夏祭りに寄せる小夜曲 Doppel-Serenade für mein Natsumatsuri|シロクマ《夜店から》×風まかせ《遠い花火の音》
夜店から漂ってきたのは、雑踏と焼けたソースの混じった暴力的な匂いではなく、きみの密やかな残り香だったのかも知れない。その香りの記憶は、今でも胸の奥を揺らす。
まだ結わえ慣れていない帯が、石の鳥居越しに揺れた時、後ろ髪を結んだいつものきみとは違って見えた。
太鼓の張りのある音。フォービートのリズム。小さな金魚池の水音。遠くの花火の破裂音が内面を震わす。通り過ぎる夜風の湿度。洗い髪の清潔な香り。浴衣姿の君が眩しすぎて、夜だというのに、きみの周りだけ夜光虫のように輝いていた。離ればなれになりそうな二人の距離を、つなぎ止めておきたかった。濃紺のジーンズから出しかけた手。だけど、差し出せなかった手。
りんご飴にかじりついて、唇を金赤を差したように染めて、その紅緋の夏の実の反対側を差し出すきみ。優しく白き手が僕に一瞬触れたのは偶然か、それともきみの意志だったのか。白魚の指先は千々に震えて、冷ややかな感触だけを僕に残した。
思いがけなく零したため息を、心配そうに見あげるきみの前髪が微かに揺れて、黒猫柄の巾着の鈴がちりんと乗った。静寂が訪れた。
石段を上がり、薄暗い中、夏祭りの晩なのに密やかに息をしている境内がなぜかおかしくて、二人で笑った。祭りのざわめきが、はるか遠くに聞こえた。
線香花火が落ちるまでに祈りを込めれば願いが叶う、という子どもっぽい願掛けは、ついに答えが出なかった。口に出せば壊れてしまいそうで。
君がいた夏はただ仄かな記憶の中。線香花火の硝煙とともに虚空に昇っていった。
それは、夏の残響であった。青き日々の残滓であった。
──遠くへ零したため息を、心配そうに見あげるあなたの前髪が微かに揺れて、川桟敷から夏の花火が上がった。それは、遠い日の残り香ではない。まして白い苺の軽快な旋律ではない。
「たまや」
花火の音が一瞬遠ざかり、あの鈴の音がちりんと鳴った気がした。あの夏と現在が、ふと重なった。
わたしは愛猫の背中を静かに撫でた。
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