UNCITRAL「自動化契約モデル法」を読む 雑感
Ⅰ 自動化契約という問題設定
国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)が2024年12月4日の国連総会決議79/119をもって採択したUNCITRAL Model Law on Automated Contracting(以下「本モデル法」)〔注1〕は、全10条という凝縮された構成ながら、AIシステムを含む自動化されたシステムを用いた契約の成立・履行に関する国際的な立法基盤を整備しようとする野心的な試みである。
問題の出発点はシンプルであり、自動化されたシステムが人間の関与なく契約上の行為を遂行したとき、その契約はなお有効・執行可能か。問いを立てると当然のように聞こえるが、これが実は多くの法体系において明確に答えられていない。本モデル法の採択はその問いへの一つの回答であり、少なくとも立法論上の基準点を提供するものと位置づけられる。
筆者がこのモデル法を読んで最初に気づくのは、起草者たちが「AIという言葉を使わない」という戦略的な選択をしていることである。本文中に "artificial intelligence" という表現は登場せず、一貫して "automated system" という技術中立的な概念が用いられる。これは偶然ではなく、テクノロジー中立性原則の意識的な実践である〔注2〕。
Ⅱ 本モデル法の構造と主要規定
1 法的承認の「sole ground」論法
本モデル法のアーキテクチャを理解するうえで最も重要な規定は5条である。同条は、自動化されたシステムを用いて形成された契約について、「自然人が当該契約の形成に係る行為を審査し又は介入しなかったことのみを理由として」(on the sole ground that no natural person reviewed or intervened)有効性または執行可能性を否定してはならないと定める。
この「sole ground」という限定が核心である。本条は、自動化を理由とした差別的取扱いを禁止するものであって、他の法律上の根拠による無効・執行不能を妨げるものではない。消費者保護法、個人情報保護法、AIガバナンス規制のいずれも、別途適用される余地が明示的に留保されている(2条2項)。筆者はこの構造を「消極的承認」と呼びたい。積極的に自動化契約を有効と宣言するのではなく、自動化それ自体を無効原因とすることを封じているに過ぎない。その点で本モデル法は、法律家の警戒を要する過剰規範化を回避しつつ、最小限の立法介入で法的障壁を除去しようとする姿勢が一貫している。
2 帰属規定と意思主体の問題
7条は自動化されたシステムの行為の帰属を規律する。まず当事者間の合意があればそれに従い(1項)、合意がなければ「そのシステムを当該目的に使用する者」に帰属する(2項)という二段構えの規律である。
注目されるのは3項の規定であり、「行為の結果が予期しないものであったことのみを理由として」帰属を否定してはならないと定める点である。AIシステムの非決定論的な動作(non-deterministic manner)は、しばしば予期しない出力を生む。そのような出力についても、帰属自体は否定されないという立場が明確化された。
もっとも、帰属の決定と法的責任の分配は別問題である。7条4項は、帰属の法的結果を規律するいかなる法律の適用も妨げないと明記する。帰属はあくまで出発点であり、そこから生じる責任の配分は各国の実質法に委ねられる。この設計は正直なところ物足りなさも残るが、過剰な国際統一化を避けるという判断としては理解できる。
3 予期しない行為への対応 任意規定としての8条
8条は角括弧で示される任意規定として位置づけられており、導入を各国の判断に委ねている。同条は、自動化されたシステムに帰属する行為が「当該行為が帰属する当事者が合理的にその行為を予期し得なかった」かつ「相手方がその事実を知っていたか知ることができた」場合に、相手方がその行為に依拠することを認めないという内容である。
筆者がこの規定で興味深いと思うのは、主観的要件と客観的要件の組み合わせ方である。帰属される側(行為を行ったシステムの使用者)については客観的基準で予期可能性を問い(「合理的に予期し得なかった」)、相手方については主観・客観いずれでも足りるとしている(「知っていたか知ることができた」)。これは相手方の保護に一定の配慮を示しつつ、行為者側の合理的期待も保護しようとする均衡点の模索である。
4 非回避原則
10条は「自動化されたシステムを使用したことのみを理由として」法律上の義務の不遵守による法的結果を免れることはできないと定める。本条は、自動化を「法の抜け穴」として利用することを封じる趣旨であり、7条の帰属規定と対をなす。システムが誤作動したから責任を負わないという抗弁は、本条の下では原則として認められない。
