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地球軌道上のAIデータセンターと管轄の所在 / 属地性を前提とするデータ法と宇宙の射程 雑感


0 アブストラクト

 AIの計算資源を地球軌道へ物理的に移すという構想は、電力と冷却の制約を回避する技術の話として語られることが多い。しかし計算が地上を離れた瞬間に、その計算が扱うデータに対していずれの国の法が及ぶのかという問いは、これまでの属地的な答えを失う。本稿は、軌道上のデータ処理をめぐる管轄と準拠法の問題を主題に据える。宇宙条約が物体には管轄権を割り当てながらデータには沈黙していること、欧州連合の一般データ保護規則(GDPR)の第三国移転の概念や日本の個人情報保護法が定める個人データの越境移転の規律が、いずれも属地性を前提に組み立てられていることを手がかりとして、軌道上の処理がこれらの規律の射程からこぼれ落ちる構造を整理する。

 素材とするのは、欧州議会調査局(EPRS)の科学技術選択評価ユニット(STOA)が2026年4月に公表した、アントニオ・ヴァレ執筆の短報である。同報告書は、軌道上データセンターの最大の障壁は技術ではなく経済であり、将来の打上げ費用がその成否を左右すると整理する。データセンターが世界の電力消費の1.5パーセントを占め、欧州連合域内では2パーセント、アイルランドでは2割を超えるとされ、全体が年12パーセントで伸びていること、スペースXとxAIの統合が100万基の衛星打上げの要請に結びついていることなどを事実として挙げる。政策面では、宇宙条約の規律の空白、デジタル旗国という構想、軌道混雑の問題に触れている。

Ⅰ 経済が主で技術は従という原典の整理

 軌道上にデータセンターを置くという発想は、生成AIの計算需要が地上の電力供給を圧迫しているという現実から出ている。EPRSの報告書は、この構想が技術的には現在の水準でも実現可能であり、越えがたい技術的障壁には直面していないと整理する〔注1〕。そのうえで主たる障壁は経済にあり、控えめに見積もっても地上の3倍程度の費用がかかるとの試算を紹介する。打上げ費用は再使用型ロケットの登場で1キロあたり数千ユーロまで下がっており、欧州宇宙機関(ESA)は新型の超大型ロケットで1キロあたり280ユーロを目標に掲げているとされる。費用が下がりきるかどうかが構想の帰趨を決めるという見立ては、技術と経済のどちらが本当の制約なのかを問い直させる。

1 電力制約が軌道への移転を後押しする

 地上のデータセンターは、世界の電力消費の1.5パーセントを占め、年12パーセントで増えていると報告されている。集中の度合いも高く、アイルランドでは電力消費の2割を超えるという。軌道へ移す最大の誘因は太陽光にある。大気の外では入射する太陽放射が地上の数倍に達するため、夜明けと日没の境界に沿う太陽同期軌道に衛星を置けば、片面に常時日照を確保しながら反対面を冷却に使えるとされる。もっとも、報告書が冷却こそ最大の難所だと述べている点は見落とせない。宇宙は寒冷であると同時に真空であり、熱は放射でしか逃がせない。国際宇宙ステーションがアンモニアの冷却ループを用いているように、太陽光パネルに匹敵する大きさの放熱器が要り、しかも重い。放熱器は隕石の衝突などで破れれば冷却材を失い電子機器を損なうという脆さを抱える。放射線も問題で、ビット反転を引き起こして性能を劣化させうる。グーグルとStarcloudが軌道上にNVIDIAのH100チップを置いた実証は有望な兆候を示したと報告されているものの、冗長化や遮蔽が前提になるという。チップの故障率の高さと放射線の影響が重なって運用寿命は数年にとどまり、寿命切れの機器を置き換えるために連続的な打上げが要る。報告書は、1ギガワット級のデータセンターなら総打上げ質量が1万トンを超え、2025年の世界全体の打上げ質量の3倍を上回りうると見積もる。経済が主たる制約だという整理は、こうした物理的な重さの帰結として費用が膨らむという筋道として読める。

