学生の人工知能利用と事後的な懲戒処分の可否 / パリ行政裁判所2026年2月12日判決を素材として雑感
Ⅰ 明文規則の不在と懲戒権の限界
高等教育機関において、学生が人工知能を利用して論文や課題を作成する行為をいかに規律すべきか。利用を一律に禁じるのか、条件付きで許容するのか、あるいは積極的な活用を促すのか。各大学が対応に苦慮する中、フランスにおいて、人工知能を用いて論文を執筆した学生に対する懲戒処分が司法の場で争われる事案が発生した。パリ行政裁判所が下した2026年2月12日判決を素材として、教育機関における規範定立のあり方を一考する〔注1〕。
1 事案の経緯と学内手続
報道によれば、事案の舞台となったのはパリ第1大学パンテオン・ソルボンヌ校である。2025年10月、同大学の学長は、修士課程のインターンシップ論文の作成に人工知能のサービスを使用したとして告発された学生(以下「A氏」という)に対し、懲戒手続を開始した〔注1〕。
しかし、大学の学術評議会の懲戒部門は2026年1月7日、明確な規制枠組みが欠如していることを考慮し、A氏に対する訴えを却下した〔注1〕。この学内決定を不服とした大学側は、パリ行政裁判所に提訴した(事件番号2600972)。事前の明文規定なしに人工知能の利用を不正行為として処罰することの可否が、主要な争点となったと解される。
2 パリ行政裁判所の判断論理
仮処分担当のRohmer判事は、大学側の訴えを退け、学生を支持する判断を2026年2月12日に示した〔注1〕。裁判所が重視したのは、学生による人工知能の使用を規定する正確な規則が存在しなかったという事実である。大学側が学術的業務における人工知能の使用に関する規則の根拠を一切提示できなかった以上、懲戒部門による却下決定の合法性に「重大な疑念」はないと結論づけられた〔注1〕。行為の時点で明確に禁止するルールが存在していなければ、それを理由に学生を非難し制裁を科すことはできないという判断枠組みである。
Ⅱ 教育機関に求められる事前規制の整備
この論理は、事前の明文規定なしに不利益処分を課すことを禁じる近代法の基本原則に合致しており、妥当な結論であると筆者は考える。学生に対する懲戒処分は当人の身分に重大な影響を及ぼす。対象となる禁止行為が事前に明示されていなければ、予測可能性を欠いたまま事後的に制裁を課すことになり、法的手続の観点から正当化が困難となる。
1 他事案との対比
本件と対照的なのが、モントルイユ行政裁判所の判決(2025年10月8日、事件番号2405656)である〔注1〕。この事案では、修士論文における人工知能の使用を理由とした学生の一時的除籍処分が維持された。裁判所は、提出された論文と人工知能生成物との間に強い類似性があり、分析水準が当該学生の能力を明らかに超えていたことを根拠として挙げた〔注1〕。
両事案の帰趨の差は、個別事案の事実関係の違いにとどまらない。パリの事案が規制の不存在という手続的問題を軸としていたのに対し、モントルイユの事案は不正行為の実質的証拠の有無を軸としていた。この対比は、人工知能使用をめぐる行政裁判所の判断が未だ収斂していないことを示すとともに、統一的な判例法の形成が求められることをも示唆している。
2 事後的なルール制定と知識評価手法の再構築
パンテオン・ソルボンヌ大学では、本件の懲戒手続開始と前後する2025年10月初旬に、法学生向け人工知能活用に関する憲章を公表している〔注1〕。A氏にとっては手遅れであったが、明示的なルールなしに学生のツール利用を規制することの困難さを大学側自身が認識し、規範の明文化に動いた結果と読める。
高等教育において人工知能の利用を完全に排除することは、もはや現実的でないのかもしれない。報道が伝えるように、学生の48パーセントが学習の選択において人工知能を信頼しているという現実がある〔注1〕。専門職への移行という文脈において、ツールを丸ごと禁じることはできない。求められるのは、個人的な作業における人工知能の許容される貢献範囲を明確に定めるとともに、知識評価手法そのものを再構築する作業である。
Ⅲ むすびにかえて
新しい技術の登場に伴う問題行為を防止するためには、事後的な制裁に頼るのではなく、事前のルール整備を先行させなければならない。本判決は、明確なルールなき制裁を否定した点で、教育機関に事前の規範定立という責任を正面から突きつけたものとして理解できる。
翻って、日本の大学においても状況は大きく異なるわけではない。内部規程の不整備のまま学生の人工知能利用を問責しようとすれば、フランスの事案と同様の法的問題に直面しうる。学術的な誠実性の確保と技術の現実への適応を両立させる透明性の高い指針の整備が、各機関に求められている。何かの考えるきっかけになれば幸いである。詳細は、原典をご確認いただきたい。
〔注1〕 Gabriel Jacquemot「Une étudiante sanctionnée pour l'utilisation de l'IA dans son mémoire a obtenu gain de cause en justice」Le Parisien Étudiant(2026年3月20日)https://www.leparisien.fr/etudiant/etudes/une-etudiante-attaent-donne-raison-K7V74TCGVNBNNJJ6DTWGOFL4OI.php(最終閲覧日:2026年3月22日)。
(マガジン)「AIと法雑感」
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