湿原の記憶|Requiem di torbiere|風まかせ文芸部《雨》
今回の「風まかせ文芸部」のお題は《雨》。ちょうど1年前の山行記録を紹介しようと思う。ひるがの高原に降った雨の一滴は、まだどちらへ向かうか決めかねている。──太平洋側に降るとも、日本海側に降るとも。
◇湿原の記憶

未明の雨が止み、朝からひるがの(蛭ヶ野)高原(岐阜県郡上市高鷲町)散策する。この場所も、すっかりこの時期の恒例になっている。
ひるがの高原は、山地の狭い盆地に溜まった水たまりである。低温と多湿環境のもと、未分解の植物遺体が泥炭となり、日本最南端の高層湿原が数千年の歳月をかけて作りあげられた。
かつては地形がわかりにくく、森林の中で迷ってしまうような、湿地帯にヒルが棲むような未開の地だったという。戦後、満州からの引き揚げ者たちが開拓を進め、“荒野”を牛乳と大根と雪のリゾート地に変えた。
その後、陸地化された別荘用地は、バブル崩壊とともに放置された。自然の湿性遷移(湿原から陸地、そして森林へ進行する過程)なら何千年もかかるところを、人の手が一瞬で完了させてしまった。結局、別荘が建設されなかった区画もあれば、管理が行き届かず、朽ち果てるに任せられている建物もある。
それは、瞬く間に木々に覆われていく。自然がそれを覆い尽くしていく。
しかし、泥炭の数千年の記憶と、一億総家族の数十年の夢を抱いて、悠久の時間に育まれてきた湿原のほとんどはこのように失われた。
自然現象であれ、人為であれ、どうやら、「しつげん」は消える運命にあるらしい。──人の世の「それ」は、別として。
おっと、これ以上はそれこそ失言である。
◇森に落ちる雨

植生の変化は動物相にも影響を与えている。
わたしが通い詰めた時間の中でも、草原性の鳥類がめっきり減少した。ホオアカやオオジシギは、恋を歌い踊る舞台を失い、托卵相手のモズやオオヨシキリがいなくなっては、カッコウの繁殖もあがったりである。
森林地帯には、キビタキの複雑なさえずりが響きわたっている。彼らはライバルがいないと本気で鳴かない。こんなに長く歌ってくれる場所も珍しい。アオゲラの夫婦が互いに鳴き交わし、枯れ木をくるくる回りながら愛を確認している。
水源の森林には、ブナやミズナラが青々と葉を茂らせる。
強い風がその梢を揺らし、昨日の雨の名残をぽたぽたと落とす。それは、大地に命を与える最初の一滴である。地形はゆるやかに北へ傾斜しており、降った雨のほとんどは庄川水系に流れ込むが、一部は長良川水系にも注いでいるという。
この雨の一滴のゆくえは、まだ決まっていない。
──太平洋側に降るとも、日本海側に降るとも。
◇足裏の湿り気

ゆっくり歩きすぎて、時間が経つのを忘れてしまった。
いや湿原に流れる時間は、そこに吹く風のように、ゆっくりであるはずだ。
いつものコースを大幅にショートカットして、起点に戻る。
靴の裏には、湿原の湿り気が、じんわりと残っていた。
水苔のように積層した、言葉にならない思いとともに。
(付録:山行記録:2025年5月25日)
山名:ひるがの高原(岐阜県郡上市高鷲)
湿原植物園前起点にグループ、周回、約3時間
天候:晴れ
天候:曇り
水分:0.6L携行→0.3L消費
行動食:なし
植生:原野、冷温帯落葉広葉樹林
(初出2025年5月25日。改稿・再掲2026年5月27日)
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