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英国政府「著作権とAI」報告書を読む 雑感


Ⅰ 報告書の位置づけ

 2026年3月、英国政府(科学・技術・イノベーション省および文化・メディア・スポーツ省)は、「著作権と人工知能に関する報告書」を公表した〔注1〕。同報告書は、2025年成立のデータ(利用とアクセス)法第136条の規定に基づき議会に提出されたものである〔注2〕。単なる政策提言文書ではなく、立法府に対する法定報告書という性格を持つ点で、これまでの英国政府の姿勢表明とは重みが異なる。

 本報告書が公表された背景には、2024年12月から2025年2月にかけて実施されたコンサルテーションがある。応答件数は11,520件に達し、そのうち約10,110件がCitizen Spaceを通じたもの、残る約1,410件がメール提出であった〔注3〕。回答者は、クリエイター・権利者、AIモデル開発者、学術研究者、文化遺産機関、法律専門家と多岐にわたる。応答件数の多さからも、この問題が英国社会においていかに切実な関心事であるかが窺われる。

1 分析の視角

 筆者がこの報告書に注目する理由は、英国政府が取った「立法不作為」の選択とその論理にある。報告書が示す結論は、一言でいえば「まだ動かない」というものである。著作権改革を急がず、証拠の積み上げを優先するという姿勢は、法政策的判断としては十分ありうる立場だが、その根拠の示し方には検討の余地がある。

Ⅱ オプトアウト例外規定の放棄

2 コンサルテーションの四つの選択肢

 報告書は、コンサルテーションが提示した四つの政策選択肢を整理している。すなわち、現状維持(オプション0)、著作権強化によるライセンス義務化(オプション1)、広範なデータマイニング例外規定の導入(オプション2)、そしてオプトアウト付き広範な例外規定(オプション3)である〔注4〕。

 英国政府がもともと支持していたのは、オプトアウト付きの広範な例外(オプション3)であった。ところが、コンサルテーション応答の大多数がこれを拒否した。クリエイティブ産業からは、広範な例外規定はAIに自らの著作物を無償で学習させ直接競合することを許すものだという懸念が示された。他方、AI開発者の一部からも、オプトアウト方式は他国の規制より厳格になりかねないという異論が出た。

 かくして、政府は「オプション3はもはや優先アプローチではない」と明言するに至る〔注5〕。この結論自体は正直な態度表明であるが、問題はその後である。政府は代替案を提示せず、「さらなる証拠収集と国際動向のモニタリングを行う」という方針を掲げた。

3 「証拠不足」論の含意

 この判断を支える論拠の一つが、「著作権改革がAI開発・展開に与える影響についての証拠が限定的かつ不確実である」という認識である〔注6〕。報告書はこの点を率直に認めており、その誠実さは評価できる。

 しかし、証拠が不足しているという事実は、立法を先送りする根拠になるとともに、立法を急ぐ根拠にもなりうる。権利者にとって見れば、証拠収集の間にも著作物はAI学習に使われ続けるという現実がある。「慎重に」という言葉が誰の利益を守っているのかは、必ずしも中立的な問いではない。

 米国では大量の著作権訴訟が進行中であり、EUでは透明性規制が施行・見直しの段階にある。英国政府は国際動向を「見守る」とするが、自国の法的立場を宙吊りにしたまま他国の裁判所の判断に依存するリスクも、本来は直視されなければならない。

Ⅲ 透明性という迂回路

4 透明性への収斂

 著作権の実体的改革を棚上げにしつつも、報告書が前向きな姿勢を示す領域がある。それが透明性である。

 報告書は、AIモデルの学習に用いられたコンテンツ・データの開示(インプット透明性)と、AI生成コンテンツのラベリング(アウトプット透明性)という二つの課題を設定する。いずれについても、政府はすぐに立法するのではなく、業界とのベストプラクティス策定および国際動向のモニタリングを行うとした〔注7〕。

 透明性は、権利者が権利行使をするための前提条件として機能する。著作権侵害の主張には、どの著作物がどのように使用されたかという事実的基盤が必要だからである。報告書がクリエイティブ産業からの声として正確に伝えているように、透明性なくして執行なし、という論理は現実的な要求として理解できる。

5 技術的ツールとライセンス市場

 報告書はさらに、Webクローラーの動向を含む技術的ツール・標準規格と、ライセンス市場の発展という二つの論点にも触れている。特にライセンスについては、「現時点ではライセンス市場への介入は行わない」とした上で、市場主導のアプローチを監視し続けるとする〔注8〕。