2 持続可能性と軌道混雑は経済の議論からこぼれ落ちる

 費用の議論に隠れやすいが、報告書は持続可能性と軌道の混雑にも触れている。軌道上データセンターの生涯排出量は地上よりも大きくなりうるとされ、寿命を終えた多数の衛星を大気圏に再突入させる際の上層大気への汚染は、いまだ十分に解明されていないという。低軌道のスロットの国際的な配分は、国際電気通信連合(ITU)による無線周波数の割当てを通じて間接的に行われているにとどまり、原則として先願順だと報告書は指摘する。打上げ費用という単一の指標で構想の是非を測ると、これらの外部費用や混雑の問題が視野から外れやすいように見える。報告書自身がこれらを地政学的にも関わる論点として挙げている点は、経済が主という整理を補完するものとして受け止めるのがよいと考える。

Ⅱ データの所在と準拠法の問題

 筆者の関心は、報告書が経済の問題として整理した部分よりも、その先にある法の問題にある。計算が軌道上で行われるとき、そこで処理されるデータはどこに所在し、いずれの国の法が及ぶのか。地上のデータ法の多くは、データやサーバの物理的な所在地を手がかりに管轄や規律を割り当ててきた。計算の場が地球の表面を離れると、この手がかりが使いにくくなる。

1 宇宙条約は物体に答え、データに沈黙する

 宇宙空間の活動を律する基本条約である宇宙条約は、いずれの国家にも宇宙空間の領有を認めず、打上げ国に活動の責任と賠償責任を負わせる仕組みを採る〔注2〕。その8条は、宇宙空間に発射された物体が登録されている当事国が、その物体および乗員に対して、それらが宇宙空間または天体上にある間、管轄権および管理権を保持すると定める。1960年代に起草された条約であるため、データそのものについての明示の規定は置かれていない。報告書は、物体への管轄を定める枠組みをデータにどう及ぼすかという問いに対し、一部の関係者がデジタル旗国という概念を正面から検討するよう規制当局に促していると紹介する。宇宙条約は物体の帰属には答えるが、その物体が処理するデータの帰属には答えていないと読める。物理的な物体を起点に管轄を割り当てる発想と、データの流れを起点に規律を考える発想との間には、なお距離があるように思われる。

2 越境移転の規律は属地性を前提とする

 データの越境を律する規律は、相手方が国境の外にいることを引き金として働くものが多い。GDPRの第三国移転の規律は、個人データが域外の第三国へ移転される場面を捉える設計になっている。報告書は、近年署名された国連サイバー犯罪条約が、その管轄規定で船舶と航空機を取り込みながら衛星を取り込んでいない点にも触れ、データの所在地に依拠する法令が見直しを要しうると述べる。軌道上の処理は、いずれの国の領域にも属さない場所で、地上由来のデータを大量に扱う。属地性を前提とする規律にとって、領域のどこにも置けないデータ処理は、想定の外にあると読める。報告書が域外適用の概念こそ将来の規律の鍵になると見ているのも、属地的な接続が使えない以上、別の接続点を立てるほかないという認識の表れと理解される。

Ⅲ 宇宙活動法と個人情報保護法の間隙

 日本に引き寄せると、軌道上のデータ処理は、宇宙活動を律する法と個人データを律する法の双方に関わりながら、そのどちらの中心からも外れる位置に置かれるように見える。報告書が扱う論点は欧州連合と米国の制度を前提にしているが、属地性を前提とする規律という構造は日本法にも共通する。

1 宇宙活動法は衛星を律してもデータを律しない

 日本では、人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律、いわゆる宇宙活動法が、衛星の打上げと管理に許可制を敷いている〔注3〕。同法は2016年に成立し、2018年11月15日に全面施行されている。同法が規律するのは打上げの安全や衛星の管理であって、宇宙条約のいう登録国としての物体への管轄に対応するものと位置づけられる。仮に日本で登録された衛星が軌道上でAIの計算を行うとしても、同法が及ぶのは衛星という物体の管理であって、その衛星が処理するデータの流れではないと読める。日本の宇宙活動法もまた、物体を律する枠組みであってデータを律する枠組みではないという点で、宇宙条約の構造をそのまま受け継いでいるように思われる。

