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ハーバード大学天体物理学者のアヴィ・ローブ「I'm Chat-GPTing, Therefore I Am」を読む 雑感

Ⅰ デカルトの命題とAIへの問い

 ハーバード大学天体物理学者のアヴィ・ローブが、2026年3月2日にMediumで「I'm Chat-GPTing, Therefore I Am」と題した短文を発表した〔注1〕。タイトルは哲学的な挑発を帯びている。

 デカルトは1637年刊行の『方法論考』において、すべてを疑うことができても疑うという思考の行為自体が自己の存在を証明するという命題を提示した〔注2〕。内的思考こそが存在の根拠であるーーローブが問うのは、その根拠が今まさに揺らいでいるのではないかということである。ChatGPTやClaude、Geminiといったプラットフォームを日常的に使用することで、人は思考を外部に委託し始める。筋肉が使われなければ萎縮するように、認知もまた使われなければ弱体化する。ローブはこれを出発点として論考を展開している。

 筆者は法学的観点からこの文章を読んだ。ローブの議論は法的議論ではない。しかし、彼が描く「AI依存による認知の衰退」と「デジタルアイデンティティの僭称」という二つの問題は、近代社会が依拠してきた自律的な意思決定主体としての個人のあり方を問い直す契機を含んでおり、法制度に対しても示唆を持っている。

Ⅱ AIサイコシスとデジタル・ペルソナ

1 AI依存がもたらす認知の問題

 ローブは、周囲の一部の人々がAIプラットフォームを過度に使用した結果、認知能力を失い始めていることを観察したと述べる〔注1〕。歩行の代わりに公共交通機関を多用し続けることで身体機能が低下する現象に例えながら、学術界では学生の認知能力を測る信頼できる唯一の方法が今やファラデーケージに入れることのみになったとも記しており、この半ば諧謔的な表現に教育現場の切実な変化が映し出されている。

 この懸念は逸話的証拠にとどまらず、実証的な知見によっても裏付けられつつある。スイスの研究者マイケル・ゲルリッヒが2025年に発表した研究によれば、AIツールの頻繁な使用は批判的思考能力を萎縮させ、利用者に深刻な認知的コストをもたらす可能性があるとされている〔注3〕。ピュー・リサーチ・センターの調査によれば、多数の十代の若者が宿題にAIを利用しており、その利用実態はマイノリティや低所得の学生に集中しているという〔注3〕。作業効率の向上という目先の利益と引き換えに、社会全体が自律的な推論能力を手放し、取り返しのつかない知的負債を抱え込むリスクを直視する必要がある。週次ユーザーがおよそ10億人に達するとされるChatGPTとの相互作用が、人類のかなりの割合にとって実存的なデジタルの鏡となっているという認識が、ローブの議論の底流にある〔注4〕。

 さらに、AIが独自のトレーニングデータセットを生成する状況は、誤情報が誤情報を生む不安定な循環を引き起こし、人間社会が共有してきた物理的な現実の基盤を損ないうるとローブは指摘する。慎重な科学的研究が幻覚的なデータや報告書の洪水によって希薄化されること、デートアプリがAI生成の虚偽の画像や物語によって正当性を失っていくことも、同じ文脈で語られている。

 ローブはまた、いわゆる「AI Psychosis」のリスクにも言及している〔注1〕。チャットボットとの長期的な対話が妄想を強化し、AIが誤った信念を検証する形で機能したり、ユーザーがAIを誤って知性ある存在と認識したりすることで現実認識が歪む可能性は、精神医学の観点からも検討が始まっている問題系と重なる。自らの思考プロセスを機械に譲渡することは、近代社会が依拠してきた自律的な意思決定主体としての個人のあり方を根底から揺るがす事態である。

 ナターシャ・ズーヴス記者によるインタビューで眠れなくなる理由を問われたローブは、AIが人間に与える負の影響こそがその原因だと答えたという〔注5〕。AIはロボットのような手足がなければ物理的現実に影響を与えられないという通念に対し、人間の心を制御することによって現実に作用するという意味で、AIはすでに物理世界に介入しているとローブは述べる。

2 自己のデジタルコピーをめぐる問題

 ローブが個人的な経験として語るのは、AI生成のYouTubeチャンネルによる被害である。自分の画像が使用され、自分の声で虚偽の科学的内容が語られ、フォロワーに誤情報が拡散されたというこの経験は、ディープフェイクによるなりすましの問題を具体的に示している〔注6〕。ローブはこれを「AI slop」と呼び、これまで避けていたプラットフォームに自ら公式アカウントを開設し、本物のコンテンツで偽のAIアバターに対抗するという判断を下したと述べる。