Ⅲ 電子商取引法制の系譜における位置づけ
本モデル法は、1996年電子商取引モデル法、2001年電子署名モデル法、2005年電子通信条約、2017年電子移転可能記録モデル法、2022年本人確認・トラストサービスモデル法というUNCITRALの電子商取引法制の系譜に連なるものとして設計されている〔注3〕。
Enactment Guideが述べるように、本モデル法は「完全な法典」ではなく、既存の電子取引法を補完・補足するための立法規定群である〔注4〕。電子商取引モデル法を採択済みの国は、同法の補足規定として本モデル法を実施することが想定されている。採択時点で電子商取引モデル法は90か国以上で立法化されており〔注5〕、その基盤の上に自動化契約の法律問題を重ね合わせるという構造である。
この設計思想は、日本法の文脈でも示唆的である。日本の電子署名法や電子帳簿保存法等の既存インフラとの整合性を考慮しつつ、自動化契約に固有の法的障壁をどこに識別し、どのような最小限の立法措置で除去できるかという問いとして、本モデル法の条文設計は参照に値する。
Ⅳ 残された問題
本モデル法が意図的に対象外としたいくつかの問題が残る。
まず責任論である。7条4項は帰属と責任の分離を明言するが、帰属された者がどのような責任を負うかについては沈黙している。AIシステムを用いたアルゴリズム取引プラットフォームの運営者と利用者の間の責任配分、第三者へのシステム被害における製造者・運営者・利用者の関係は、各国の不法行為法・製造物責任法に委ねられたままである。
次に、8条が任意規定とされた点である。予期しない行為に関するルールが任意規定である以上、それを採用しない国との間では法的処理が分岐する。国境を越えた自動化取引においては、どの国の法が適用されるかによって当事者の法的地位が大きく変わりうる。国際私法上の問題が先鋭化する局面は十分に想定される。
本モデル法の採択は出発点であって終着点ではない。AI技術の発展に伴い自動化契約の態様が変容するなかで、本モデル法の条文がどのように解釈・適用されるかの蓄積が、今後の国際的な法律実践において問われることになるであろう。詳細は原典をご確認いただきたい。
〔注1〕 UNCITRAL, "UNCITRAL Model Law on Automated Contracting with Guide to Enactment" (United Nations publication, Sales No. E.25.V.4, 2025), ISBN 978-92-1-157738-9. 本モデル法は2024年12月4日の国連総会決議79/119("Model Law on Automated Contracting")によって採択された。同決議については UN General Assembly Resolution 79/119, 4 December 2024 参照。
〔注2〕 同上 Guide to Enactment, para. 12. テクノロジー中立性原則については、モデル法4条および同ガイドparas. 41–43参照。なお、モデル法が "artificial intelligence" という文言を用いず "automated system" という概念を用いる理由については、同ガイドpara. 29に詳しい説明がある。
〔注3〕 電子商取引モデル法(1996年)、電子署名モデル法(2001年)、電子通信条約(2005年)、電子移転可能記録モデル法(2017年)、本人確認・トラストサービスモデル法(2022年)の各テキストについては、UNCITRALウェブサイト(https://uncitral.un.org)参照。
〔注4〕 前掲〔注1〕Guide to Enactment, para. 6 ("The Model Law is intended to complement and supplement laws on electronic transactions").
〔注5〕 前掲〔注1〕Guide to Enactment, para. 24 ("At the time of the adoption of the Model Law, the Model Law on Electronic Commerce had been enacted in over 90 States").
(マガジン)「AIと法雑感」
※目次は以下を参照
note総則規約3条2項前段
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