〔注3〕 World Bank, "How New Technologies Are Reshaping Work in East Asia and Pacific," Feature Story (Aug. 5, 2025), https://www.worldbank.org/en/news/feature/2025/08/05/how-new-technologies-are-reshaping-work-in-east-asia-and-pacific, last visited Feb. 12, 2026. 報告書 Chapter 2 の Figure 2.3 も参照。
〔注4〕 Arias et al., supra note 1, at 53-56.
〔注5〕 Id. at 59-65. ベトナムの2014年から2020年における省(district)レベルの分析に基づく。
〔注6〕 Id. at xiii, xxvi. インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナムの ASEAN5か国が対象。
〔注7〕 Id. at 126-129.
〔注8〕 Id. at 86-87, xiii.
〔注9〕 Id. at 88-89.
〔注10〕 Id. at xiv, 110.
〔注11〕 Id. at 105-108. インドネシアにおけるデジタル集約度と雇用形態の関係を分析した Box 5.4 参照。
〔注12〕 Id. at 114-115. ベトナムにおけるライドヘイリングプラットフォームの参入効果を分析した Box 5.5 参照。
〔注13〕 Id. at 148-150.
〔注14〕 Id. at 146-147, Figure 7.5.
他にもAIと雇用について網羅的にまとめているため、必要あらば目次を参照いただきたい。
(マガジン)「AIと法-雑感」
※目次は以下を参照
note総則規約3条2項前段
3.2 クリエイターが制作したデジタルコンテンツの著作権は、クリエイターに帰属します。
いいなと思ったら応援しよう!
この記事は noteマネー にピックアップされました