 この立場は、市場が自律的に機能するという期待に基づくが、大規模事業者と個人クリエイターの交渉力の非対称性を念頭に置けば、楽観的にすぎるかもしれない。もっとも、この問題は英国に固有ではなく、生成AIをめぐる著作権論議が直面する構造的困難の一つである。

Ⅳ コンピュータ生成著作物とデジタルレプリカ

6 コンピュータ生成著作物の保護廃止へ

 著作権改革の実体的内容として、報告書が踏み込んだ数少ない論点が、コンピュータ生成著作物の保護廃止である。英国の1988年著作権法は、人間の著者なしにコンピュータが生成した著作物に対しても著作権保護を認めてきた。この規定はAI時代に先駆けた制度であるが、報告書はその存在意義を問い直す〔注9〕。

 コンサルテーション応答の多数は、AIのみによって生成された著作物には保護を与えないとする立場を支持した。政府はこの方向を採り、「全面的にコンピュータ生成された著作物への保護は、その継続的価値の証拠がない限り、廃止すべきである」とする提案を示した。他方、人間がAIを使って創造した著作物については引き続き保護されるとし、人間の創造性への報奨という著作権の本来的機能を再確認する〔注10〕。

 この整理は論理的に一貫している。もっとも、「人間による著作物」と「全面的にAIが生成した著作物」の境界をどこに引くかは、技術的にも法的にも容易な問題ではない。報告書はこの点の詳細を今後の検討に委ねており、具体的な線引きの議論はこれからである。

7 デジタルレプリカという新たな権利類型

 もう一つ注目すべき論点がデジタルレプリカである。AIによって人の声や顔を精巧に複製することが容易になった現状を踏まえ、報告書は「デジタルレプリカ権」または「パーソナリティ権」の新設を含む複数の選択肢を検討するとした〔注11〕。

 現行の英国法上、同意なきデジタルレプリカに対してはすべての場合をカバーできないという欠缺が認識されており、報告書もこれを正直に認める。日本においても肖像権・パブリシティ権の議論は判例法理の積み重ねに依存してきたが、AI生成技術の精度向上に伴い、立法的対応の必要性は共通の課題となっている。

Ⅴ むすびにかえて

 英国政府の本報告書が示す全体像は、「意図的な慎重さ」という言葉で表現できるかもしれない。広範な著作権例外の導入も見送り、透明性立法も業界主導に委ね、ライセンス市場への介入も拒否する。

 この姿勢は無責任な先送りではなく、証拠に基づく政策決定という行政哲学から来るものだと筆者は理解している。問題は、どれだけの期間をかけて証拠を集めるのか、そしてその間に生じる権利者の不利益をどのように評価するのか、という点である。

 報告書が「再考」の余地を明示的に残していることは、逆説的には今後の展開の幅を広げている。ここ数年の米国の訴訟動向、EUのAI法・透明性規制の実施状況、そして英国自身の裁判所の判断がどう積み重なるかによって、この「証拠収集期間」の評価は変わりうる。日本においても生成AIと著作権の関係は未解決の論点を多く抱えており、英国の経験は引き続き参照に値しよう。

〔注1〕 Department for Science, Innovation and Technology & Department for Culture, Media and Sport, Report on Copyright and Artificial Intelligence (March 2026), https://www.gov.uk/official-documents, last visited Mar. 23, 2026.

〔注2〕 Data (Use and Access) Act 2025, s. 136, https://www.legislation.gov.uk/ukpga/2025/18/section/136, last visited Mar. 23, 2026.

〔注3〕 前掲注〔注1〕報告書 para. 12.

〔注4〕 前掲注〔注1〕報告書 para. 14.

〔注5〕 前掲注〔注1〕報告書 para. 27.

〔注6〕 前掲注〔注1〕報告書 paras. 19-20.

〔注7〕 前掲注〔注1〕報告書 paras. 29-33.

〔注8〕 前掲注〔注1〕報告書 paras. 39-40.

〔注9〕 前掲注〔注1〕報告書 para. 46.

〔注10〕 前掲注〔注1〕報告書 para. 47.

〔注11〕 前掲注〔注1〕報告書 paras. 48-49.

(マガジン)「AIと法雑感」

※目次は以下を参照

note総則規約3条2項前段
3.2 クリエイターが制作したデジタルコンテンツの著作権は、クリエイターに帰属します。
P.S. This is shared for academic discussion only.

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