【書道断片】われ太平洋の橋とならん

われ太平洋の橋とならん
明治期の思想家・教育者である新渡戸稲造(1862〜1933)の言葉として広く知られている表現である。
これは単なる国際交流のスローガンではなく、西洋と日本、異文化と異文化、価値観の異なる世界を結びつける「橋」として、自らを役立てたいという強い志を示した言葉である。
新渡戸稲造は、著書『武士道』によって、日本精神を欧米へ紹介した人物として知られる。
彼はアメリカ留学を経験し、キリスト教思想にも触れながら、日本人としての倫理観や武士道精神を世界へ伝えようとした。
当時の日本は、近代化の途上にあり、西洋文明を猛烈な勢いで吸収していた。
しかし同時に、日本は「理解されない国」でもあった。
新渡戸は、その断絶を憂えたのである。
そこで彼は、「日本が西洋に従属する」のでも、「西洋を拒絶する」のでもなく、双方を理解し、結びつける存在になろうとした。
「橋」とは、まさにその象徴である。
しかも重要なのは、「橋」は自ら主張する存在ではないという点である。
橋は、人を渡らせるためにある。
踏まれ、重さを支え、対立する岸を静かにつなぐ。
そこには、自己顕示ではなく、奉仕と覚悟の精神がある。
ゆえにこの言葉は、単なる国際主義ではなく、「異なるものを理解し、結びつける者の倫理」を語った言葉として、今日でも深い意味を持つのである。
現代は分断の時代と言われる。
国家、世代、思想、ソーシャルメディア上の言葉ですら互いに断絶しやすい。
だからこそ、「われ太平洋の橋とならん」という言葉は、単なる明治人の理想論ではなく、今こそ失われつつある精神として響くのである。
