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欧州医療機器規則の簡素化 / AI法適用の除外を読む 雑感


Ⅰ 医療機器規制の現状と簡素化提案

 欧州委員会は2025年12月16日、EUにおける医療機器規則(MDR: Regulation (EU) 2017/745)および体外診断用医療機器規則(IVDR: Regulation (EU) 2017/746)等を簡素化する規則案を提出した〔注1〕〔注2〕〔注3〕。欧州議会調査局(EPRS)が2026年3月に公表したブリーフィング資料を素材として、規制の重複がもたらす実務上の弊害と、AI法(Regulation (EU) 2024/1689)の適用関係について一考する〔注4〕。

1 厳格化の代償と市場への影響

 現行のMDRおよびIVDRは、過去の健康被害を教訓として患者の安全性を高めるために導入された経緯がある。フランス企業Poly Implant Prothèse(PIP)による不正シリコン製乳房インプラント問題が世界で40万人以上の女性に被害をもたらしたことが、規制強化の直接の契機となった〔注4〕。しかし、要件の厳格化と適合性評価を担うノーティファイドボディの能力不足が重なり、結果として企業に過大な管理費用を強いることとなった。現在、MDRの下で指定されたノーティファイドボディは52機関、IVDRの下では19機関にとどまり、これが認証の滞留を招いている〔注4〕。

 EPRSの資料によれば、欧州の医療技術分野は2024年時点で約1700億ユーロの市場規模を持ち、活動する3万8000超の企業の90%を中小企業が占めている。法令遵守にかかる費用の増大はこれらの中小企業の体力を奪い、新規デバイスの市場投入を遅延させるだけでなく、既存機器の供給不足すら引き起こしていると指摘されている。安全性を追求するあまり患者が新しい医療技術へアクセスする機会が損なわれているとすれば、法の目的と現実の運用との間に齟齬が生じているといえる〔注4〕。

2 簡素化案による軌道修正

 事態を重く見た欧州委員会は、安全性を最優先としつつ規制の予測可能性を高める具体策を提示した。報告業務の簡素化や手続きの電子化を通じて、年間約33億ユーロの費用削減(うち行政コスト削減が約24億ユーロ)を見込んでいる〔注4〕。

 とりわけ注目されるのは、AI応用を含む新技術の早期アクセスを支援するEUレベルの規制サンドボックスが創設される点である。本格的な適合性評価を待たずに、監督当局の規制監督のもとで実際の環境に近い状況において開発・試験・検証することが可能となる。安全性の確保と技術の実証という相反しうる要請を、動的な仕組みによって調整しようとする姿勢が読み取れる。

Ⅱ AI法適用の除外による重複排除

 医療機器規制の簡素化案には、特定技術に関する他の法体系との調整という重要な側面が含まれている。

1 二重規制の解消

 今回の提案における最大の論点が、AIを組み込んだ医療機器に対する二重規制の解消である。欧州におけるロボットとAI法分野にかかわるMartin Ebersが指摘している通り、今回の提案はAI法の附属書Ⅰに定められたEU整合法令のリストから医療機器規則を削除する内容を含んでいる。これにより、実質的に医療機器にはAI法が直接適用されない仕組みとなる。

 AI法の附属書Ⅰは高リスクAIシステムの類型として、EU調和法令の対象製品に組み込まれたAIを列挙しており、MDRの掲載がAI搭載医療機器に対してリスク管理・透明性・適合性評価等の義務を課す根拠となっていた。MDRの枠組みでの審査に加えて高リスクAIシステムとしての要件も満たす必要があるとすれば、要件が重なることで生じる審査の重複や評価基準の不整合は避けがたい。欧州委員会は、医療機器に特化した制度の中でAIの安全性評価を完結させ、横断的なAI法の適用対象から切り離すという選択をしたと読める〔注1〕。

2 横断的規制から個別分野への委譲

 新しい技術が登場する際、立法者は横断的な新法を制定し、網羅的に規制しようとする傾向がある。しかし、分野を問わず適用される法規制と、特定領域の実情に即した個別法が重なり合うとき、事業者の負担は著しく増大する。

 医療のように専門性が高く、既存の厳密な枠組みが存在する領域においては、汎用の規制を重ねることは必ずしも合理的ではない。医療機器固有の規則内でAI特有のリスク評価を完結させるという判断は、審査機関の専門性を活かし、実務の混乱を避ける現実的な対応といえそうである。

 もっとも、この帰結をどう評価するかは単純ではない。AI法がMDRとは異なる観点、すなわちAIシステムの不透明性・自律性・汎用性から生じる固有リスクに基づいて設計されているとすれば、MDRによる規制のみで同等の保護が実現できるかは別途検討を要する。医療機器のリスク管理はその物理的・化学的特性を主たる対象としており、AIの判断プロセスの説明可能性やデータバイアスといった問題に正面から応答する仕組みを必ずしも備えているわけではないからである。附属書Ⅰからの削除が患者安全の実質的低下を招かないよう、MDR・IVDRの枠内でAI固有のリスクをどのように担保するかについて、立法過程で丁寧な検討がなされる必要がある。

Ⅲ むすびにかえて

 EUによる医療機器規則の簡素化提案は、単なる行政手続きの緩和にとどまらない。新技術に対する横断的法規制と既存の個別分野の規則が衝突した際に、法の適用関係をどう整理するかという具体的な実例を示している。施行されたばかりのAI法の枠組みから特定分野を切り離すという決定は、他の特定領域、たとえば航空・自動車・金融といったセクター規制との関係においても同様の要求が生じる可能性を示唆している。AIという技術の規律をどの程度まで個別分野の枠組みに委ねるべきか。この問いに対する立法的判断の積み重ねが、EU AI規制の実質的な姿を形成していく。何かの考えるきっかけになれば幸いである。詳細は、上記原典をご確認いただきたい。

〔注1〕 Laurence Amand-Eeckhout, "Medical devices: Simplifying the rules", EPRS | European Parliamentary Research Service, PE 785.663, March 2026, www.europarl.europa.eu/thinktank (last visited 2026-03-11).

〔注2〕 Regulation (EU) 2017/745 of the European Parliament and of the Council of 5 April 2017 on medical devices, amending Directive 2001/83/EC, Regulation (EC) No 178/2002 and Regulation (EC) No 1223/2009 and repealing Council Directives 90/385/EEC and 93/42/EEC, OJ L 117, 5.5.2017, p. 1.

〔注3〕 Regulation (EU) 2017/746 of the European Parliament and of the Council of 5 April 2017 on in vitro diagnostic medical devices and repealing Directive 98/79/EC and Commission Decision 2010/227/EU, OJ L 117, 5.5.2017, p. 176.

〔注4〕 前掲注1(Amand-Eeckhout)。

(マガジン)「AIと法雑感」

※目次は以下を参照


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