2 個人情報保護法28条は軌道上の処理を捉えそこなう

 個人データの越境を律する日本の規律は、個人情報保護法28条が定める外国にある第三者への提供の制限である〔注4〕。同条は、外国にある第三者へ個人データを提供する場合に、原則として本人の同意などを求める。規律が働く要件は二つに分かれる。提供の相手方が第三者であること、そしてその第三者が外国にあることである。軌道上のデータ処理を当てはめると、二つの要件はいずれも素直には満たされない。宇宙空間は、同条が想定する外国の国や地域には当たらない。事業者が自ら管理し運営する設備での処理であれば、第三者への提供にも当たらない。事業者が自前の衛星で地上由来の個人データを処理する場面を想定すると、28条の越境移転規律は文言上そのまま及ばないと読める。これは、GDPRの第三国移転の概念が領域への接続を前提とするのと同じ構造の空隙であって、日本に固有の問題ではないと理解される。

 筆者は、軌道上の処理をめぐって日本がまず向き合うべきは、打上げの経済性よりもこの空隙のほうだと考える。理由は二つある。第一に、地上で生み出された個人データを軌道で処理する形態は、衛星通信や軌道上計算の延長として現実味があり、領域への接続が使えない場面が具体的に立ち現れうるからである。第二に、宇宙活動法が物体の側を、個人情報保護法が原則として領域内または領域間の移転を捉えるという役割分担のままでは、いずれの中心からも外れる処理が規律の網の目から落ちるおそれがあるからである。GDPRの域外適用が施行時に日本企業へサーバの所在にかかわらず対応を迫ったのと同じく、軌道上の処理は、所在地という接続点が使えなくなったときに誰の規律が及ぶのかを、あらかじめ決めておく必要を生みうると考える。

Ⅳ むすびにかえて

 EPRSの報告書が、軌道上データセンターの障壁を技術ではなく経済に見たことは、構想の現在地を測るうえで的を射ていると思われる。打上げ費用が下がりきるかどうかが成否を分けるという整理には説得力がある。ただ、費用の議論が決着したとしても、データの所在と準拠法という問いは別に残る。宇宙条約は物体に管轄を割り当てながらデータに沈黙し、越境移転の規律は領域への接続を前提とする。デジタル旗国という構想は、データの管轄を登録国に結びつける一つの方向を示すものの、登録国への一元化が望ましいかどうかは、それ自体が利害の対立を含む選択であろう。

 日本の場合、空隙は宇宙活動法と個人情報保護法の間にある。前者は衛星という物体を、後者は原則として領域を手がかりとする。軌道上で地上由来の個人データを処理する形態に対して、登録国の規律を及ぼすのか、本人の所在地を手がかりとするのか、地上で計算を制御する者の所在地に着目するのか、接続点の置き方には複数の道がありうる。筆者としては、所在地という手がかりが使えない領域が現実に現れる前に、どの接続点を採るのかを議論しておくことが望ましいと考える。軌道上のデータセンターという話題は、計算の場所を動かすと法の前提が動くという、データ法に通底する論点を改めて照らし出すものとして読める。

出典

〔注1〕 António Vale, “What if AI Data Centres Were Put in Space?”, EPRS | European Parliamentary Research Service, Scientific Foresight Unit (STOA) (April 2026) PE 774.746, https://www.europarl.europa.eu/thinktank/en/document/EPRS_ATA(2026)774746, last visited June 7, 2026.

〔注2〕 月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約(宇宙条約)(昭和42年条約第19号。1966年12月19日採択、1967年10月10日発効)8条。

〔注3〕 人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律(平成28年法律第76号)。同法は平成30年11月15日に全面施行された。

〔注4〕 個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)28条。なお同条の解釈につき、個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(外国にある第三者への提供編)」(https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_offshore/, 2026年6月7日最終閲覧)。

(マガジン)「AIと法雑感」

※目次は以下を参照

note総則規約3条2項前段
3.2 クリエイターが制作したデジタルコンテンツの著作権は、クリエイターに帰属します。
P.S. This is shared for academic discussion only.

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