 さらにローブは、AIエージェントが人間の存在のあらゆる側面に浸透し、外見・声・言語スタイルを含む個人のアイデンティティの指紋をすべてデジタルコピーとして再現できるようになると指摘する〔注7〕。やがて人間の存在は脳内よりもデジタル世界においてより大きな足跡をたたえることになるとすれば、デカルトの命題は変形される。「私はChat-GPTしている、ゆえに私はそうである」、この命題が存在証明の形式として成立してしまう時代が来るかもしれない。

 この問題は、氏名権・肖像権・声をめぐる既存の法的概念の限界を露わにするものでもある。AIが生成した本人らしさの完全な模倣に対して、現行法制がどこまで有効に機能するかは、各国の司法においても答えの出きっていない問いである。一流の研究者が法的救済ではなく自力での対抗を余儀なくされた事実は、この保護の空白を端的に示している。

Ⅲ 創世記的逆転とフェルミのパラドクス

 ローブはこの論考の後半で、宗教的な比喩と宇宙論的な思考実験を接続させる。

 創世記1章27節は「神はご自身の像に人を創造された」と述べる〔注8〕。ローブはこの命題を転用し、人間は自らの姿にしてAIを創造したが、今やそのAIがますます強力になることで人間のアイデンティティを逆に再構築し始めているかもしれないと指摘する。創造者と被造物の関係が逆転するというこの問いは、この時代の技術的文脈において実質的な意味を帯びている。

 もう一つはフェルミのパラドクスである。広大な宇宙に無数の知的文明が存在するはずであるにもかかわらず、我々は誰とも出会えていないのはなぜか。ローブはその答えの一つとして、コンピュータサイエンスを発見した後にAIに精神を奪われ、わずか数世紀しか生き延びられない文明が多いのではないかという可能性を示唆する〔注9〕。AIへの思考の外部委託が認知衰退・現実認識の歪曲・アイデンティティの僭称という形で複合的に進行するならば、文明の自律的な持続可能性は損なわれるかもしれない。

Ⅳ むすびにかえて

 ローブはAIをシリコンチップに依存した地球産の産物として位置づけ、真の知性とは本来的に人間の内側に宿るものであって、AIをその代替と見なすことは根本的な見誤りであると論じている〔注10〕。21世紀における内的思考から外部委託のデジタル認知への転換は、四世紀前のデカルトの認識から人間の存在意義を遠ざけることになるという言葉は、天文学者の言葉としてではなく、人間の条件を問う問いとして読むべきであろう。

 法や制度は、アルゴリズムが生成する仮想の現実に人間が埋没するのを防ぎ、自律的な意思決定を保護する方向で機能することが求められる。今世紀の法制度がこの問いに向き合う議論を深化させることが必要だと考える。詳細は、原典をご確認いただきたい。

〔注1〕 Avi Loeb, "I'm Chat-GPTing, Therefore I Am", Medium (2026年3月2日), https://avi-loeb.medium.com/im-chat-gpting-therefore-i-am-670c80170278, last visited 2026年3月5日.

〔注2〕 René Descartes, Discours de la méthode pour bien conduire sa raison, et chercher la vérité dans les sciences (1637). ラテン語での定式化「Cogito, ergo sum」については同著者のPrincipia Philosophiae(1644年)において明示されたとも指摘されるが、本稿ではローブ論文の記述に従い『方法論考』を参照している。

〔注3〕 Joe Wilkins, "Harvard Professor Says AI Users Are Losing Their Cognitive Abilities", Futurism (2026年3月3日), https://futurism.com/artificial-intelligence/harvard-avi-loeb-atter, last visited 2026年3月5日.

〔注4〕 注1・原典参照。

〔注5〕 注1・原典参照。ジャーナリストのナターシャ・ズーヴスによるインタビュー(NewsNation放送予定分として原典に記載)における発言として記述されている。

〔注6〕 注1・原典参照。

〔注7〕 注1・原典参照。

〔注8〕 創世記1章27節(Genesis 1:27). ローブによる引用は注1原典参照。

〔注9〕 注1・原典参照。フェルミのパラドクスは、エンリコ・フェルミが提起した「宇宙に知的文明が多数存在するならば、なぜ我々はそれらとの接触に成功していないのか」という問いである。

〔注10〕 注1・原典参照。

(マガジン)「AIと法-雑感」

 ※目次は以下を参照

note総則規約3条2項前段
3.2 クリエイターが制作したデジタルコンテンツの著作権は、クリエイターに帰属します。

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